トマス・ホッブスンの文明とオヤジのフリル
――地底商店街。
その裏には、トロッコ列車が走っているという。
店の裏口から資材を運び込みやすくするためという。
裏口にも店の看板がある。地底には思うより多様な店があった。
食事の店に、鑑定、家具、それに陶器。
(……陶器の店はあとでのぞいてみよう)
宝石や岩石の店は意外と少ない。だが、加工するような音はしっかりと聞こえる。
地底にある商店街だが、天井は綺麗にアーチ状になって、そのガラスのような天井からはぼんやりとした光で彩られていた。
「きちんと地上の時間に合わせて光は調整して、朝から夜まで明るさを調整してますじゃ」
地熱の魔力発電所みたいなところで一人倒れ、手伝うことになった俺は、村長と一緒にトロッコ駅に来ていた。
ルルドナとイゴラくんは、無理をしない方がいい、とそのまま中華料理店の奥で休ませて貰うことになった。
(食欲はあったみたいだし、大丈夫だろう。そもそも食べるってことはそれをエネルギーにしているってことだし。元気なかったけど、きっと魔法が使えなくなったってことで動揺しているだけ……だよな)
別れ際の二人は、きついのは自分たちのほうなのに、俺の心配をしてくれた。
「無理しないで下さいね」とイゴラくん。
「倒れたら承知しないわよ」とルルドナ。
どちらも、背中が丸まっていた。
(きっとすぐに賢者様がみてくれるだろう)
ゆっくりとトロッコに乗った。それはトロッコというより、天井のない路面電車みたいな感じだった。
カーブの内側、商店街の裏に線路が作られているという。
(これ便利すぎるな。計画都市かよ)
緊急事態ということで知らせが入ったが、村長は動じていない。トロッコの座席に座る動作もゆっくりだ。
――これが、トップの貫禄。
「商店街で気になる店があったら、後で行くといいですじゃ。労働すれば、賃金を支払いますじゃ」
縦横無尽に広がる地底商店街の最も奥へとゆっくり進んでいく。天井には神秘的な淡い光を放つヒカリゴケ。定期的に魔法灯。
まるで静かなアトラクションを楽しんでいるようだ。
〈ガタンゴトン――ガタンゴトン……〉
商店街の裏道をほどよいスピードで進む。壁も地面も、頑丈そうなレンガが綺麗に敷き詰められている。その道はほんの少しずつ傾斜して、緩やかにカーブを描いている。
やがて、商店街が終わり、鍵付の重い扉が開けられる。
「こちらですじゃ」
奥の道もきれいに整理され、レンガが敷き詰められていた。
(ノームってのはかなりマメなんだな)
ただ、手すりや段差の幅は少し低い。ノームの街なのだと、歩くたびに思い知らされる。
進むごとにさらに蒸し暑くなる。
「息苦しい、ですね」
「それはそうですじゃ。ここは地底ですじゃ。地熱が伝わってくるですじゃ」
「だから断熱にこの石畳があるんですね」
「それもそうですが、労働者の環境も配慮せねばよい商店街は作れないですじゃ。ステイクホルダーマネジメントですじゃ」
(……! この村長、ただ者じゃねえ……!)
「それは、すばらしい配慮です」
ちょっと詳しい意味はわからなかったが、一経営者の顔をしてそれっぽく答える。
ノームの村長も笑顔で答える。
「ですじゃ。『三方良し』の精神ですじゃ」
(また知らない単語出てきたー!)
「ええ、そうですね」
腕を組んで大げさに頷く。
(……早く終わってこの会話)
そう願ったとき、タイミング良く、作業場所にたどり着いた。……よし、体裁セーフ。
***
扉の前にいた警備兵のようなノームが重い扉を開ける。
いきなり、巨大な空間が広がる。足元に、巨大な空洞とその中心に、塔のような機械が鎮座している。10階建てのビルのような機械の塔。塔からは何本も太いパイプが伸び、周囲の側面にある横穴へと繋がっている。
その上の道を通って作業員が横穴を出入りしている。
村長が手すりにつかまって下方の作業員たちの様子を見つめる。
「手伝って貰うのは、『普賢』の冷却ですじゃ」
「冷却? 普賢?」
てっきり、石炭をくべるような仕事だと思っていた。
その疑問に答えたのは、別の声だった。
「その通りなのだ。地熱は制御が難しいのだ。どうしても、逃げてしまう熱があるのだ。その熱を冷却せねばならないのだ。地熱発魔炉、普賢は手がかかるやつなのだ」
螺旋階段から上がってきた小さな爺さんが言う。
村長が慌てた様子で声の主に駆け寄る。
「賢者様! どうしてここに!?」
「なに、冷却を手伝っていただけなのだ。我が輩、運動不足であるから、ちょうど良い運動であるのだ」
そこにいたのは……襟がよれよれになったシャツを着た、黄色いヘルメットがチャーミングな爺さん。
身長は、背の高さくらいしかない。白ヒゲの先を紐で縛っている。
「どうも、初めましてなのだ、クタニくん。我が輩、トマス・ホッブスンという者なのだ。いや挨拶など、どうでもいいのだ。まず我々がすべきことは……安全確保なのだ」
そう言って、さっとヘルメットを渡してくる。
「え、あ、はい」
受け取ったヘルメットには、よく見ると、作業員のオヤジたちのシャツと同じシャツが入っている。広げると、清潔そうだが襟が伸びてよれよれだ。
「あの、よれよれのシャツが入っていますけど」
ノースリーブの、襟がよれよれのシャツ。誰かの忘れ物か?
