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第三話:果てしなく繋がる味覚

 フォルジェ王国の王都から、強硬派であるガルドス辺境伯の領地までは、馬車で丸三日の道のりだという。


 ガタゴトと規則的な揺れを伝える豪華な馬車の中で、私は絶賛、乗り物酔いと胃痛のダブルパンチに苦しんでいた。


「……気持ち悪い……」


「アヤノ、顔色が悪いぞ。大丈夫か?」


 向かいの席に座るアレクシスが、心配そうに身を乗り出してくる。

 今日の彼は、いつもの見慣れたシャツ姿ではなく、王族の長旅用らしい、上等な濃紺の軍服のような外套を身に纏っていた。

 その隙の無い美貌と相まって、完全に『絵になる本物の王子様』である。

 だがしかし、彼の膝の上には、王都の市場で買い込んだ謎のドギツイ紫色をした丸い何かがゴロゴロと転がっていた。


「大丈夫、です……。それより、その紫色の野菜、馬車が揺れるたびに変な匂いが出てる気がするんですけど……」


「これは『爆発芋』といってな。少しの衝撃で中から刺激臭のあるガスを出す、非常に厄介な食材だ。これをどうやって『受け』の優しさで包み込むか、思案していたところだ」


「密室でそんな危険物を思案しないでください!」


 私が全力でツッコミを入れたその時、馬車の小さな小窓がコンコンと叩かれた。

 窓を開けると、並走して馬に乗っている護衛騎士――シリルが、生真面目な顔を覗かせた。

 魂を分離し、生身の身体を取り戻した彼は、やはりどう見ても私の担当編集者である鈴村君と瓜二つの顔をしている。髪の色が少し明るいアッシュブロンドであることと、騎士としての精悍な雰囲気がなければ、絶対に見分けがつかない。


「アレクシス様、アヤノ様。間もなく第一の宿場町に到着します。そこで昼食と休憩を取りましょう」


「うむ、助かる。アヤノの胃腸も限界のようだからな」


 アレクシスの言葉に、シリルが私を見て申し訳なさそうに眉を下げる。

 その顔の作りがあまりにも鈴村君に似ているせいで、私はふと、日本に残してきた本物の担当編集者のことを思い出した。


「そういえば……日本に残ってる鈴村君、無事に入稿作業、終わったかな……」


 私がぼんやりと呟くと、シリルが少しだけ気まずそうに目を逸らした。


「……ええ、スズムラ殿なら、きっと今頃、滞りなく業務を遂行しているはずです。我々は『魂の片割れ』……彼が日本で頑張っていることくらい、なんとなく伝わってきますから」


「魂の片割れって、結局どういうことなんですか? 双子とかそういう……?」


 私がずっと気になっていた疑問をぶつけると、シリルは手綱を握り直しながら、少し思案するように答えた。


「国立魔術研究院の調査によれば、どうやら異なる世界線に存在する『同一の魂の波長を持つ者』同士が、大賢者様の転移魔法の影響で引き合い、一時的に一つの肉体に統合されてしまった……という現象らしいです。分離した今でも、波長が完全にリンクしておりまして」


「リンク?」


「はい。具体的に申しますと……五感の共有、とでも言いましょうか。例えば、私が極度の疲労を感じると、日本にいるスズムラ殿もなんだか体が重くなる……といった具合に」


「えっ、それってめちゃくちゃ迷惑じゃないですか!?」


 私は日本で一人、原稿と格闘しているであろう鈴村君の不憫さに涙が出そうになった。


「いえ、ご安心ください。日常生活レベルでは問題ありません。ただ、強烈な刺激――例えば、激しい痛みや、規格外の味覚などを私が感じた場合、それがスズムラ殿にもダイレクトに伝わってしまうらしいのですが……私自身、騎士の訓練で痛みには耐性がありますし、そうそう規格外の味覚に遭遇することも……」


 シリルの言葉が途切れた。

 彼の視線が、私の向かいに座るアレクシス、そして彼の手にある『爆発芋』へとゆっくりと移っていく。


「…………アレクシス様。昼食の際、その爆発芋は……」


「うむ! この宿場町で厨房を借りて、私の新作『情熱の爆発サラダ~禁断の愛和え』を完成させるつもりだ! シリル、お前にも最初の試食(毒見)をさせてやろう」

「…………ッ!!」


 シリルの端正な顔から、一瞬にして血の気が引いた。


 ◇◇◇


 ★同時刻・日本――都内の某出版社★


「……はぁ、アヤノ先生の原稿、無事に入稿完了、と……」


 デスクでパソコンの画面を見つめながら、担当編集者の鈴村理玖は、安堵の深いため息を吐いた。

 アヤノ先生が異世界に出張という名の榊原プロデュースの視察旅行に行ってしまったため、日本での諸々の雑務は全て鈴村の肩にのしかかっていた。


「それにしても、シリルさんと分離してから、体は軽いのに……なんだか急に、嫌な予感がするんだよなぁ……」


 鈴村がデスクの上に置いてあったコーヒーマグに手を伸ばした、その時だった。


「――っ!?!?」


 突如として、鈴村の口腔内から脳天に向けて、『経験したことのない強烈な刺激臭と、舌が痺れるような辛味、そして得体の知れない土の味』が、爆発的な勢いで駆け抜けた。


「あ、がっ!? か、からぁぁぁぁぁぁっっ!?!? なんだこれ!? 土!? 爆発!? うおおおおおっ!?」


 鈴村は椅子から転げ落ち、喉を掻きむしりながらオフィスでのたうち回った。

 飲んでもいないはずの劇物の味が、ダイレクトに味覚神経を破壊してくる。


「す、鈴村!? どうした!? コーヒーに何か入ってたのか!?」


 周囲の編集部員たちが慌てて駆け寄ってくるが、鈴村には返事をする余裕すらなかった。


「シ、シリルさぁぁん……! 異世界で、絶対変なもの食べましたねぇぇぇ……ッ!! 水……水をください……ッ!!」


 鈴村の悲痛な叫びは、出版社のオフィスに虚しく響き渡った。


 ◇◇◇


「うむ。どうやら、爆発芋の刺激を、受けの優しさで包み込むことには失敗したようだ。味が……暴走しているな」


 アレクシスは、謎の紫色のペーストが入った小鉢を見つめながら、真剣な顔で分析していた。


 その傍らでは、シリルが白目を剥いてテーブルに突っ伏し、ピクピクと痙攣していた。


「シ、シリルさん!? しっかりして! 誰か水! 水持ってきてー!」


 私は半狂乱で叫びながら、シリルの背中をさすった。


 異世界の珍食材と、アレクシスの斜め上の調理法。

 そして、それによって引き起こされる、時空を超えた理不尽な味覚テロ。


 ガルドス辺境伯の領地へ着く前に、護衛騎士と日本の担当編集者が全滅しそうな危機に直面し、この旅路の結末には今のところ不安しかない。

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