邂逅
サシーニャはモフマルドを見ると、まず二人いた従者を後ろ手に庇った。サシーニャの動きに従者はやっとモフマルドの存在に気付き、慌ててサシーニャを守るべく前に出ようとする。
「下がりなさい。おまえの手に負える相手じゃない」
サシーニャの――若い男の落ち着いた声が聞こえた。
なるほど、黄金に輝く髪も白い肌も、見ようによっては美しい。だが、そうじゃないのだとモフマルドは思う。もしサシーニャが淡褐色の肌に黒髪であっても、人目を引く美しさに違いない。その面立ちはモフマルドが、己を捨てても手に入れたいと願った女の顔だ。なんと美しいのだろうと見惚れたあの顔だ。
敵意を隠すことなくサシーニャを睨みつけるモフマルド、サシーニャは立ち止まったものの、モフマルドを見詰めるだけで動こうともせず何も訊いてこない。二人の従者はどうしたらよいのか判らないのだろう、サシーニャとモフマルドを見比べてオドオドとしている。
王宮の庭に見慣れぬ男がいる。しかも通りがかった筆頭魔術師を、殺気を漲らせて睨みつけている。ただ事ではないはずだ。従者が焦るのも無理もない。が――
サシーニャがモフマルドから目を逸らし、フッと笑みを浮かべた。そして何事もなかったかのように再び歩き始める。威嚇に乗ってくる、そう思ったのに肩透かしを食らわされたモフマルドだ。
「待て、サシーニャ。おまえを待っていたのだ」
こんな計画はなかった。ここでサシーニャに会うはずではなかった――行かせろ、関わるな、意識の奥で自分がそう叫ぶのに、気が付けばモフマルドはサシーニャを呼び止めていた。
歩みは止めたものの、こちらを見もせずサシーニャが答える。
「なにゆえこのようなところで? 明日にはお目通りするはずですよ、モフマルドさま」
「うぬ……なぜわたしの名を知っている?」
バイガスラの使節の代表はカッターデラ、グランデジアに知らせた使節団の名簿には、その他大勢の中に含まれてモフマルドの名は記載しなかった。なのになぜサシーニャはその名を知っている?
「バイガスラ国よりの国賓、魔術師カッターデラさまの従者の中でも下位、その他に含まれ名簿に記載されてもいない――実はカッターデラさまより上位の魔術師、バイガスラ王ジョジシアスさまを陰で操る男」
そう言いながらサシーニャが、ゆっくりとモフマルドに向き直った。
「明日到着の予定が一日早いご到着……カッターデラさまにも告げず庭へのお出まし、控室でモフマルドさまがいないと騒がれています」
落ち着いた声、穏やかな微笑み――そのくせ言っていることは辛辣だ。しかも自分の力をさり気なく衒らかしている。おまえのことなどお見通しだと言っている。
「わたしと睨み合っている間に王宮を見渡したか……」
この広い王宮をあの短い時間に? いや、違う。見慣れぬ顔と衣装からバイガスラの者と予測して、その控室を覗いたのだ。そしてわたしの素性を知った。が、控室でわたしの名は出ても、ジョジシアスを陰で操るなどと話しているはずがない。それにしても――
「バイガスラの控室にはカッターデラが結界を張り、盗聴防止術を掛けたはずだ」
バイガスラに間者を送り込んでいるか? 間者の気配をこのわたしが見落としていると? 間者を送り込むのはグランデジアの得意とするところだ。帰国したら念入りに調べてみよう――サシーニャが口にしたわたしとジョジシアスの関係は、その間者が齎した情報だろう。
「次からはモフマルドさまがご自身で施術されることですね――カッターデラさまには荷が重すぎましょう」
世間話のようにサシーニャが微笑みを消さずに言った。おまえの弟子など指先で潰せる、そう言われたと思った。
モフマルドの怒りが再び沸々と熱さを増してくる。この小生意気な若造に一矢報いるには――
「フン、その物言い、母親にそっくりだ」
