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偶然、女装した俺を“女の子”だと思い込んだ先輩に口説かれ溺愛されています!?  作者: 夜天 颯


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11/12

10. 今日の話は、ちょっと地雷です

最悪だ。


 待ち合わせ場所に向かいながら、俺は何度目かわからないため息をついた。


 今日の俺は“朝比奈唯”。


 女装して、ウィッグを被って、声の高さも少しだけ調整して、学校の朝比奈唯斗とは完全に別人としてここにいる。


 いる、んだけど。


「……なんで今日に限って、あんな話題出るんだよ」


 昨日のことを思い出すだけで胃が痛い。


 凛花先輩と、美央と、俺――じゃない、俺じゃなくて唯斗の三人で出かけた昨日。


 あの場で凛花先輩は、“唯”のことを普通に話題に出してきた。


 しかも俺に向かって。


 おまけに「また今度、唯のこと教えて」ときた。


 やめろ。


 ほんとにやめてほしい。


 それ以上踏み込まれたら、色々終わる。


「……」


 でも断れないんだよな。


 待ち合わせに来てしまってる時点で、もうだいぶ終わってる気もするけど。


「唯」


「っ」


 名前を呼ばれて顔を上げる。


 駅前のベンチのそばで、凛花先輩が手を振っていた。


 白いブラウスに淡い青のスカート。シンプルなのに、やたら目立つ。今日も顔がいいし、今日も距離感がおかしくなりそうな気配しかしない。


「こんにちは……」


「こんにちは。来てくれてよかった」


「……はい」


 その一言だけで心臓に悪い。


 ほんと、この人はなんなんだ。


「今日ちょっと遅かったね」


「え、あ、すみません」


「責めてないよ」


 そう言って、凛花先輩が少しだけ笑う。


 柔らかい。


 昨日、唯斗に向けていた先輩の顔と、今の顔は似てるようで、でもやっぱり違う。


 唯斗には“先輩”の顔。


 唯には“好きな相手”の顔。


 ……いや、違いを自分でわかってるのが一番しんどいな。


「どうしたの?」


「え?」


「ぼーっとしてた」


「……なんでもないです」


「そっか」


 凛花先輩がじっと私を見る。


 やめろ。その目やめろ。


 見透かされてるみたいで、ちょっと怖い。


「……あの、今日はどこ行くんですか」


 無理やり話題を変える。


「この前行けなかった雑貨屋と、あと少し歩いた先のカフェ」


「また甘いのですか」


「嫌?」


「嫌ではないですけど……」


「じゃあ決まり」


 早い。


 この人、私の“嫌じゃない”を都合よく使いすぎでは?



 駅ビルの雑貨屋は、日曜の昼だけあってそこそこ混んでいた。


 可愛いポーチ、ヘアアクセ、小さなぬいぐるみ、香水瓶みたいなデザインの小物。いかにも女子が好きそうなものがずらりと並んでいる。


「唯って、こういうの本当に似合うよね」


「似合いませんよ」


「似合うよ」


「即答しないでください」


「だって本当だし」


 凛花先輩が淡いピンクのヘアクリップを指先で持ち上げる。


「これとか」


「いや、使いません」


「使って」


「なんでですか」


「見たいから」


「理由が強い」


 いや弱いのか?


 わからん。


 この人の“見たい”って、だいたい拒否権ないし。


「つけてみて」


「店の中でですか?」


「だめ?」


「だめっていうか、恥ずかしいです」


「可愛いのに」


「だからそれを平気で言うのやめてください」


 周りに人いるからな?


 普通に聞こえるからな?


