呵責
グランデジアに残した部下から、無事リオネンデが即位したと伝えてきたのは二ヶ月が経とうかという頃だった。
王宮の医師団や生き残った魔術師たちが『もう助からない』と匙を投げたリオネンデを救ったのは、火事騒ぎから三日後に王都に戻った若い魔術師の、昼夜を問わない看護だったと報せにあった。それでもリオネンデは十日に及び意識不明、意識が戻ってからも一月近く自力では起き上がれなかったらしい。
若い魔術師の名を聞いて、思わず唸ったモフマルドだ。
(サシーニャ――母親は王家の娘、前王の姉……魔術師の才能を強く受け継いだという事か)
火事騒ぎのどさくさで、リオネンデが助けたというサシーニャの妹レナリムの姿は見た。
確かに髪は金味掛かり、肌も幾分白かった。が、瞳は黒、異民族の血の匂いを漂わせるものの、この大陸の人間だった。
聞くところによると兄サシーニャは輝く黄金の髪、白い肌、青い瞳だという。つまり父親と同じ体色、それなのに王家の血に流れるグランデジアの宝、魔法を扱う力が強く出ているという事か。
魔力は、どんなに努力したところでたかが知れている。生まれ持ったものだ。サシーニャは母親の血に助けられ、魔力も強い――モフマルドを苛立たせたのは言うまでもない。
リオネンデ即位と同時にサシーニャは筆頭魔術師の任に就き、王家の守り人を兼任した。火事騒ぎで魔術師の塔は消失し、多くの魔術師が命を落とした。死者には筆頭魔術師、そして通常は別に置かれる王家の守り人も含まれる、任せられるのはサシーニャ一人だったのだと、事情を察することもできる。
だが――沸々とした怒りは嫉妬か? モフマルドが苦笑いする。
(わたしを追い出したグランデジア、そのグランデジアで目指していた地位に、追い出される原因を作った憎い男と女の息子が就いた。しかも、普通では考えられない出来事の結果として――)
ふとモフマルドの思考が止まる。
(まさか? まさか、グランデジア王の殺害、そして魔術師の塔までもが焼かれたのはサシーニャの仕業?)
サシーニャが魔術師として優れているというのなら、並み居る魔術師たちを塔に閉じ込め火を放つことも可能かもしれない。
あの日、サシーニャは遠く離れたベルグにいたという。が、それは信じるに足ることなのか?
だが、やはりそれはない。グランデジアの魔術師は国王に絶対的な忠誠を誓う。それに慕廟が承認しなければ王家の守り人に成れない。王を殺害した者を慕廟が認めるはずがない。
届けられた書簡に目を通したきり、黙り込んだモフマルドをジョジシアスが訝った。
「モフマルド、顔色が優れない――おまえの部下はなんと言ってきたのだ?」
グランデジアに対して、いくつも心配事があるジョジシアスだ。異母妹にして、グランデジア王妃マレアチナと性交い、自害に追い込んだ。目撃したリューデントを勢いで殺めた。そしてそれを隠すため王宮に火を点けた。その一つでも露見すれば、グランデジアとの友好は消え去る。戦乱を覚悟するしかない。
一つ溜息を吐いてモフマルドがジョジシアスを見る。
「リオネンデさまが無事即位されたそうです。万事順調かと」
「そうか、それなら一安心――だがモフマルド、おまえ、どうしてそんな浮かない顔をする?」
「再び王を戴いたとしてもグランデジアのこれからは、決して安泰とは言い難いものです。筆頭魔術師は王家の守り人を兼任し、しかもまだ若い。若過ぎる――」
「筆頭魔術師? 王家の守り人?」
「はい、グランデジアは魔術師の国。筆頭魔術師は王に次ぐ権限を持ち、王家の守り人は王さえも制することができる。王家の守り人が認めなければ、たとえ正当な王位継承権があろうとも即位できません」
「だが、リオネンデは即位した。ならば問題ないのでは?」
「この先、リオネンデ王は魔術師筆頭と手を携えてグランデジアを立て直すことになります――リオネンデはまだ若い。そして魔術師筆頭もリオネンデと変わらぬ年齢。果たして大臣どもは素直に従いますでしょうか?」
ふむ、とジョジシアスも唸る。
「そうなると、グランデジアを出るときにリオネンデ支持を表明したのは正解だったな。バイガスラの威光を恐れ、そうそうリオネンデを邪険にも扱えまい」
そう言いながら、ジョジシアスも不安に思っているのは瞭然だ。何しろ、バイガスラとグランデジアは遠く離れている。
「リオネンデは遠慮がちな温和しい性格だった。幼いころから王としてではなく、王を護り、王に従う者として育てられたと聞いている」
ジョジシアスが独り言のように言った。
「突然、二親と兄を亡くし、兄の代わりに王になれと言われ、さぞや戸惑っていることだろう。できることがあればどんな事でも助力すると伝えてくれないか?」
畏まりました――モフマルドは別のことを考えながらそう答えた。
