第二話:悪徳コンサルの勅命と、偽装パートナーの始まり
アレクシスのまさかの神アシスキルによって、どうにか原画展用のアナログカラー原稿を仕上げた翌日。
無事に原稿を発送し、私はリビングのソファで死体のように横たわっていた。
徹夜明けの身体に、泥のように眠気が押し寄せてくる。
キッチンの方からは、今日もアレクシスがフライパンを振るう小気味良い音が聞こえていた。
「アヤノ、今日の昼食は『愛のロールキャベツ(改)』だ。この肉塊を、幾重にも重なる緑の葉で……」
「……あー、はいはい。後で食べるんで、冷蔵庫入れといてくださ……」
私が夢うつつで生返事をした、まさにその時だった。
ピカァッ!
まぶたの裏まで貫くような青白い閃光が、リビングの中央――私の寝転がるソファのすぐ横で炸裂した。
強烈な光と、バチバチと空気が弾けるような魔力の気配に、私は悲鳴を上げてソファから転げ落ちた。
「ひゃあっ!?」
光が収まった後、そこに立っていたのは、三つ揃えのスーツに銀縁眼鏡を光らせた、我が家の(厳密には隣の部屋の)絶対的権力者――大賢者にして悪徳コンサルタント、榊原向陽だった。
「おや、アヤノ様。真っ昼間から随分と怠惰な姿勢でお過ごしのようですね。クリエイターたるもの、常にインプットを欠かさぬよう自己研鑽に励むべきかと思われますが」
「……人の家のリビングに、アポ無しで直接転移してくるの、いい加減やめてもらえませんか」
私は床に這いつくばったまま、恨みがましい視線を送った。
この男は、異世界と日本を繋ぐゲートを我が家のリビングと隣のアレクシスの部屋に設定しているらしく、事あるごとにこうして突如現れるのだ。
「コウ! ちょうど良い、私の新作『包み込む愛のロールキャベツ(改)』を試食していくか?」
アレクシスが、丸焦げのキャベツの塊をトングで掲げながら、嬉しそうにキッチンから顔を出した。
「結構です。そのような炭化物で私の胃腸に無駄な負荷をかけるつもりはありません」
榊原は一瞥もせずに切り捨てると、眼鏡をくいっと押し上げ、冷徹な視線を私とアレクシスに向けた。
「さて、本日はお二人に、次なる重要なビジネス……もとい、任務をお伝えに参りました」
「任務……? また、料理指南書の続編ですか?」
私が警戒しながら身を起こすと、榊原はフッと口角を上げた。
「いえ。今回は、より実践的なフィールドワークとなります。アレクシス様、そしてアヤノ様。お二人には明日より、フォルジェ王国の辺境、『ガルドス辺境伯』の領地へ赴き、食卓改革のデモンストレーションを行っていただきます」
「……えっと、がるどす?」
私は自分の耳を疑った。
ガルドス辺境伯?
領地へ赴く?
「コウ、ガルドス卿の領地へ行くのか? あそこは……」
アレクシスの顔から、すっと笑顔が消えた。
彼が真面目な顔をする時は、大抵ろくでもない事態の時だ。
「ええ。ガルドス辺境伯は、現在の王位継承争いにおいて、アレクシス様の存在を疎ましく思う『強硬派』の筆頭です。彼は、伝統と武力を重んじ、軟弱な文化と彼が思い込んでいる料理などを軽視しています。当然、アレクシス様の『伝説の料理』の普及にも猛反発しておりましてね。このままでは、私の描いた『食による国力向上計画』の大きな妨げとなります」
榊原は、まるで邪魔な競合他社を排除するプレゼンでもしているかのように、淡々と語った。
「つまり、彼らを黙らせるために、直接料理を作って認めさせろと?」
アレクシスが腕を組んで問うと、榊原は頷いた。
「左様でございます。食卓改革の波を、強硬派の牙城にも浸透させる。これが今回のミッションです。当然、アヤノ様には『絵師アヤノ』として同行し、その成果を余すところなく調査報告書として書き留めていただきます。報酬は前回の1.5倍で手配済みです」
1.5倍。
その言葉に、私の心が大きく揺らいだ。
いや、揺らいだのは事実だが、それ以上に危険な匂いがプンプンする。
「ちょっと待ってください。強硬派の筆頭って、それ、アレクシスさんの命を狙ってくるレベルの敵陣じゃないんですか!? そんな危険な場所に、なんでただの漫画家の私が同行しなきゃいけないんですか!」
私が全力で抗議すると、榊原は銀縁眼鏡の奥の瞳を細め、さらに恐ろしい提案を口にした。
「アヤノ様に同行していただく最大の理由は、安全性のためです。現在、ガルドス辺境伯は、アレクシス様を自陣営に取り込むため、ご息女との『政略結婚』を企てております」
「せ、政略結婚!?」
「そんな馬鹿な。私はまだ、誰ともそのような誓いを立てるつもりは……」
アレクシスも目を見開いて驚いている。
「ええ、ですから、その面倒な縁談を合法的に、かつ角を立てずに回避するための『盾』が必要なのです。……アヤノ様、貴女にはこの視察旅行中、アレクシス様が深く寵愛する『専属絵師』――すなわち、実質的な婚約者として振る舞っていただきます」
「…………はああああああ!?」
私の絶叫が、昼下がりのマンションに響き渡った。
「私が!? アレクシスさんの婚約者のフリ!? 無理無理無理! 絶対ボロが出ますって!」
「ご安心を。貴女の描く『アレス王子』への狂気的なまでの執着……もとい、熱意を見れば、誰もが二人の間に強固な絆があると信じて疑わないでしょう。それに、報酬は1.5倍です。貴女の連載のネタ探しにも最適かと存じますが?」
榊原の言葉は、私のクリエイターとしての弱みと、金銭的な欲を的確に突き刺してくる。
この男は、本当に人間の操り方を熟知している、まさに悪徳コンサルタントだ。
「……ッ、アヤノ。私のために、盾となってくれるのか」
アレクシスが、先ほどまでのポンコツぶりが嘘のように、真剣で憂いを帯びた王子様の瞳で私を見つめ下ろしてきた。
「いや、あの、そういうわけじゃ……」
「感謝する。君がいれば、どんな強硬派の領地であろうと、私は無敵になれる気がする。共に、新たな愛の料理を探求する旅へ出よう!」
「だから! 私はまだ行くって言ってな……っ!」
私の抗議の言葉は、再び足元に展開された青白い転移陣の光に掻き消された。
「では、馬車と護衛はフォルジェ王国側で手配済みです。いってらっしゃいませ」
榊原の冷酷な見送りの声と共に、私の胃腸と心臓に多大な負担をかける、偽装パートナーとしての『異世界グルメ&スケッチ旅』が、半ば強制的に幕を開け、た。




