ノームたちの地下商店街
仰向けに寝ているようだ。
明るいか暗いかわからないような感覚。
指一本動かしたくない。
体の半分は土に埋まっているのか。
ああそうだ、きっと洞窟の精霊にとらわれて土に埋まってしまったんだ。
きっとこのまま土になって異世界の土になるんだ。
それはそれで悪くない。
元の世界の養分になるくらいなら、異世界の土になるほうがずいぶんマシだ。
***
安らかに諦めかけた、――そのとき。
手のひらに、湿り気のある不思議な感覚。
指でつまむ。
こすり合わせる。
粘りもある。粒も細かい。
これは――!
指先から電撃が走る。
「良質な土!」
上半身を起こした瞬間、頭に柔らかいものがあたる。
〈ポフン〉
瞬間、別の種類の電撃が頭を駆け巡る。
「これは……まさか……!」
期待に満ちて、目を閉じたまま、その感触を楽しむ。
〈ポフン……ポフン〉
マシュマロよりしっかりしていて、全てを包み込んでくれるような……。
――これは、確実に……!
隣から冷静な声。
「それはアンチタケノコじゃ。とても柔らかく、美味じゃ」
期待が、裏切られてしまった。
よく見るとふわふわのタケノコが洞窟の上から生えていた。タケノコというより、縦に長い水風船のような。
がっくりと肩を落として声の方へ視線をやる。
隣にいたのは小さなとんがり帽子の爺さん。
「ていうか誰ですか……?」
「ただのしがないノームじゃ」
「ノームって、土の精霊の!? ははーっ!」
思わず手を合わせて拝む。土を普段から扱っている身として。
「ほっほっほ。土の精霊をこんなに拝んでくれる人なんて珍しいですじゃ。ともかく事情は聞きましたじゃ、しばらくここでゆっくりするといいですじゃ……」
目を見開いて喜んでくれる。
辺りを見渡すと小さな体育館くらいの開けた場所で、天井は低くヒカリゴケのようなものが所々にびっしり生えていている。ぼんやりと明るい。
天井が低く薄暗かったが、不穏な感じはしなかった。
アンチタケノコという丸っこいタケノコがそこかしこに群生している。
少し離れたところにルルドナとイゴラくんが体操座りで心ここにあらずで座っていた。不思議な青い光を放っている泉があり、そこを眺めている。
「あ、起きたの……」
「おはようございます……」
二人とも生気が無い。心なしか縮んでるような気もする。
……まるで、世界が終わったあとの子どもみたいに。
(魔力消滅の影響、か……? いや、ちょっとまて)
「魔女ヒルデは、師匠は、どうなったんだ?」
「ああ、それなら心配ないと思いますよ。さっきの光、ガイア様の光です。ボクたちもこの通り無事ですし」
「ガイア……? って、あの最高神レベルの……?」
「そうです。おそらく、子どもの声に反応して、一気に安全な場所に移動させたんだと思います。子ども思いの神様って話でしたし」
「それならいいけど……」
肩の力を抜くが、イゴラくんもルルドナもこちらを見ないで泉をじっと見ている。
少し明るめに話しかけてみる。
「にしても、このタケノコ、新メニューに使えそうだな」
「何、悠長なこと考えているのよ……。もう私たち、帰れないかもしれないのよ。店ももう無くなってるかもしれないし……」
とルルドナ。
「え、店無くなるの?」
こっちはまだ借金返して無いんだぞ。
ショックを隠しきれないでいるとイゴラくんが言う。
「あの……、お店は大丈夫だと思います……。信頼できる方々に任せてきたんで」
誰に任せたんだ……。
でもあまりに憔悴している二人に対して、それ以上は尋ねることができない。
言いよどんでいると、ノームの爺さんが話しかけてきた。
「ともかく、3人とも目が覚めたところで、こっちに来るですじゃ! まずは食わんと始まらないですじゃ」
と言って俺たちの肩を景気よく叩いて歩き出す。
「どこへ?」
「ワシらのアジトですじゃ」
天井を見上げるノームの顔は、地上の存在にはない、独特の輝きに満ちていた。
***
そこで、開けた場所にたどり着く。
あまりに意外な光景に息を呑む。
それは――地下の明るい商店街。
洞窟の壁や天井はヒカリゴケにびっしり覆われ、昼間のように明るい。
天井は10メートル近くあり、道幅も広く、地下とは思えないほど開放的だ。
立ち並ぶ店からの呼び込みの声は控えめだが、優しい音楽が奏でられ、香ばしい食べ物のにおいや、石を削る音、金属を叩く音など活気にあふれている。
それぞれの店が洞窟をくりぬいて販売エリアを確保してるようだ。
――ただ、入り口には。
『ようこそ地下3キロの地底商店街へ!』
コテコテの横断幕が商店街の入り口に掲げられている。
(地上でもどこでも商店街ってこうなるんだ……)
にしても、あまりに平和な雰囲気に思わず声が漏れる。
「まさか地下にこんな世界が……!」
俺がつぶやきを漏らすと、ノームの爺さんは自慢げに話し出す。
「鉄鋼道具屋、八百屋、鉱石屋、鍛冶屋、発酵食屋、地下エビ屋、などいろいろあるですじゃ」
「すごい……!」
小人の世界に迷い込んだみたいだ。
(仕入れたい……!)
当分は話題だけで儲けられそうだ。
「魔王モールなんぞが地上で幅をきかせておるから、ワシらは地下経済を支配するんですじゃ」
……地下経済ってそういう意味じゃないと思うんだけど……。
爺さんは俺たちの驚く顔に満足したのか、ポンとお腹を叩く。
「まずは腹ごしらえですじゃ。こっちですじゃ」
俺たちをうながして入っていったのは、中華屋のような店だった。
活気のあるカウンター席後ろを通って、奥に案内される。
重い扉の向こうは宴会場のような広さ。8人掛けくらいの円形のテーブルがたくさん並んでおり……。
奥の壁にはまたしても横断幕が。
……いや、横断幕どころじゃない。
広い壁いっぱいに、布が張られている。
そこに書かれていたのは――
『モール・アポカリプス・レジスタンス』
「さあ、魔王の支配から世界を取り戻すための、腹ごしらえですじゃ!」
え、なに。この展開。
ノームのおじいさんは、まったく悪びれた様子もなく――
俺たちの手に、酒の入ったグラスを押しつけてきた。
手元のグラスの中で、度数の強そうな赤い酒が揺れる。
それはヒカリゴケの光をぼんやりと反射し、妙に濃厚な香りを放っていた。




