珍しい薬草
王家の守り人になるにはそれ相応の魔術師でなければならない。そうでなければ王廟が許さない。扉を開けてはくれない。
相応の魔術師――それは単に魔法の力が強いことを指してはいない。勿論それなりの素養は必要だが、王廟が王家の守り人に求めるのはなんと言っても王家への忠誠だった。
未来永劫変わることなき王家への忠誠を王廟に誓い、その確固たる決意を王廟が認めて初めて王家の守り人となれる。しかもその誓いが破られることがあれば、即座、もしくは数日のちに必ず命を失する。グランデジアの歴史がそれを物語っている。
即位を承認する立場であり、王家における各儀式は王家の守り人がいなければどれ一つとして執り行えない。王家存続の鍵を握るのだから絶対的な忠誠を求められても不思議ない。
サシーニャの前の王家の守り人は、当時の筆頭魔術師の息子だった。父、そして一人きりの、やはり魔術師だった弟ともどもあの火事で焼死している。
あの火事の隠された真相、そして未だ『何が明らかになっていないのか』を知れば、父親と兄二人の仇を討つことに繋がると考え、王家の守り人になるとジャルスジャズナは言ってくれるんじゃないか? サシーニャが彼女を探す目的の一つだ。
だが、所在不明、ひょっとしたらと思う人物は自由を謳歌している。もしガンデルゼフトのジャジャがジャルスジャズナならば王家の守り人は言うまでもなく、魔術師の塔に戻ることさえ拒否するだろう。
相手が特定できていない復讐は甘さに欠ける。
『ペレグリンやヒロンデに憧れているのさ』
渡り鳥のように諸国を旅し、様々な景色を眺め、いろいろな人と触れ合いたい――そんな暮らしを手に入れた。それを捨てさせるほどの魅力を感じさせるには弱すぎる誘惑だ。
それでもサシーニャは諦めきれない。諦めきれないのに放っておくのが彼女のためだと思っている。己の中の矛盾に悩まされている――
王の執務室から魔術師の塔に戻ったサシーニャは部下の報告を受けたのち、自分の執務室で次の指図書を作成していた。遠方に派遣した配下の魔術師に、カラスを使って送るものだ。事前の打ち合わせがなければ読み解けない文面、しかも簡潔にして明瞭、鳥の足に括り付けるのだから長文にできない。
普段ならすらすら進む作業が、このところ思うように捗らない。今日はさらにそれが酷い。的確な文章が思い浮かばない――リオネンデが考えたとおりだ。疲労を自覚していないサシーニャではなかった。
簡単なものとはいえ昼間からの宴会、少しは休めとリオネンデが言っていると感じた。それに反感を覚え、言わなくてもいい皮肉を言ったのもまた、疲労が呼んだのだと判っている。
冗談ではなく忙しかった。進めなくてはならない案件は山ほどある。
ニュダンガ南部山村に送り込んだ間者の組織化、カルダナ高原におけるダム建設計画、バイガスラおよびバチルデアの国情と両王家の内部事情の表面に現れていない事柄への調査――これら、国王が大臣に諮らず進めているもののほかに、筆頭魔術師として通常の業務、国として承認済みの事案も進めていかなくてはならない。ただでさえ忙しいのに、早急に次の王家の守り人を選出して、教育を始めろとリオネンデに言われた。またわたしですか? いつものそんな軽い愚痴では済まされなくなっている。
近付く気配に筆を止めて、サシーニャが扉を見る。すると扉の向こうから声が聞こえた。
「サシーニャさま、薬草屋のワダがお会いしたいと申しております」
さっと立ち上がり、
「通せ――それと茶と、何か菓子の用意を」
と答え、隠し棚を操作する。サシーニャでしか開けられない魔法をかけた棚だ。
中からずっしりと重たい袋を取り出し、再び棚を隠すと袋を執務机の引き出しに放り込む。机の前に腰かけて待てば、ほどなく案内に伴われてワダが入室した。
「あなたが来たという事は、珍しい薬草が入ったという事ですね」
「はい、飛び切りの薬草が手に入りました」
茶菓を運んできた部下が退出すると、サシーニャは掌を自分の前に翳して軽く振った。傍聴防止の術を掛けたのだ。
「それで、進捗具合は?」
テーブルに地図を広げ早速本題を切り出したサシーニャに、ふふんとワダが鼻を鳴らす。
「今年は雨期が遅れている。お陰で予定より進んでるぞ」
得意げにそう言ってワダがサシーニャを見れば、笑むサシーニャ、
「それは上々……食料の調達は巧く行っていますか?」
一番の気掛かりを尋ねた。
ダム工事に携わる人足たちの生活物資はベルグの街で調達している。ベルグ総帥リヒャンデルには内密に意を含めてあるが、表立ってはリヒャンデルも動けない。日々不足がないかが気掛かりだった。が、サシーニャの問いに答えるワダの声が聞こえない。サシーニャが地図からワダに視線を移す。
「どうしたのです? 何か問題でも?」
「いや……」
ワダは硬い表情でサシーニャを見詰めている。
「あんた、こないだ会った時より痩せたんじゃないのか? いいや、痩せた。それに顔色がよくない」
一瞬きょとんとしたサシーニャ、すぐに苦笑に変わる。
「多少は痩せたかもしれませんね。これでも魔術師は他人が思うより激務だし、このところ忙しい。顔色が悪いのは皆と違ってわたしには異民族の――」
「肌の色が違うとかって問題じゃない! 俺を馬鹿にするな。これでも三百の人間を束ねているんだ。一人一人に目を配り、心を配らなけりゃ集められない人数だ。その俺が見誤る――」
「そう、怒るな」
自分の言葉を遮ったワダの口を今度はサシーニャが塞ぐ。じっとワダを見詰め、次には吹き出した。
「そうですね。ワダ、あなたは見縊れないお人だ」
「笑って誤魔化すな」
「そんなつもりはありませんよ――だけど笑いが止められないのです」
笑い続けるサシーニャに困り顔のワダ、
「何がそんなに可笑しいって言うんだ?」
と呆れる。
「いやね、自分はどれほど思いあがっているのだろうと考えたら、笑いが止まらなくなりました。この笑いも疲れ過ぎているからでしょう」
「サシーニャ……」
サシーニャが筆頭魔術師で王家の守り人だという事を知らないワダではない。だが、その仕事の内容までは思い浮かべることができるわけではない。
「俺にできることがあれば……」
なんでも言ってくれ、それはワダの本心だ。それがサシーニャの笑いを止め、途端に表情を曇らせる。
「いや……いや、判ってる。俺にできることがあるわけない。烏滸がましいことを言っちまった」
サシーニャの豹変を怒りと受け取ったのか、慌てるワダの言い訳にサシーニャが苦笑する。
「そんなふうには思っていません。あなたの言うとおりです。わたしは抱え込み過ぎている」
リオネンデだって気が付いている。だから王家の守り人を誰かに、と言い出した。
「ワダに頼みたいことは既に頼んであります。それを滞りなく進めて欲しい――決して能力を低く見ているわけではないのです。仕事を与え過ぎないようにするのもわたしの役目……己にその目を光らせるのを忘れていました」
「いや、あんたのことはその通りだと思うけど、俺はまだ余力がある」
ここでサシーニャがニッコリ笑う。
「それではその余力、使っていただきましょう」
えっ? とワダが俄かに緊張した――




