第16話
今回の引っ越しは、またしても大移動だった。
まず現在の拠点を完全に破壊し、痕跡を消す。そして新たな拠点として選ばれたのは、熊本のとある山中だった。
卓は思わず声を上げた。
なぜなら桐生が片手をかざしただけで、何もない開けた土地に、見慣れた拠点を一瞬で築き上げたからだ。
どうやら極めて高度な土魔法を扱えるらしい。
夏美や花蓮は見慣れているのか、まるで動じない。里奈や美香ですら欠伸をしている始末だ。
放浪ばかりしていて建設の瞬間を見たことがなかった卓は、今回初めてその光景を目にし、妙な疎外感を覚えていた。
……悲しい。
だが、そんな繊細な感情も一瞬で吹き飛び、卓は「何か面白いことはないか」と動き始める。
いつも通りだった。
わずか一時間で拠点は完成した。
見慣れた会議室に、一同が集められる。
「……以前話した通りだ。これより我らは徹底抗戦を行う」
桐生が静かに口を開く。
「目指すは政府の瓦解。おそらく向こうも全力で来るだろう。防衛省が、我らの殲滅に本格的に動き始めたらしいからな」
低く、冷たい声だった。
「……奴らは、俺と花蓮だけが生き残っていると思い込んでいる。そこに必ず綻びが生まれる。その穴を突き、確実に潰す。わかったか?」
全員が静かに頷く。
それだけ確認すると、桐生は即座に解散を告げた。
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部屋へ戻った卓は、猛烈な退屈に襲われていた。
任務は失敗。成果もない。
そのまま流れるように引っ越し。
しかも桐生から叱責すらない。
それが逆に、卓を不安にさせていた。
(……僕って、存在価値あるのかな)
夏美には目的がある。
花蓮には復讐がある。
桐生には信念がある。
だが、自分には何もない。
普段は呑気に振る舞っているものの、胸の奥にはずっと焦燥感が渦巻いていた。
このままでは、いつか本当に切り捨てられる。
そう思った卓は、勢いよく部屋を飛び出した。
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「ボス! 僕にも何か仕事ください! 流石に任務失敗のままなの、メンタルにくるんですけど!」
桐生は少しだけ目を細める。
「……珍しいな。お前が自分から動くとは」
「え?」
「何も考えていないアホリッチだと思っていた」
「毒舌すぎません!?」
今日はやけに当たりが強い。
卓は深く傷ついた。
だが確かに今回役に立てなかったのも事実であり、反論できない。
「まぁ、実際役立たずだったな」
「追撃やめてくださいよ!」
「わかった。仕事をやる」
その一言だけで、卓は一瞬で元気になった。
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数分後。
卓は上機嫌で夏美の部屋へ向かっていた。
「なーつみちゃーん♪ お仕事ですよぉ〜?」
「……あんたが元気な時って、大体ろくでもないのよね」
扉を開けた夏美が、呆れた目を向ける。
どうやら久々の休暇を満喫していたらしく、耳も尻尾も隠していない。髪も少し乱れていた。
卓は満面の笑みで告げる。
「政府施設の破壊任務です!」
「へぇ」
「しかも今回は二人で夫婦のふりをして潜入――」
「は?」
空気が凍った。
「ちょっと待って。何言ってるの?」
夏美の声が低くなる。
「夫婦? なんで? 意味わかんないんだけど?」
「潜入任務ですし?」
「嫌に決まってるでしょ!? なんであんたとそんな関係の演技しなきゃならないのよ!?」
卓は思わず後ずさる。
「いや、演技ですよ!? あくまで演技!」
「それにまた死にかけるような任務なんでしょ!?」
「そ、それは……まぁ……」
「ほら!!」
完全にブチギレだった。
だが卓も負けない。
「今回は二人ですし! しかもボス直々の任務なんですよ!?」
「うっ……!」
そこを突かれると弱い。
夏美は顔を真っ赤にしながら唸った。
「……もう、わかったわよ! やればいいんでしょやれば!」
そう叫ぶと部屋へ戻り、わずか五分で軍服姿になって出てきた。
しかしそのまま、彼女は桐生の部屋へ直行した。
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「何なんですか今回の任務!?」
机に手を叩きつけ、桐生を睨み上げる。
「夫婦のふりって何!? 意味わかんないんですけど!」
「簡単だ。卓の説明通りだ」
「だから意味わかんないって言ってるんです!」
桐生は面倒そうに説明を始めた。
今回の標的は、表向きは“結婚式場相談所”として営業している政府関連施設。
だが実際は、九州南部および有明海周辺の監視・管理を担う拠点らしい。
現在、防革隊の主力は大阪へ集中しており、地方戦力は薄い。
対人外兵器もまだ完全普及していない。
今なら潰せる。
そして――
「年齢も近く、自然に潜入できるのはお前たちしかいない」
その一言で、夏美は完全に逃げ道を失った。
ボス命令は絶対。
結局、渋々頷くしかなかった。
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「卓はスーツを着ろ。夏美、お前はワンピースでも着ておけ。軍服では不審すぎる」
桐生の指摘はもっともだった。
結婚相談所にローブ男と軍服女。
怪しさしかない。
卓は即座に着替えを済ませた。
問題は夏美である。
待つこと一時間。
ようやく姿を見せた彼女を見て、卓は思わず目を丸くした。
詳しいファッション知識はない。
だが、可愛い。
それだけは理解できた。
「いつもと全然違いますねぇ。髪の毛くるくるしてるし、白いワンピースだ」
「なんで褒め方が全部変なのよ!?」
「褒めてますって」
「信じない!」
「素直じゃないなぁ」
「あんたのせいでしょ!!」
騒がしく言い合いながら、二人は車へ乗り込んだ。
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目的地まではあっという間だった。
潜入自体は成功。
だが問題は、その後だった。
「……もう帰りたい」
夏美は完全に消耗していた。
髪は少し乱れ、化粧も崩れている。
真っ白なワンピースの裾をぎゅっと握りしめ、疲れ切った顔で呟いた。
「どうしたんです? 向こうが結婚について色々聞いてきただけでしょう?」
「それが嫌なの!!」
即答だった。
「嫌いな……嫌いなやつとの結婚話を笑顔で話し続けるなんて、気が狂うわ!!」
「演技ですよ?」
「うるさい!!」
本気で限界らしい。
卓は少し困ったように頬を掻いた。
今回の目的は内部調査だった。
だが深く探れば怪しまれる。
結果、施設構造や隠し部屋の位置を多少探れただけで、核心には届かなかった。
しかし時間がない。
大阪に集結していた防革隊が、各地へ展開を始めていた。
対人外兵器を持った連中が来る前に、九州側の施設は潰しておく必要がある。
そのため――
二人は深夜、施設を跡形もなく破壊した。
燃え盛る建物を背に、夜道を歩く。
卓は久々に、いつもの調子を取り戻していた。
「やっと任務達成ですねぇ。嬉しいなぁ」
「それ、あんただけでしょ……」
夏美は疲れた声で呟く。
「……もう二度とこんなのしないから」
「えぇ〜?」
「……ボスに頼まれたら、考えてあげるけど」
「素直になればいいのに。顔赤いですよ?」
「っ、うるさい!!」
そんなふうに騒ぎながら、二人は新たな拠点へ戻っていくのだった。




