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偶然、女装した俺を“女の子”だと思い込んだ先輩に口説かれ溺愛されています!?  作者: 夜天 颯


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9.先輩に“唯のこと知ってる?”と聞かれて、

 正直、嫌な予感しかしなかった。


「で、なんで私までいるわけ?」


「私も聞きたいです」


「お前ら二人とも失礼だな」


 土曜の昼。駅前。


 瀬神美央は呆れた顔でため息をつき、俺――朝比奈唯斗は内心で全力の同意をしていた。


 なんでこうなったかというと、十分前にさかのぼる。



『今日、空いてる?』


 朝。凛花先輩から珍しく“朝比奈唯斗”の方にメッセージが来た。


 この時点で嫌な予感はしていた。


 でも、まさか。


『美央も呼んでるから、よかったら少し付き合って』


 そんな三人編成になるとは思わないだろ普通。


 いや待て。


 なんでだ。


 なんで凛花先輩が、俺と美央を同時に呼ぶ必要がある?


 しかも“唯”じゃなくて、“唯斗”の方だ。


 嫌だ。怖い。絶対ろくなことにならない。


 そう思ったのに。


「来たんだ」


 待ち合わせ場所にいた凛花先輩は、いつもの涼しい顔でそう言ってきた。


「そりゃ来るだろ。わざわざ“よかったら”って書いてあったし」

 

