第十一話:火加減の行方
会場である王宮の晩餐会の広間は、ガルドス領の鉄血城とは真逆の、過剰なまでの装飾と光魔術の輝きに満ちていた。そこに漂う空気は別の意味で狂気に満ちている。
「アレクシス、よくぞガルドスの頑固親父をねじ伏せた! これぞ筋肉の調和、真の戦士の凱旋だな!」
真っ先に豪快な笑い声を上げてアレクシスの肩を叩いたのは、第一王子。一応王位継承者第一位らしい。
「ふん、騒がしい。僕は万術の真理を探求するだけで忙しいんだ。王位なんて面倒なもの、アレクシス、君がさっさと引き受けたまえ。……おや、その隣の女の波動は、なかなか面白い歪み方をしているね?」
物陰からひょっこり現れたのは、目の下にクマを彫り込んだ第二王子。私のオタク特有の波動をソッコーで見抜いてくるあたり、中々有能そうだけれど目がマジで怖い。
「あら、コウ。私の新しい爆発術式の被験体に、その『絵師アヤノ』とやらを使ってもよろしくて? 魂の結合度合いを測るのにちょうど良さそうだわ」
白衣を翻し、怪しげな薬品の入ったフラスコを片手に微笑むのは、第二王女。そしてその隣には、完璧なコンサルスマイルを貼り付けた榊原が立っていた。榊原の説明によると、典型的なマッドサイエンティストタイプらしい。
「おやめください、エレノア。アヤノ様は我が事業の重要資産です。爆発させては損失が出ます。……さあアヤノ様、アレクシス様。身内の方々は全員揃いました。始めましょう」
どいつもこいつもキャラが濃すぎる……逃げ帰りたい、今すぐ日本の我が家に逃げ帰りたい。
魂が口からノックアウトされそうになる中、アレクシスが一歩踏み出し、私の手をぎゅっと握った。
「案ずるな、アヤノ。我が家族たちの歪んだ情熱をも、私と君の最強コンビならば、すべて美味しく調理できるはずだ。……さあ、王家の食卓に、真実の愛を」
◇◇◇
今回アレクシスが用意したのは、ガルドス領での戦果をさらに発展させた、王家特製『魂の共鳴・王宮フルコース』。
「第一兄上の筋肉に捧げる『攻めの極厚ステーキ』、第二兄上の引きこもり魂を包み込む『受けの濃厚ポタージュ』、そしてエレノア姉上の研究欲を満たす『背徳のパチパチデザート』」
アレクシスが魔力操作を無駄にフル活用し、神速の包丁捌きとフライパン捌きを披露する。
大音量で油が弾け、厨房からは虹色の煙が立ち上る。
兄姉たちは最初こそ「ふん、料理など」と冷ややかな目を向けていたが、料理がテーブルに並び、一口口にした瞬間、全員の脳内に衝撃が走ったのが見て取れる。
「な……何だこの肉は! 肉汁の質量が、まるで戦場でガッチリと組み合う漢たちの肉体を表現しているかのような熱さ……っ!」
「このポタージュの、舌を包み込むような奥ゆかしい甘み……。まるで、外界を拒絶して自室のベッドにダイレクトにダイブした時の、あの絶対的な安心感……」
「面白いわね……! ワサビと生クリームが口の中で何らかの共鳴を起こしている……禁断の愛の配合ね、コウ、今すぐこのレシピを魔術研究院で量産しましょう」
アレクシスのBL思考に汚染された創作料理が、王室の偏った情熱に見事なまでにクリーンヒットしていく。
「味を理解されたならば、アヤノ様御手による、これらの男たちの……いえ、素材たちの『絆』を美しく可視化された教典をお読みください!」
ここで、なんと王都から榊原の手配で駆けつけた最高太客シシィ嬢が、ドヤ顔で私の『愛の料理指南書』をロイヤルファミリーに配布し始めた。
「……おい、この挿絵の男たち、なぜ互いの距離がこれほどまでに近いのだ」
「待て、この『主君を守る盾となる騎士の忠義』の構図……。これは僕と兄上の関係性だと客観的に解釈すると……っ!?」
「素晴らしいわ! 二次元の画にこれほどのマナを込められるなんて、アヤノ、あなたを我が研究院の終身名誉絵師として拉致……もとい、お迎えしたいわ」
「おやめください、彼女は私が直接雇用しております」
榊原がエレノア王女を制するが、王室の方々はすでに私の指南書を胸に抱き、熱心に目を走らせている。外堀を埋めるどころか、王国の最高権力基盤そのものがオタクの沼に沈没しかかっている。
「これで皆様、アレクシス様への王位押し付け……いえ、次期国王としての推挙に異論はありませんね?」
榊原が狡猾そうに微笑み、全員分の魔力刻印をこれまた爆速で回収していく。
◇◇◇
数日後。
怒涛の王宮晩餐会を乗り越え、私たちはようやく、見慣れた日本の自宅マンションへと帰還した。
「我が家の液晶タブレット。我が家のフローリング。やっぱり我が家が一番落ち着く……」
私はリビングのソファにダイブし、泥のようにへたり込んだ。
今回の異世界二拠点生活は本当に死ぬかと思ったが、懐に入った報酬の額は前回の比ではないし、シシィ様からの高級画材、さらには王室公認の称号と単行本印税の上乗せまで手に入った。BL漫画家としてのロケハンとしても、これ以上ない大収穫である。
「アヤノ、お疲れ様。帰国第一作の『愛の炒飯』が出来たぞ。ガルドス領の騎士たちの筋肉を思い出しながら、強火で情熱的にパラパラに仕上げてみた」
キッチンから、見慣れたエプロン姿のアレクシスが炒飯の皿を持って現れた。
その蜂蜜色の髪と、優しく微笑む蒼い瞳。
日本の日常に戻ってきたはずなのに、彼のその瞳が私を捉えるたびに、私の心の火加減が、どうしても、どこどこと騒がしくなってしまう。
「……ありがとうございます。いただきます」
スプーンを受け取る時、彼の手のひらが、お忍びデートの時のように優しく私の指先に触れた。
アレクシスは私の正面に腰掛けると、悪戯っぽく蒼い瞳を細めて囁く。
「日本に帰ってきたが、私の『攻め』の意志は変わらないからな、アヤノ。次の原稿の締切が終わったら、また二人で『火加減』の続きをしよう」
「だーかーらー! 用語の使い方が色々とよろしくないって言ってます!」
私が真っ赤になって叫ぶと、アレクシスは嬉しそうに「ふふ、やはり赤くなる君が一番可愛い」と笑った。
この天然の殺し文句と、無防備に向けられる蒼い瞳。
……悔しいけれど、今回の旅で彼が見せた全ての表情が、私の脳内に最高に尊い『ねえむ』として蓄積されてしまっている。
アレクシスとの距離感に五月蠅く打つ心臓の音を、なんとか抑え込みながらも、私は今日も新たな原稿へとスタイラスペンを走らせるのだ。
第二部 鉄血の偽装婚約者編 完
お付き合いありがとうございました!
少しでもくすっと笑ってもらえたら嬉しいなと思います!




