政略
リオネンデ即位四年目、グランデジアはついにゴルドントを制し、獅子王リオネンデ恐るべしと諸国に認識されるようになった。獅子王と言うのは、リオネンデの紋章が雄叫びをあげる獅子だったことに由来する。
何を祝いに贈ればよいかジョジシアスが迷っているうちに、次にはリオネンデが『王の片割れ』を得たとの便りが届く。
これに慌てたのはモフマルドだ。そしてその手があったかと冷や汗を流す。
「王の片割れとはなんだ?」
ジョジシアスの問いに、ジョジシアスから受け取ったグランデジア国の公式文書に目を通しながらモフマルドが答える。
「その名の通り、王の半身と言える人物。血筋に関係なく王家の一員となり、王に代わることもできる存在――王の片割れになるのに性別の制限はありませんが、今回、王の片割れになったのは後宮の女のようです。この女は、王の片割れ、王家の一員、そして側室、この三つを兼ねる存在となります。これでこの女がリオネンデの子を産めば、確実にその子が次のグランデジア国王となります」
「リオが妻を得たという事か?」
「妻というよりも……そうですね、分身と思ったほうが判りやすいかと。王不在時には王代理となり、王が子を生す前に落命すれば、王にもなれる立場です」
「王位継承権を持つ側室?」
「うーーん……王の片割れになるには、王家の守り人立ち合いのもと、王家の墓廟に参らねばなりません――墓廟には王家の守り人と王家の一員しか入れません。王家の一員となった者が、王の影となると誓い、初めて王の片割れとなります。二段階で認証されなければならないという事です」
「もっと簡単に説明できないのか?」
「グランデジア王家は魔術師の血筋で、一つ一つの決まりに魔法の力が働いています。複雑で、魔術に見識がなければなかなか理解できないでしょう――王位継承については、これも単純なものではありません。グランデジアの王位継承は血筋がものを言います。片割れになることを墓廟が許しても、即位を墓廟が許すかどうか。王家の血筋でない者が王になった前例はございません」
「墓廟が許す?」
「建国の王が魔術師なのはご存知でしょう? 国のあちこちに今もなお、建国の王が掛けた魔法が生きています。王家の墓廟もその一つ。グランデジアの繁栄に繋がらない者は、たとえ王の血筋でも墓廟が受け入れない、つまり王とは認めないのです」
「ふむ……グランデジアの特異性はよく判った」
ジョジシアスはいつも通りグランデジアの不可思議な仕組みに音を上げたようだ。
それにしても、とモフマルドが思う。リオネンデは好色だという噂は耳にした。後宮に数え切れない女を集め、特に乙女には目がないと言われている。それをモフマルドは偽装だと思っていた。
あの幼い日、リオネンデはジョジシアスにより男色の喜びを植え付けられた。幼過ぎる性の目覚めは正常な成長を妨げる。きっとリオネンデは女に興味を持つことがあっても、歪められた性欲が女子へ向けられることはないと見込んでいた。
が、後宮の女を片割れとした。愛を誓ったという事か? 墓廟は偽りを見抜く。嘘を決して許さない。ならば――
(リオネンデは見境なく欲情する、そう言うことだな)
相手が男でも女でもよい、そうなってしまったという事か……目論見とは異なる結果だが、まぁ、仕方あるまいと諦めるモフマルドだ。
だが、リオネンデに子ができるのは困る。それを阻止するには……
「ジョジシアスさま、この際、リオネンデさまにご縁談をお勧めするのはいかがでしょう?」
「縁談?」
「王の片割れと妃は別のもの。片割れさまは言わば同志、共に戦う者……癒しを齎す王妃もリオネンデさまに必要かと」
「ふむ……」
ジョジシアスが苦笑いする。
「己も妻を持たぬのに、甥に縁談とはな。笑われそうだぞ」
「これは政略でございます」
モフマルドもニヤリと笑う。