「断らないと思った」


「……」


 なんでそんなに確信あるんだ。


「で?」


 美央が腕を組んで凛花先輩を見る。


「今日はなにするんですか、先輩」


「買い物」


「ざっくりしてんな」


「見たいものがいくつかあるから」


「なんで私たち?」


「暇そうだったから」


「ひどくない?」


 美央が即座に突っ込む。


 でも凛花先輩は少しも悪びれない。


「実際、暇でしょ」


「……まあ、そうだけど」


「朝比奈も」


「いやまあ、そうですけど」


「じゃあ問題ないね」


 問題はある。


 めちゃくちゃある。


 俺の心臓がもう問題だらけだ。



 駅ビルの中を三人で歩く。


 これが思ったよりきつい。


 なにがきついって、凛花先輩がたまに普通に俺へ話しかけてくることだ。


「朝比奈、それ持って」


「はい」


「ありがと」


 その程度だ。全然普通だ。先輩後輩として自然だ。


 自然なんだけど。


 問題はその人が、昨日“唯”に対して「今度また甘いもの食べに行こうね」とか言っていた人だってことだ。


 しかも俺はそれを全部知ってる。


 知ってるどころか、その“唯”本人だ。


 落ち着けるわけがない。


「お前さっきから静かすぎない?」


 隣を歩く美央が小声で言った。


「誰のせいだと思ってんだ」


「私のせいじゃないけど?」


「半分くらいお前だろ」


「知らないな」


「絶対面白がってるだろ」


「半分くらいは」


「やっぱりかよ」


 こいつほんとに。


「二人とも、なに話してるの」


 前を歩いていた凛花先輩が振り返る。


「内緒です」


「ろくでもないことです」


 俺と美央の返事がかぶった。


 凛花先輩が少しだけ目を丸くして、それから笑う。


「仲いいね」


「まあね」


 美央が当然みたいに言う。


 なんかその返しにも最近いちいち引っかかる。


 前までは何も思わなかったのに。


 ……ほんと、めんどくさい。



 一軒目は雑貨屋、二軒目は文房具、三軒目は服屋。


「先輩、買い物って言うからもっとガチかと思ったら、だいぶ可愛い系ですね」


 美央が手に取った猫のポーチを見ながら言う。


「だめ?」


「だめじゃないですけど、ちょっと意外」


「そう?」


「もっとこう、黒とか白とか、シンプルで無機質なの好きかと」


「偏見ひどいな」


 凛花先輩は笑いながら、棚から淡い色のヘアクリップを手に取る。


「こういうのも好きだよ」


「へぇ」


「朝比奈は?」


「え、俺ですか」


「うん」


 不意打ちやめろ。


「いや……俺は、まあ、普通にシンプルなのが」


「ふーん」


 凛花先輩が俺を見る。


 なんだその、ちょっと探るみたいな目。


「じゃあ、可愛いのは苦手?」


「いや、別に嫌いではないですけど」


 言ってから思った。


 まずい気がする。


 でももう遅い。


「そうなんだ」


 凛花先輩が少しだけ口元を緩めた。


 その横で、美央がめちゃくちゃニヤニヤしてる。


「おい」


「なに」


「その顔やめろ」


「どの顔?」


「全部だよ」


 楽しそうでなによりだな、ほんと。



 昼を過ぎた頃、フードコートで休憩することになった。


 三人分の飲み物を持って席に戻ると、凛花先輩と美央が何か話していた。


「で、あの時の書類なんですけど」


「うん」


「来週まででいいですか」


「大丈夫。急ぎじゃないし」


 やっぱりこの二人、普通に仲いいんだよな。


 実行委員繋がりだって何度も聞いてるのに、見るたび少しだけ変な感じがする。


「はい、どうぞ」


 俺がトレーを置くと、凛花先輩が「ありがと」と自然に受け取った。


「朝比奈ってさ」


「はい?」


 ドリンクのストローを刺しながら、凛花先輩がぽつりと言う。


「唯のこと、知ってる?」


「っ、ぶっ」


 危うく飲みかけのジュースをこぼすところだった。


「きったな」


 美央が素早く紙ナプキンを押しつけてくる。


「お、おまっ、急に何言うんですか先輩!」


「え? そんな驚くこと?」


「驚きますよ!?」


 俺の心臓の話をしたら今すぐ倒れられる自信がある。


 なんでだ。


 なんでそこで“唯”の話が出る。


 いや待て落ち着け。


 ここで変な反応をしたら終わる。


「……知ってるっていうか、この前ちょっと見かけたくらいですけど」


 なんとか声を絞り出す。


 嘘ではない。


 見かけたもなにも本人だけど。


「ふーん」


 凛花先輩がストローに口をつけながら、じっと俺を見る。


 やめろ。その目やめろ。


「どうしてですか」


 なるべく普通っぽく聞き返す。


「いや」


 凛花先輩は少しだけ視線を逸らして、それからさらっと言った。


「朝比奈と、ちょっと雰囲気が似てるなって思って」


「っ!?」


「ぶふっ」


 今度は美央が吹き出した。


「おい!」


「ごめ、っ……いや、今のは耐えられなかった」


「なんでお前が笑うんだよ!」


「だって、似てるって、っ……」


 こいつ絶対わかってて笑ってる。


「……そんな似てます?」


 俺は必死で平静を装った。


 手が少し震えてる気がする。


「なんとなく」


「なんとなくで言わないでくださいよ……」


「嫌だった?」


「嫌っていうか、びっくりします」


 びっくりどころじゃない。


 寿命が縮んだ。


「でも、なんか優しいところとか似てる」


「……」


 やめろ。


 そういう具体的なこと言うな。


「朝比奈もたまに変なところで優しいでしょ」


「“たまに”ってなんだよ」


「事実だろ」


 美央がまだ笑いを引きずったまま言う。


「普段はわりと雑だし」


「お前にだけだよ」


「今のちょっと嬉しいんだけど」


「知らん」


 美央がまた吹き出す。


「いやほんと、今日だめだ。笑いすぎて腹痛い」


「全部お前のせいだろ」


「違うな。お前が悪い」


「理不尽すぎるだろ」


 凛花先輩まで肩を震わせて笑ってる。


 なんなんだこの地獄。



 フードコートを出たあと、凛花先輩が「少し寄りたいところがある」と言って、上の階の期間限定ショップへ向かった。


 どうやら雑貨系のポップアップらしい。


 店の前には可愛い色の小物やぬいぐるみが並んでいて、どう見ても女子向けだ。