「じゃあ、今度ね」


「今度もないです」


「あるよ」


「ないです」


「ある」


「ないです」


 小学生みたいな押し問答をしていたら、凛花先輩がふっと笑った。


「唯って、こういう時だけ頑固だよね」


「こういう時だけじゃないです」


「そうかな」


「そうです」


「じゃあ、もっと頑固でもいいよ」


「なんでですか」


「見てて可愛いから」


「結局そこに戻るんですね」


 だめだ。


 会話の着地点が全部そこだ。


 どうやって逃げればいいんだ。



 雑貨屋を出て、二人でカフェに入る。


 今日の店は前回より落ち着いた雰囲気で、白と木目を基調にした静かな空間だった。


「ここ、居心地いいですね」


「でしょ」


 凛花先輩が少し得意そうに言う。


 その顔、ちょっと珍しいな。


 学校ではあんまり見ない表情だ。


「先輩、こういう店よく知ってますね」


「好きだから」


「甘いものが?」


「それもある」


 メニューを開きながら、凛花先輩が続ける。


「一緒に来る人が喜んでくれるのも好き」


「……」


 不意打ちやめろ。


 今の、だいぶ効いたんだけど。


「……そうなんですね」


「うん」


 それ以上何も言えずに、私はメニューに視線を落とす。


 今日は季節のフルーツタルトと紅茶のセットにした。凛花先輩はレアチーズケーキ。


「唯、今日ちょっと静かだね」


「そうですか?」


「うん」


 注文を終えたあと、凛花先輩が頬杖をついてこっちを見る。


「考えごと?」


「……少し」


「言えること?」


「言えないことです」


「そっか」


 それだけ言って、無理に聞いてこない。


 こういうところは優しいんだよな、この人。


 だから余計に、罪悪感が増す。


「……」


 しばらく沈黙。


 でも気まずくはない。


 その静けさの中で、昨日のことがまた頭をよぎる。


 唯斗として一緒にいた時の凛花先輩。


 そして、その場で出てきた“唯”の話。


 あれを、このまま放っておいていいのか。


 いや、よくない。


 でも自分から触れるのも怖い。


 でも。


「……先輩」


「うん?」


「昨日、朝比奈くんと出かけたんですよね」


 言ってしまった。


 凛花先輩が少しだけ目を瞬く。


「うん。美央も一緒だった」


「……楽しかったですか」


 自分でも変なことを聞いてると思う。


 でも止まらなかった。


「楽しかったよ」


 凛花先輩は普通に答えた。


「朝比奈も美央も、思ってたより話しやすいし」


「……そうなんですね」


「うん。朝比奈はちょっと不器用だけど」


「……」


 心に刺さる。


 それ、本人だからめちゃくちゃ刺さる。


「あと、優しいところがある」


「……」


 やめてくれ。


 その評価を今ここで聞くのはしんどい。


「でも、なんで唯がそれ気にするの?」


「っ」


 来た。


 当然の疑問。


「いや、その……」


 まずい。


 どう繋げる。


「昨日、少しだけ気になって」


「なにが?」


「えっと……」


 逃げ場がない。


「朝比奈くんと、先輩って、仲いいんだなって」


 なんとかひねり出した。


 凛花先輩は少しだけ考えるように視線を上げ、それから小さく笑った。


「普通に後輩だよ」


「……そうなんですね」


「唯、もしかして気にしてた?」


「べ、別に、そういうわけじゃ」


「ふふ」


 笑うな。


 今の笑い方、絶対気づいてるだろ。


「でも、朝比奈に唯の話、ちょっとした」


「っ」


 今度は本気で心臓が止まりかけた。


「……ど、どんな話ですか」


「唯って可愛いよねって」


「……」


 終わった。


 いや終わってはない。


 でも精神的にはだいぶ終わった。


「あと、優しいところ似てるって思った」


「……」


 ほんとに、なんでそんな危ないことを平気で口にするんだ。


「朝比奈、すごく驚いてた」


「そ、そうでしょうね」


「うん。ちょっと面白かった」


「面白かったんですか」


「少しだけ」


 だろうな。


 あの時の俺、だいぶひどい顔してたと思うし。


「でも」


 凛花先輩の声が、少しだけ柔らかくなる。


「朝比奈って、唯のことちゃんと可愛いって言ってくれたよ」


「……」


 やめろ。


 本人にその報告するな。


 羞恥で死ぬ。


「唯?」


「な、なんでもないです」


「顔赤い」


「赤くないです」


「赤いよ」


「先輩のせいです」


 思わず口をついて出た。


 しまった、と思った時には遅い。


 凛花先輩が少しだけ目を丸くして、それから静かに笑う。


「そっか」