「ナナフスカヤさまのご生家バチルデア王家の王女をグランデジア王妃に推挙するのです。ナナフスカヤさまも二人の王子もご逝去、バイガスラとバチルデアの絆は弱まりました。でもここでジョジシアスさまの甥、グランデジア王の正妃にバチルデア国王女を迎えれば、バイガスラとバチルデアの絆は修復され、グランデジアもバチルデアとの繋がりが生まれる。三国にとって、良いこと尽くめのご縁となります」
中でも我がバイガスラはグランデジアに恩を売れ、これまで以上に干渉できるようになる。これが一番の旨味――が、欲のないジョジシアスにこの事は言わずにいた。グランデジアを従わせる、そんな考えはジョジシアスにはない。下手に話せば気後れして、この話はなかったことにと言い出しかねない。
バチルデアもこの話にはすぐに同意する。友好関係を維持したいのはバチルデアとてバイガスラと同じだ。そこへ勢いを増していると噂のグランデジアが加われば覇権を握るのも夢でなくなると思えた。
この時は、グランデジアがバイガスラ・バチルデア両国と離れた位置にあるのが有利となった。隣国バイガスラと手を組めば、グランデジアと挟まれた位置関係にある国を攻め込むのが容易になるとバチルデア国は考えたのだ。これも数年後、見誤りだったと後悔することになる。
リオネンデに嫁がせる王女はすぐに決まった。少し若いがリオネンデとの年齢差は五つ、釣り合わないものではない。バチルデア国王の末娘は美しい上に聡明との評判だ。父王が密命を吹き込む可能性をモフマルドは懸念したが、それもまた政略と言うもの、仕方あるまいと黙すことにした。
相手が決まればすぐさま、バイガスラの意向を書簡にてグランデジアに伝えた。間を置かぬうち、モフマルドの部下、表向きはバイガスラの第一魔術師カッターデラを使者とし、縁談を取り纏めるべく一団を差し向けた。
グランデジア、つまりはリオネンデとサシーニャに、断る理由を考える時間を与えないためだ。リオネンデとサシーニャは必ず拒む。そのために王の片割れを設けたのだとモフマルドは考えていた。グランデジアの独自性、歴史を誇るグランデジアだが、王がまだ若く基盤が緩い。他国からの干渉を受けたくないはずだ。
王の片割れが女子であり、王の子を身籠る可能性がある限り、誰が王妃になろうとも、王妃の産んだ子が王位を継ぐのは難しい……妃になりたい者はいないはず、そう見込んだのだとモフマルドは思った。
(リオネンデ、そしてサシーニャ――他国から嫁ぐ王妃の目的は子に王位を継承させることだけではないぞ)
モフマルドが心内で笑う。
(最たるものは間者としての役割だ。若いあなたがたはそれをすっかり見落としている)
バイガスラの使者は第一魔術師カッターデラとされたが、従者の一人と偽ってモフアルドもグランデジアに同行している。今回の話し合いにはサシーニャも必ず同席するはずだ。モフマルドはサシーニャをひと目見ておきたかった。
十九の若さで筆頭魔術師となり、王家の守り人を兼任した。そしてその後を聞く限り、リオネンデの王としての成長にサシーニャは深く関わっている。
縁談を持ち込んだ時、リオネンデは二十二、サシーニャは二十三、そんな若造が二人掛かりとは言え一国を背負っている。果たしてどれほどのものなのか? それにマジェルダーナはリオネンデの敵か味方か、そのあたりも見極めたかった。
久々のグランデジア王宮……懐かしさから従者に何も言わず、モフマルドはこっそり控室を抜け出した。前回訪れた時は知人との遭遇を恐れ、与えられた部屋にできるだけ閉じこもった。だがあの火事騒ぎでモフマルドを知る者はすべて死んだと知っている。グランデジアを追放された魔術師だと、モフマルドを知る者はこの国にはもういない。
遠い昔、恋しい女に罵られ、憎い男に殴られた王宮の庭――甘く苦い思いに惑わされモフマルドは、迂闊にも用心を怠り過ぎた。誰も通るまいと思っていた渡り廊下を行く者がいる。黄金に煌めく髪、白い肌――
(サシーニャ!)
込み上げる憎しみを抑えきれないモフマルド、サシーニャが殺気に気付かぬはずもない。
立ち止まったサシーニャがモフマルドを見た。




