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第十話:ネクストミッション

 強硬派の牙城であるガルドス領でのミッションをクリアした私たちは、王都へと帰還した。

 今回も滞在先は、榊原邸の母屋から続く離れ――例の、創作の場として特別に改修された、いわば私のフォルジェ王国での仕事場兼居室である。


 旅の荷解きもそこそこに、私は母屋の応接室で、銀縁眼鏡を光らせる榊原と対面していた。


「素晴らしい手際でした、アヤノ様。シシィ嬢からの大口出資に加え、ガルドス騎士団という強硬派の武力を丸ごと我が『食文化プロデュース事業』のパトロン及び警護に引き込むとは。これ以上の費用対効果はありません」


 ホクホク顔の悪徳コンサル――もとい、天才策略家、榊原は、魔力でパチパチと数字が動く算盤を弾きながら私を絶賛した。約束通りの報酬と上乗せされたロイヤリティの数字にぶっちゃけ一時的にとはいえ、癒やされたのだが、彼の次の言葉で、口から魂が抜けそうな衝撃を受けた。


「さて、外堀の一つを埋めたところで、アヤノ様。次なるミッションですが……。近々開催される『王宮晩餐会』にて、アレクシス様の御兄上、および御姉上の方々を、同様に食と本で懐柔していただきます」


 私は苦いお茶を吹き出しそうになった。王宮? 今度はロイヤルファミリーがターゲット!?


「ちょっと待ってください、そもそもフォルジェ王国の王位継承争いって、そんなに激化してるんですか? アレクシスさんは日本に逃亡するくらいだし、他のご兄弟はさぞ血みどろの争いを……」


「いえ、全く」


 榊原は淡々と言い切った。


「第一王子は武闘派ですが、中身はただのお人好し。筋肉の調和しか考えていません。第二王子は万術に秀でた天才肌ですが、性格がひねくれすぎていて引きこもり気質。そして、第二王女である御姉上は、国立魔術研究院のトップにして、人体実験と爆発を愛するマッドサイエンティスト……ちなみに、私の婚約者(ビジネスパートナー)でもあります」


「ごめんなさい、情報量が多すぎて処理しきれません」


「さらに言えば、現国王陛下はすこぶる健康、王妃様との夫婦仲も良好。要するに、上の方々が全員『政治に興味がないから押し付け合っている』結果、押し付け合いの小競り合いがなんとなく激化しているだけです。そこで、無能無害を装って日本へ逃亡していたアレクシス様を、次期国王として引きずり出すため、まずは身内を全員『絵師アヤノ』の信者にして外堀を埋めます」


「えっと、私フォルジェ王国にそこまで思い入れないんですけど……典型的な巻き込まれ被害者だと思うんですけどおおおおおぉ……どエス意地悪悪徳賢者……」


 怨嗟の言葉を吐く私を見て、榊原は忌々しそうに舌打ちをした。

 この人、私に対する扱い、本当に酷くない!?


 応接室を飛び出し、離れの自室へと逃げ帰った。完全なる現実逃避である。


 ◇◇◇


「――アヤノ、入るぞ」


 ベッドに顔をうずめて「実家に帰らせていただきます」とブツブツ呟いていた私のもとに、アレクシスがひょっこりと顔を出した。今日の彼は、王族の礼服ではなく、仕立ての良い一般的な街着をラフに着崩している。


「コウから次なる企みを聞いたな。……ひどく、疲れた顔をしている」


「疲れたなんてもんじゃないですよもう脳のキャパシティが限界です……」


 枕に顔を埋めたまま愚痴る私を見下ろし、アレクシスはふっと、あの昨夜見せた優しく、そしてどこか柔らかく微笑む。


「ならば、『攻め』の提案を受け入れてもらおう。……アヤノ、お忍びで、王都の街へデートに出かけないか?」


「……え、『攻め』の提案……デート!?」


「うむ。君はフォルジェ王国に来てから、画室(アトリエ)に籠もるか、敵陣に乗り込むかしかしていないだろう。たまにはただの『アヤノ』として、私の隣を歩くことを楽しんでほしいのだ。……これは、婚約者の演技でも、コウの命令でもない」


 アレクシスはベッドの横に膝を突くと、私の手をそっと取り、その大きな手のひらで包み込んだ。

 昨夜、あの密室で「本当の『攻め』になりたい」と告白されて以来、彼がこうして無防備に近づいてくるだけで、私の心の火加減が一瞬で狂ってしまう。ドクン、と跳ねる心臓を隠すように、私は慌てて視線を彷徨わせた。


「お、お忍びって……アレクシスさん、あなた一応、超有名人の第三王子殿下ですよ? 街に出たら一発でバレ……」


「案ずるな。私には、これがある」


 アレクシスがどこからか取り出したのは、目深に被るタイプの、地味な茶色のフード付きマントだった。


「これさえ被れば、私はただの『腕の立つ一般市民(イケメン)』だ」


「ツッコミどころが満載ですけど、分かりました。……そのデート、乗ります。今の私には、圧倒的な現実逃避が必要です」


 私はサイドテーブルから眼鏡を取り出してかけると、アレクシスに手を引かれるままに立ち上がった。


 ◇◇◇


 王都の市場は、活気と、日本のそれとは全く異なる異国情緒に溢れている。


 色鮮やかな魔法の果実が並び、露店からは香ばしい肉の焼ける匂いが漂う。まあ味はおそらく微妙だとは思う。アレクシスはフードを深く被りながらも、私の手をずっと離さずに、人混みを器用に泳いでいく。


「見てくれ、アヤノ! あの『光るリンゴ』、アップルパイの『受け』として非常に優秀そうだぞ!」


「あ、あれ、食べると口の中がピカピカ光るやつだから、作画資料としては面白いけどパイには向かないと思いますよ」


 そんな、いつものような、くだらないやり取りが、不思議と心地よい。

 ガルドス領での緊迫した日々が嘘のように、私の心が、彼の繋いだ手の体温によってじんわりと溶かされていく。


「私は……君とこうして、二つの世界を歩む日々を、とても愛おしく思っている」


 賑やかな雑踏の中、アレクシスがふと立ち止まり、フードの隙間から私を見つめた。

 その真摯な瞳に、私の胸がぎゅっと締め付けられる。


「だから……次の王宮晩餐会、強烈な私の家族たちも、君のその素晴らしい筆魔法で、ファンにしてやってほしい。とはいえ、アヤノの隣は、誰にも譲るつもりはないのだが……」


 私は思わず呆気に取られてぽかーんと口をあけてしまった。

 天然の殺し文句は、計算によるものなのか。


 迫り来る、フォルジェ王室。

 そして、加速していく王子からのアプローチ。

 アプローチなのか!?


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