8.親友のままでいたかったのに、距離がもう戻らない気がします
朝比奈唯斗は、昔からずるい。
無愛想で、適当で、面倒くさそうで。
なのに、たまにだけ、変に優しい。
それが一番たちが悪い。
「……瀬神」
「なに」
「これ落とした」
「……」
差し出されたのは、私のペン。
いつの間にか落としてたらしい。
「……ありがと」
「別に」
それだけ言って、すぐ目を逸らす。
ほんとに。
そういうとこ。
ずるいんだよ。
本人は絶対気づいてないけど。
だから困る。
親友のままでいようと思ってたのに。
◇
放課後。
私は駅前にいた。
理由は――まあ、なんとなく。
……嘘だけど。
「……」
人混みをぼんやり見ていると、すぐに見つける。
女装しててもわかる。
あいつはあいつだ。
「……唯」
朝比奈唯斗――じゃなくて、“唯”。
そして、その隣には。
「……やっぱり一緒か」
白瀬凛花先輩。
距離、近いな。
ほんとに。
普通に。
いや普通じゃないか。
あの人、距離バグってるし。
「……」
なんか、ちょっとイラつく。
なんでだよ。
◇
「――唯」
「っ」
後ろから声をかける。
唯がびくっと肩を揺らした。
「美央……?」
「なにしてんの」
「いや、その……」
露骨に焦ってる。
ほんとわかりやすい。
「たまたま会って、ちょっと話してただけ」
凛花先輩が自然に言う。
柔らかい口調。
でも余裕がある。
「ふーん」
適当に返す。
でも視線は外さない。
「……美央って、唯と仲いいんだね」
「まあね」
「前から?」
「前から」
嘘じゃない。
でも全部は本当じゃない。
「……そう」
一瞬だけ間。
ほんの少しだけ。
でも確実に、空気が変わった。
気づかないふりはしない。
◇
「で、どこ行くの」
気づけば聞いていた。
「カフェ」
「甘いの食べる?」
「またですか」
唯が露骨に嫌そうな顔をする。
でも断らない。
そういうとこだよ。
「美央も来る?」
「……」
一瞬だけ迷う。
でも。
「行く」
なんでだよ。
ほんとに。
◇
カフェ前。
並びながら、三人で立つ。
距離感が微妙におかしい。
「美央って、唯といる時よく笑うよね」
凛花先輩がぽつりと言う。
「……は?」
「学校で見る時より、今の方が楽しそう」
「気のせいじゃないですか」
「そうかな」
そうだよ。
たぶん。
いや、どうだろ。
「……お前、今笑ってたか?」
唯がこっちを見る。
「うるさい」
「なんでキレるんだよ」
「うるさいって言ってる」
「理不尽すぎるだろ」
凛花先輩がくすっと笑う。
なんなんだよこれ。
◇
その時だった。
「……あ」
視界の端に、見覚えのある制服。
同じ学校の女子。
こっち見てる。
「……最悪」
この距離、この状況。
アウト。
「唯」
「え」
腕を掴む。
「こっち」
「ちょ、なに」
ぐいっと引き寄せる。
そのまま体勢が崩れる。
「うわっ」
「っ」
近い。
顔、近すぎる。
でも今はそれどころじゃない。
そのまま背中側に隠す。
女子はそのまま通り過ぎた。
「……セーフ」
小さく息を吐く。
「……」
気づく。
距離。
近い。
というかほぼ抱き寄せてる。
「……美央」
「なに」
「近い」
「うるさい」
即答した。
でも。
少しだけ。
離れたくなかった。
◇
「今の、どういうこと?」
凛花先輩が静かに言う。
声は柔らかい。
でも、少しだけ低い。
「あー……」
どうするこれ。
「知り合いがいて」
「見られると面倒で」
適当に繋ぐ。
「……そう」
凛花先輩が頷く。
でも視線は私と唯の間。
「美央、唯と仲いいんだね」
「まあね」
「前から?」
「前から」
また同じ会話。
でもさっきと違う。
今度は、少しだけ圧がある。
「……そう」
ほんの少しだけ。
ほんとに少しだけ。
凛花先輩の空気が変わる。
◇
「お前さ」
帰り道。
「なに」
「さっきの」
「助けたけど」
「それはわかってる」
「ならいいでしょ」
「……ありがと」
「……」
それだよ。
それ。
「……そういうとこ、ずるいんだよ」
「は?」
「なんでもない」
そっぽ向く。
また顔が熱い。
「お前また赤くなってね?」
「なってない」
「絶対なってる」
「なってないって」
「声でかい」
「うるさい!」
ほんと最悪。
◇
夜。
ベッドに寝転ぶ。
「……はぁ」
今日のこと思い出す。
唯斗。
凛花先輩。
あの距離。
あの空気。
それから――
自分。
「……」
わかってる。
もう無理だ。
親友のままなんて。
とっくに。
「……めんどくさ」
でも。
それでも。
隣にいたいと思ってしまう。
ほんと、どうしようもない。
夏休み前なのに。
全然、平和じゃない。
むしろ――
これから、もっと面倒になる気しかしなかった。