「サービスなのだ。労働者といえど、おしゃれもせんとなのだ」
ウィンクをする地底の賢者。
「よれよれが、地底のおしゃれなんですか」
「何を言っているのだ。よれよれシャツは働くオヤジのフリル。常識なのだ。早く着るのじゃ」
親指を立てる賢者様。目元がにやついているが、本心は読み取れない。
(あ、遊ばれているのか? いや待てよ、地底では本当にこれが流行なのかもしれない。ダメージジーンズ的な……)
緊急でもあったし、俺は文句を言わずによれよれシャツを身につけ、ヘルメットをかぶる。
目元を細める賢者。
「似合っているのだ。暑いから水分補給はこまめにするのだ」
ホッブスン賢者様は上機嫌で俺の尻を叩いた。
そうして俺は、『おしゃれ』をして、現場へ向かうことになった。
大変怪しい賢者だったが、――それは出会うべくして出会う人だった。
彼はどこか俺が来るのを、心待ちにしているようでもあった。
***
「それでは、後は頼みますじゃ。終わったら温泉と酒を用意してますじゃ」
「……!」
即座に反応し目を見開く。それは、汗を流すおっさんに対する最高のおもてなし。
「ステイクホルダーマネジメントってやつですね」
「ですじゃ」
にっこりと笑って村長は去っていく。俺は深くお辞儀をして、賢者ホッブスンについていくことになった。
「にしても、本当に暑いですね」
「この星の熱なのだ」
先ほどまでの街は、蒸し暑くなかった。今は、歩くだけで汗が出る。
「北の山まで引いたパイプで冷却水を壁の向こうに循環させているのだ。それで、地熱で蒸気を作り魔法タービンを回しているのだ。しかし、半分以上の熱は無駄になり、ここで冷やさないといけないのだ」
うん、よくわからんなあ。にしても、……めっちゃ高度なことしている。ノームって、ファンタジーじゃなくてSFのキャラだったんだ。
「よくわからないですけど、ハイテクについていけるよう、一生懸命やりますよ!」
腕を振り上げるも、実は温泉と酒しか頭になかった。
(それに……今はちょうど体を動かしたい気分だし)
賢者ホッブスンは口元を緩ませる。
「その心意気、あっぱれなのだ。……さあ、ここなのだ」
最下部へリフトで降り、横穴をのぞき込む。
現場の作業を見て、俺は身をのけぞらせる。
「こ、これは……!」
そう、そこの作業員たちは……、ハイテクな機械を動かしておらず、……バケツリレーをしていた。フリルシャツから伸びるたくましい腕が隣の者へバケツを渡す。最後の者のバケツから冷却部分にかけられる水。
〈バッシャーン! ジュワー!〉
輝く水しぶき。一瞬で水蒸気になり上方へ。
(ここはアナログなんかい!)
地下経済ってのは……本当に地下で、筋力で回っていたようだった。
「集まって暮らしているとな……、どんな穏やかな連中でも、放っておけば『万人の万人に対する闘争』になってしまうのだ」
ホッブスンはバケツの流れを眺めながら言った。その横顔は何か重いものを持ったときのような。
そして、ぽつりと続ける。
「だが、ここでは違う。『万人の万人に対する労働』なのだ。争う代わりに、水を回す。それが……文明なのだ」
(水を回してるの、バケツリレーだけどな)
ツッコミを口にするのを我慢しつつ、両腕を何度か回して準備体操をする。文明の中の庶民って、これくらいでいいのかもしれない。
「いいと思いますよ、それ。労働の後には温泉も酒もあるみたいですし……!」
そう言って、俺はバケツリレーの列に加わったのだった。