さしものサシーニャもこれは聞き咎めずにいられないだろう。
「肌と髪と瞳の色はあの異大陸の男のもの、だがその顔立ちと性格はあの女のものだ。間違いなくあの二人の間に生まれたと、一目瞭然だな――おまえの魔力をもってしても、さすがにわたしの心を読むのは無理だぞ、サシーニャ」
サシーニャが心を読もうと仕掛けてきたと、モフマルドが感じる。なるほど、この若造、心に入り込み読み取る術が使えるか。ならばモフマルドがジョジシアスを操っているというのは、控室にいるバイガスラの使節の誰かの心を読み取ってのことかもしれない。
術の失敗を感知してか、サシーニャが苦笑する。
「そのようですね……あなたはわたしの両親をご存知らしいが二人とも故人です。わたしが幼いうちに世を去っていて、思い出らしいものすらございません。ですから、わたしには何もお答えできませんよ」
苦笑したものの平然としているサシーニャにモフマルドの怒りが弥増す。だが、母親を話題にしたら食いついてきた。面に出さないまでも動揺しているはずだ――
「あぁ、おまえの親のことはよく知っている。特に母親のほう、可愛らしい姫ぎみだったころからな……生意気な王女さまが色気づいたと思えば、いつの間にかどこの馬の骨とも判らぬ異大陸の男と乳繰り合うようになり、おまえを身籠った」
「なるほど――」
サシーニャが今度はニヤリと笑った。
「その昔、母に横恋慕した挙句、グランデジアを追放された魔術師とはモフマルドさま、あなただったのですね」
「なっ!」
二十年以上も昔の話、しかも当時の事情を知る者はすべてこの世を去っている。グランデジア前国王と王妃、そして王太子の命を奪ったあの火事に巻き込まれているはずだ。
サシーニャの母はサシーニャを生んで二年後、第二子出産の折に落命している。産後の肥立ちが悪かったと言われているが、毒殺だった。その毒を送ったのはモフマルドなのだ、間違いなく毒殺だ。
父親はその三年後、モフマルドが催眠術で操ったグランデジアの市民に襲われ、これも死んだ。巧く行けば御の字程度で施した術が成功し、知らせを聞いた時、モフマルド自身驚いたのを覚えている。サシーニャはそのとき五歳だったはずだ。
あの男は五歳にもならない自分の息子に妻を、サシーニャにしてみれば母親を、自分と取りあった男の話をしていたのか? それをサシーニャは覚えている? もし話していたとしたら、笑い話にでもしたか?
煮えたぎる怒りと羞恥、憤死してしまいそうだ。だがそれをサシーニャが知れば、さらにサシーニャはモフマルドを嘲るだろう。
「フン! 昔馴染みの息子の顔をひと目見たいと思っただけだ。明日、謁見の時、また顔をあわせるだろうが外野が多い。じっくり見るわけにはいかないからな。それだけだ」
サシーニャがクスッと笑ったようにモフマルドが感じる。が、もしそうだとしてもそれをどう咎める? 黙っているほかはない。
「では、もうご用はございませんね?――先を急いでおります」
意識をわずかに残すこともなく、サシーニャは向かう先へと視線を戻す。黙って見送るしかないモフマルドだ。
(先を急いでおります――立ち去る時の言葉さえ、あの憎い女と同じだとはな)
今日のところはわたしの完敗だ。だが明日、政治の場でのおまえはどうだ? 果たしてわたしに勝てるのか? それに――
いつか魔術師としても、わたしはおまえに勝って見せる。あの男と女の血を引いたおまえをただでは置くものか。
サシーニャ、おまえはきっと尋ねるだろう。なぜそんなに憎むのかと。そうだな、おまえに非がある話ではない。わたしの逆恨みだ。だがサシーニャ――
おまえのその顔が、その姿が、わたしの怒りを炎に変えた。あの女と同じその顔が、あの男と同じその瞳が、苦痛に歪み泣き叫び、許しを請うのを見てみたい――