「先輩、こういうの好きなんですね」


 美央が感心したように言う。


「うん。見てると楽しいし」


「へぇ」


「唯も好きそう」


 凛花先輩が何気なくそう言った。


 俺の足が止まる。


「……」


 美央がこっちを見た。


 やめろ。その顔。


「え、っと……そうなんですか?」


 俺はできるだけ自然に返す。


 自然ってなんだ。


 もうわからん。


「うん。ああいう可愛いの、似合うし」


 凛花先輩が棚に並んだ白いヘアピンを見ながら、完全にデレた顔で言った。


 やばい。


 ほんとにやばい。


「この前、いちごのパンケーキ食べてる時もすごく可愛かったし」


「うわ、出た」


 美央が小さく笑う。


「先輩、また始まった」


「またって何」


「唯の話になると、明らかにテンション違うじゃないですか」


「そう?」


「そうですよ」


 美央が即答する。


 お前、そこで乗るな。俺のメンタルが死ぬ。


「別に普通だけど」


 凛花先輩はそう言いながらも、口元が緩んでいる。


 全然普通じゃない。


「この前も、“今日の唯、可愛すぎてどうしようかと思った”って言ってたし」


「美央!?」


 凛花先輩が珍しく声を上げた。


「それ今言う?」


「言いますよ。だって事実だし」


「……」


 凛花先輩がほんの少しだけ気まずそうに咳払いする。


 でも耳が赤い。


 赤いけど、目は笑ってる。


 なんだこれ。可愛いなこの人。


 いや違う、そうじゃない。


「……朝比奈?」


「はい!?」


 急に振られて声が裏返った。


「そんな驚かなくても」


「い、いや、ぼーっとしてて」


「そう」


 凛花先輩が少し首を傾げる。


 その顔のまま、さらっと続けた。


「唯って、やっぱり可愛いと思う?」


「っ」


 死んだ。


「いや、その、えっと」


 何をどう答えても詰む質問じゃないか。


「見た目はまあ……可愛いんじゃないですか」


 必死でひねり出した答えがこれだった。


 自分で自分を可愛いって判定してるみたいで最悪だ。


「ふふ」


 美央が肩を震わせている。


「お前あとで覚えてろ」


「怖」


 全然怖がってない。


「朝比奈って、そういうの素直に言えるんだ」


 凛花先輩が少しだけ意外そうに言った。


「いや別に、一般論です」


「ふーん」


 凛花先輩がにこっと笑う。


 なんだその顔。


 なんか嫌な予感しかしない。


「じゃあ、今度唯と会った時、朝比奈が可愛いって言ってたって伝えようかな」


「やめてください!!」


 反射だった。


 店の中で言う声量じゃなかった。


 近くにいたカップルが振り向く。


 終わった。


「……そんなに嫌?」


 凛花先輩が少しだけ目を丸くする。


「嫌っていうか、気まずいです!」


「なんで?」


「なんでって……なんか、あるじゃないですか!」


「何が?」


「そういうの! 色々!」


「色々って便利な言葉だね」


 美央が楽しそうに言うな。


 全部お前らのせいだろ。



 結局、最後はゲームセンターに寄ることになった。


「なんでこうなるんだよ」


「流れ」


「どんな流れだ」


「楽しい流れ」


 美央が当然のように言う。


 凛花先輩も「たまにはいいでしょ」と乗ってきた。


 二人が組むと地味に強い。


 クレーンゲーム、プリクラ、音ゲーコーナー。


 どこも人が多い。


「朝比奈、あれ上手そう」


 凛花先輩が指差したのは、バスケットボールのゲーム機だった。


「いや、別に」


「やってみて」


「えぇ……」


「見たい」


 見たい、の一言に弱い自分が嫌だ。


 結局、千円だけやることになった。


 結果はまあ、ぼちぼち。


「すごい」


「普通です」


「かっこよかったよ」


「……」


 不意打ちでそういうこと言うのやめてくれ。


 心臓に悪い。


「はいはい、照れんな唯斗」


 美央が横から茶化してくる。


「照れてねぇ」


「顔に書いてる」


「書いてねぇ」


「“褒められて弱ってます”って書いてる」


「書いてねぇって!」


 凛花先輩がまた笑う。


 その笑い方が、学校で見るのよりずっと柔らかい。


 ああ、こういう顔で“唯”にも笑ってるのか。


 ……いや、それを今ここで考えるな。



 帰る頃には、外は少しだけ暗くなっていた。


「今日はありがと」


 駅前で凛花先輩が言う。


「こちらこそ。意外と楽しかったです」


 美央が素直に返した。


「朝比奈は?」


「……まあ、楽しかったです」


「“まあ”いらなくない?」


「必要です」


「素直じゃないなあ」


 凛花先輩が笑う。


 それから、少しだけ視線を上げて俺を見た。


「朝比奈」


「はい」


「また今度、唯のこと教えて」


「っ」


 今日二回目の爆弾やめろ。


「俺に聞くんですか?」


「なんとなく、知ってそうだから」


「なんとなくで怖いこと言わないでください……」


「怖い?」


「怖いです」


 本音が漏れた。


 美央が横で吹き出す。


「先輩、今のは朝比奈の負けですね」


「なんの勝負だよ」


「知らないけど」


 こいつほんとに。


「じゃあ、またね」


 凛花先輩が手を振る。


「はい」


「うん」


 俺と美央がそれぞれ返す。


 凛花先輩が改札の方へ歩いていく背中を見送りながら、俺は大きく息を吐いた。


「……疲れた」


「だろうね」


 美央が妙に優しい声で言う。


「今日のお前、だいぶ面白かったし」


「最低だな」


「でも」


 少しだけ間があく。


「……先輩、ほんとにお前のこと好きなんだな」


「……」


 言い返せない。


 あんなふうに“唯”の話をされて、わからない方がおかしい。


「で?」


 美央がじっと俺を見てくる。


「なんだよ」


「お前はどうなの」


「……」


 答えられない。


 まだ、うまく。


「……知らん」


「そっか」


 美央はそれ以上は言わなかった。


 でも、その返事が少しだけ寂しそうに聞こえた気がして。


 俺は、なんとなくそっちを見られなかった。


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