ジョジシアスの心配をよそに、リオネンデの治世は順調そうに見えた。健康を取り戻すとすぐさま、高齢だった第一・第二大臣を更迭し、第三大臣マジェルダーナを第一大臣としている。これはマジェルダーナの根回しもあったようだ。これにより、重臣の若返りが計られ、十八歳の若い王も多少やりやすくなっている。だが、頭を押さえられている感は否めない。
後宮と魔術師の塔の再建にもさっそく取り掛かり、一年を待たず完成させた。工期が短く済んだ要因は貴族たちから半ば強制的に財を出させたこともあるが、思いのほかリオネンデの下々からの支持が強く、労務者を集めるのにさして苦労していないのもある。
モフマルドの部下の調査ではグランデジア国民のリオネンデ支持の理由は不明とあったが、モフマルドはもとからあるグランデジア王家に対する民人たちの忠誠だと見ていた。数年後、モフマルドはこの時の、自分の見識の甘さに臍を噛むことになる。
隣国にして敵対国ゴルドントからグランデジアは、あの火事騒ぎの直後から幾度か戦を仕掛けられている。が、どれも不発に終わっていた。これはサシーニャと第一大臣マジェルダーナの工作が功を生したと見られ、モフマルドにマジェルダーナだけでなく、サシーニャの政治力を警戒させることになる。
ところがリオネンデ即位の二年後、リオネンデ王の名を以ってゴルドント国に対し、グランデジア国は正式に宣戦布告した。
これに慌てたのはジョジシアスだ。まさか、リオネンデが領土拡大を考えるなど思っていなかった。まして前王を亡くし、国内の体勢も充分とは思えない時期での開戦だ。
いくら同盟国、しかも王家としても繋がりがあるグランデジアに助力するためとは言え、バイガスラ国王として軍を動かすわけにはいかない。参戦すれば負担も大きい上に確固とした勝算がない。とても自国を巻き込むわけにはいかなかった。悩むジョジシアスを横目に、モフマルドは別の心配に気を取られていた。
グランデジアに潜ませた配下からの連絡が途絶えている――戦乱に巻き込まれたのか? だが、グランデジアとゴルドントの戦いは、まだその時は小競り合いの繰り返し程度のものだった。魔術師である部下が巻き込まれるとは考えにくい。
リオネンデの考えはある程度理解していたモフマルドだ。若い王は功を急いでいる――己の実力を世に知らしめたい。国民の支持、重臣の支持を手に入れるには、戦争で勝利を収めるのが手っ取り早い。それを陰で支えるのは第一大臣マジェルダーナと魔術師サシーニャ。少し焦り過ぎだが、そこまで心配することもないと思った。
そのモフマルドの予測を裏切る事態がすぐに起きる。リオネンデの悪評がバイガスラにさえ届き始めた。
「王位を継いで、性格が変わったのだろうか?」
心配そうにジョジシアスが溜息を吐く。
「幼いころ、王の屋敷から我が屋敷まで馬車で送らせた。その時、リオネンデは御者のみならず、馬車を牽く馬をも労った。寒いところを働かせて、恨んでいないだろうかと心を痛める、そんな優しい子だった」
「立場と使命を持てば、変わる必要も出てまいります」
モフマルドがジョジシアスを慰める。
「容赦なく敵兵を虐殺し、問答無用で領土を蹂躙していく。それは戦の常――モフマルドに言わせれば、リオネンデさまだけがなぜ非難されるのか理解に苦しむところです。それに、リオネンデさまが両親や兄を殺めていないこと、我らがよく知っております」
リオネンデの悪評の一番は、グランデジア前王と王妃、そして王太子だった双子の兄を殺して王座を手に入れたと言うものだった。
もしそれならは反逆者リオネンデは王座につけないのではないか? ジョジシアスの疑問に、またもグランデジア王家の独自性が答えを出す。王家内部の争いは、王家の中のみで対処されます。墓廟以外が王家の一員を裁くことができないのがグランデジアの掟です――
そう言いながら、確かにリオネンデは少々やり過ぎだとモフマルドも思う。もっとも、伝え聞くすべてが真実とは限らないとも思っていた。誰かが故意にリオネンデを貶めようとしているのではないか? 国王一家殺害の噂もその一つだと判断していた。
バイガスラにも問題がない訳ではなかった。懸案となっている世継ぎ問題は喫緊とも言えた。リューデントが落命しリオネンデがグランデジアを継いだとなれば、双子の王子のどちらかを養子にする話は忘れ去られた。
ジョジシアスは三十代半ば、まだまだ充分に子を儲けることのできる年齢、だがモフマルドが難色を示す。妃を迎えた時、その妃がジョジシアスに与える影響を恐れたのだと噂された。
だが、事実は違う。むしろその逆だ。グランデジアから逃げかえって以来、ジョジシアスは毎夜のように魘される。寝言でマレアチナやリューデントの名を呼び、許して欲しいと懇願する。たまに穏やかだなと思えば、ナナフスカヤに愛を告げていたりする。そんな状態で、王妃を迎えられるはずもなかった――




