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丘の上の雑貨屋と魔王モール  作者: 登石ゆのみ
第23章 異世界崩壊編

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人間にとって重要なのは魔力より、腰

「いやあ、どうにか助かりましたわい」白ひげのノームの爺さんが感謝を言う。

「地熱ってのは気分屋で困るべ。熱くなった箇所をバケツで冷やすのが一番なんだべ」黒ひげのドワーフの爺さんも満面の笑みで感謝してくる。


 汗とバケツの水でびしょびしょになった俺は、ノームとドワーフに囲まれて地熱温泉に入っていた。


 冷却作業を一緒にしたのは、体格の良いノームとドワーフだった。彼らの筋骨隆々の体と一緒に温泉に浸かっている。


「まあともかく、ヒト族がいて助かりましたわい!」

「ははは……」

 力なく笑う。この異世界にきてはじめて温泉に浸かった俺は、あまり気分は良くなかった。

 なぜなら――。

「腰、大丈夫か?」

「ええ、まあ、だいぶ楽になりました」

 ――そう、彼らの背の高さに合わせて腰をかがめて作業をしていたら、腰がやられたのだ。


 **

 作業は思った以上に過酷だった。

 おそらく50度近い横穴に、交互に入ってバケツの水をかける。

 で、あまりに暑いから作業している者にも水をかける。水分補給? そんなのかけられた水が口に入って全然必要なかった。むしろ過剰摂取したくらいだ。


 お互いを労い合って、酒を飲むおっさんたち。ノーム、ドワーフ、ヒト、あとはよくわからん。地下にいそうな小柄な種族だ。


 あそこまで過酷な環境だと、種族とか関係ない。バケツを運べるかどうか、それしか考える必要がなかった。


 俺は結局、やるからには全力でやるという性分で、最後までやり遂げ……腰を伸ばした瞬間。

 〈グギッ〉

 あの感覚は一生忘れられそうにない。


 **

(かつて小説の主人公がぎっくり腰になったことなどあっただろうか……)


 せっかくの温泉が、楽しめない。楽にはなったが、怖い。今にも腰がばらばらになりそうだ。

「先に上がります……」

 壁伝いに脱衣所へ向かう。

「おお、無理すんじゃねえべ。若いから一晩寝れば大丈夫だべ」

「明日は一緒に酒飲もうや」

 なぜかたいそう気に入られた様子。

「治ったら喜んで……。みなさんも腰にはお気をつけて」

「それは大丈夫だべ。ガイア様への信仰心があれば、腰痛知らずだべ」

 ……ガイア教、入ろうかな。

 たしかギリシャ神話でも、上位の大地の神様だった記憶があるが、腰の痛みのせいで詳しくは思い出せなかった。


 ***


「あんた、何で私たちより弱って戻ってくるのよ……」

 俺たちにあてがわれた宿。

 先に休んでいたルルドナに呆れられる。ベッドで上半身だけ起こして俺を出迎えた彼女は、先程よりは落ち着いているようだ。


 隣のベッドにゆっくりと横になった俺は、かすれ声で言う。

「ルルドナ、覚えておけ……。人間にとってはな、魔力より腰のほうが大事なんだよ……」


(魔王が開発した魔法、ギックリ腰魔法とかじゃなくてよかった。いやマジで)


「軽口が叩けるなら大丈夫そうね」

「俺は臨終の際でも軽口を叩くつもりだけど」


「馬鹿なこと言わないの」

「ジョークだよ。まあ、一晩横になってれば治るってことだったから心配ないだろ。で、イゴラくんは?」

「ああ、パンを捏ねたいって、宿の人に頼んで、出ていったわよ。たぶん今は厨房にいるわ」


「そうか、パンを焼く元気があるんだな。それならよかった」


「そうね。とにかく、あんたが温泉に入っている間、賢者ホッブスンとやらが来て、説明してくれたわ。しっかり食べてしっかり寝れば普通の生活はできるって。ただ、私やイゴラくんみたいな土からできた存在は、魔力に頼って動いていた部分も大きいから、思った以上に苦労するから覚悟しておけ、とのことよ」


「何だ、それなら良かったな。雑貨屋をやるなら問題ないだろ」

 ……ギックリ腰になると、雑貨屋すらできないが。話の腰を折りそうなので言うのは控えた。腰だけに。


「そう思うけど……」

「ノームたちだってさ、魔法が消えることを想定して、地熱発魔炉とか作ってたんだろ。きっと魔王が干渉できない魔力を作ってるはずだし、それを分けてもらえばどうにかなるさ」

「そうね。そう、考えることにするわ……」

 どうしても顔が晴れないルルドナ。

 体を彼女の方に向けたまま語りかける。

「なあ、……俺たちってさ、転生してこっちに来た奴らはみんなさ、おまけで生きてるようなものだと思うんだ。おまけで生きてる奴らが、そんな責任を負う必要なんてないんだ。魔王討伐とかそんなのは、他のすごい奴らに任せて、俺たちみたいなのは田舎でスローライフしてればいいんだよ」


「……でも私、昔は何でも知ってたし、何でもできたのよ。転生してからだって、重力を操ることができたのよ」

「そんなことない。意外と抜けてたぜ。重力魔法だって、屋内じゃ使えなかったし」

「確かに……そうだけど」


 思い悩むルルドナ、ちょっとはいいこと言うか、と渋い声で語りかける。

「うまく言えないけどさ、魂が心に近すぎるんだよ。近すぎて、何でもかんでもショック受け過ぎなんだよ。もっと肩の力抜いて異世界を楽しもうぜ」

 ……マジでうまく言えなかった。いいように解釈してくれ。

「魂と心、ねぇ」

 いいように解釈してくれそうな雰囲気。

「仮に力があったとしてもさ。俺達は転生してやってくる時期が悪すぎたんだ。田舎で、普通の人達に普通の雑貨売って、のんびり生活しようぜ。魔王だってあんな田舎で小さな店やってれば、俺達なんて気にしないって。今回のは、魔王モールに近づきすぎただけさ。田舎にこもっていれば、大丈夫」

 考え込んだルルドナは、間を開けて、そのまま勢いよくベッドに横になる。

 そして、天井を見ながらぽつりと言う。

「……ハニワは、普通の雑貨じゃないわよ」

「ハニワは芸術。芸術は別だろ」

「そうかしら」

 その声は少し愉快そうだ。

「そうだ。絶対に、そうだ」

 俺も、少し愉快そうな声で返した。

「……」

 沈黙が流れる。

 そういえばルルドナとゆっくり喋るのっていつぶりだろう。

 あまりに目まぐるしくて喋る時間とか取れてなかった。


 しばらくすると、ルルドナが意外な提案をしてきた。

「じゃあ、今度作り方教えてよ」

 合理的な彼女にしてはかなり意外な提案。だけど俺は迷うことなく二つ返事をする。

「ああ、もちろん。この辺の土、良質だから、分けてもらって作ろう……腰が良くなったら」

「一晩寝れば治るんでしょ?」

「たぶん……、な。いや、ぜひ良くなっていただきたい……」

 腰の痛みを思い出し、急に弱々しい声になる。

「なんて声出してるのよ、もう。早く寝てしまいなさい。おやすみ」

 ルルドナはそう言って身を起こし、魔法灯の明かりを消す。

「ああ……、おやすみ」


(久々にする会話がこんなのでよかったのか)

 そう思ったけど、……不思議とその夜はいつもより少しだけ、温かい気持ちで眠ることができた。


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