「……言い方ずるいです」


「唯がそういうこと言うの、好き」


「だからそういうのやめてください……」


 だめだ。


 完全にペースを持っていかれてる。



 注文したケーキが運ばれてきて、ようやく少し空気が変わる。


「……美味しそう」


「可愛いね」


「先輩それしか言ってない気がします」


「だって本当に可愛いし」


 ケーキまで口説き文句に使うな。


 どういう技術なんだ。


「はい、唯」


 凛花先輩がフォークで小さく切ったレアチーズケーキを差し出してくる。


「……なんですか」


「一口あげる」


「いらないです」


「なんで?」


「なんでって……」


「美味しいよ」


「そういう問題じゃないです」


「じゃあ私、唯の食べる?」


「だめです!」


 反射だった。


 凛花先輩が少しだけ首を傾げる。


「なんで?」


「それは、その……」


 間接キスを意識してるからです、なんて言えるわけないだろ。


「……唯」


「はい」


「もしかして、意識してる?」


「してません!!」


 即答してしまう。


 速すぎて逆に怪しい。


 凛花先輩が吹き出した。


「ふふっ……」


「笑わないでください」


「ごめん。でも可愛くて」


「全部そこに戻るんですね」


「うん」


 うん、じゃないんだよ。



 結局、私は一口食べさせられた。


 そして凛花先輩も私のタルトを一口食べた。


 もうめちゃくちゃだ。


 心臓が持たない。


「……先輩」


「なに?」


「昨日、朝比奈くんに、私のこと何か聞いたんですか」


 自分でも往生際が悪いと思う。


 でも、やっぱり気になる。


「少しだけ」


「何を……」


「唯のこと知ってる?って」


「っ!」


 今度こそむせた。


 紅茶危ない。危ない危ない。


「だ、大丈夫?」


「だ、大丈夫じゃないです……」


「え、なんで?」


「なんでもないです……」


 ダメだろ、その質問。


 ほんとにダメだろ。


「でも、朝比奈の反応ちょっと面白かった」


「……」


 絶対俺、変な反応してたんだろうな。


 終わってる。


「なんか、すごく焦ってたし」


「……」


 やめろ。


 本人の前で実況するな。


「唯?」


「い、いや、その……」


 必死で考える。


 今ここで怪しまれたらまずい。


「朝比奈くん、そういう話苦手そうだなって」


 なんとかごまかした。


 凛花先輩は少しだけ考えて、それから頷く。


「それはあるかも」


 助かった。


 ほんとにギリギリだ。


「でも、また聞いてみようかな」


「やめてください!!」


 今度は完全に大きな声が出た。


 店の奥の席のカップルが振り向く。


 終わった。


「……そんなに?」


 凛花先輩がきょとんとする。


「……気まずいです」


「唯が?」


「そ、その、なんとなくです」


「なんとなく、多いね」


「便利なんです」


「そうなんだ」


 凛花先輩が楽しそうに笑う。


 だめだ。


 この人、本当に楽しんでる。


 そして俺は今、本気で寿命を削ってる。



 店を出たあと、夕方の風が少しだけ涼しかった。


「今日も楽しかった」


 凛花先輩が満足そうに言う。


「……それはよかったです」


「唯は?」


「……まあ」


「また“まあ”」


「必要です」


「素直じゃないなあ」


「先輩が素直すぎるんです」


「そう?」


「そうです」


 凛花先輩が少しだけ笑って、それからふいに立ち止まった。


「唯」


「はい」


「もし朝比奈が唯のこともっと知ってたら、ちょっと面白いよね」


「お、面白くないです」


「そうかな」


「そうです」


 真顔で否定する。


 これ以上踏み込まれたら本当に終わる。


「ふふ」


 凛花先輩はなぜか嬉しそうだった。


「でも、唯がそんなに嫌がるなら、やめとく」


「……ほんとですか」


「うん」


「絶対ですよ」


「そこまで言うんだ」


「言います」


「わかった」


 そう言って、凛花先輩が少しだけ身を屈める。


 近い。


「じゃあその代わり」


「な、なんですか」


「次も付き合って」


「……」


 それを、そんな目で言うな。


 断れるわけないだろ。


「……考えます」


「それ、来るやつ?」


「たぶん……」


「よかった」


 また柔らかく笑う。


 その笑顔に、どうしようもなく弱い自分が嫌になる。


 でも。


 嫌じゃないと思ってしまうのが、もっと厄介だった。

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