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世界が壊れる音がする  作者: 久慈望
第十話 魔剣
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地下工房建設

 コルトの存在は、エダナの錬金術の歴史に革命をもたらした。


 彼の生み出した空冷器は錬金術師たちにより発展・大型化され、すぐにエダナ城の倉庫に導入された。これにより、食料を安定して保管することが可能になった。


 それはすなわち、エダナがより豊かな国になることと同義であった。


 空冷器を皮切りに、コルトは新たな道具を次々と開発していった。燃料不要の照明を開発し、これもまた、錬金術師たちにより量産され、城や町の大通りに採用された。


 コルトは日夜工房にこもり、新たな道具の開発と、既存の構造体の改良に取り組んでいた。そこに苦痛はなく、喜びだけがあった。父から評価されることこそが、彼にとって最優先事項だったのだ。


 ソヴィクの地位はさらに高まり、名声は不動のものとなった。彼は城の内部に工房作り、コルトを呼び寄せさらに開発を続けさせた。


 ある時、工房にソヴィクが現れた。


「コルト、やっているようだな」


「父上。来ていただいたのですね」


 コルトは手に持っていた構造体を置き直立する。父の前ではこの姿勢が正しいとされていた。彼はどこまでも父に忠実だった。


「お前の考えた照明はまた一つエダナを変えた。お前のような息子を持っておれは誇らしい」


 コルトは泣きそうになった。


 そうだ。私はこのために研究を続けているのだと思った。これまで相手にされなかったのは自分の力が足りなかっただけで、有能な人間になれば、父は愛してくれるのだ。


「ありがとうございます」


「今は何をやっているんだ?」


「はい。空冷器の機能強化と小型化に取り組んでいます。空冷器は野菜や穀物の保存に有効ですが、生の肉や魚の保存には限界があります。性能をさらに上げ、雪国の環境を再現することができれば、さらに長期間の保存が可能となるはずです。城の倉庫では一部試験的に運用していますが、さらに出力を上げ、小型化が実現すれば、多くの人々が自宅で利用できるようになるはずです。これがあれば、食料の確保はさらに楽になることでしょう」


「ふん。普及させるには小型化が必須だからな。しかし費用面も忘れるな。構造体を作る資材には金がかかる。高ければ民衆は買わん」


「もちろんです。構造体の開発と並行して、物質の変換についても研究を進めています。費用面の課題は主に材料の確保ですが、現在廃材を結合させて再構築する研究を進めています。いずれはどのような物質からでも望み通りの物質に変換できるようにしたいのですが」


「廃材に目をつけるのは悪くない。何よりも金がかからないからな。その技術が確立すれば、古くなり処分するものすべてが価値を持つようになる。お前はどこまでも優秀だよ」


 父が笑うとコルトも嬉しくなった。


「父上には開発資金を用意してもらっていますからね。無駄がないように運用しています。それに価格を下げなければ使ってもらえませんから。ぼくはより多くの人々の暮らしがよくなることを願っています」


 コルトの言葉に、ソヴィクは顔をしかめる。


「……まあよかろう。カレフ家らしからぬ考えだが、使う人間が増えれば増えるほど、カレフ家の名声はさらに高まる。だが、費用に関していえば、もう一つ懸念がある」


「錬金術師の養成ですね」


「言わずともわかっておるとは流石だな。構造体の量産には錬金術師が足りん。比較的構造が簡単な照明ならばまだしも、空冷器を量産するとなれば、これまで以上の人員が必要となる」


「その点に関しては、少しずつ育成手順を詰めているところです。現状は、新入りを監督するものをつけ、仕事の中で学ばせている状況ですが、人材を増やすとなれば、手順書の作成は必須でしょうね」


「そこまで考えていたか。錬金術師の知識はなくとも、人を育てる方法ならばこちらでも助言できることは多い。遠慮なく言うがよい」


「ありがとうございます」


 親子の会話とは思えないものであったが、コルトにとっては、この上ない充実した時間であった。会話も、顔を合わせることすら数えることしかなかった父との邂逅は、彼を喜ばせた。


 自分と父が、対等に会話している。これがどれほど得難いことか。コルトはその信じがたい事実をかみしめ、さらに錬金術に打ち込むことを誓った。


「お前、何か望みはないのか?」


 父が聞く。そしてそれは、コルトが生まれて初めての問いだった。


「え……?」


 彼ははじめ、質問の意図を理解できなかった。


「安心しろ。言葉通りの意味だ。おれは、有能な人材への投資は惜しまん。もしもお前の望むものが正当性のあるものならば、どれほどの金を使っても構わない。叶えてやろう。お前にはそれだけの価値があるのだからな」


 父の意図を理解したとき、コルトは歓喜の渦に飲まれた。あの父が、自分のために、何かをしてくれるというのだ。


 しかし言葉は選ばなくてはならない。ここで個人的な欲望を語れば、父の心は再び離れて行ってしまうだろう。


 彼は悩み、そして、


「父上。私は自分だけの工房を作りたいと考えています」


 と言った。


「ここに既にあるだろう」


 ソヴィクは笑みを浮かべて聞き返す。


「ええ、現在はこれで十分です。しかし先のことを考えれば、より大きな空間が必要です」


「なるほど、一理ある。ではどのような建物がいる?」


 ソヴィクは試すように聞く。


「地下に大型施設を作ります」


「ほう、何故地下なんだ」


「現在、エダナ城の周辺に巨大施設を建てることのできる敷地は存在しません。であれば遠くに立てる必要がある。しかしそれでは父上の本意から外れてしまう」


「ふむ。おれの考えか。お前に分かるか」


「父上が工房を城に持ってきたのはカレフ家が国家の中枢にあることを知らしめるためです。ですから、工房は城の内部、ないしは周辺になくてはならない。それに、我が王の住まう城は、もっとも荘厳でなければならず、周囲に大きな建築物があってはならない。そこで地下です」


「悪くない。続けろ」


「城の地下は倉庫としてすでに利用されているため、周辺区画の地下に工房を作る。敷地は地下掘削のための一定の広さがあれば十分です。建設には大きな費用がかかりますが、完成すれば、その技術力を示すことも可能です」


「だが、地下の掘削は、費用を別にしても相当な労力だ。お前にできるか」


「私に工事を効率化する構造体の案があります。それに掘削と建設に新入りを投入し、人材の育成にも役立てます。これは先への投資にもなるはずです」


 するとソヴィクは大きく笑った。


「ハハ! いいだろう。お前の好きなようにやってみろ。金ならいくらでも出す。本当にお前は、おれの期待を裏切らんな!」


「ではさっそく建設計画を進めます」


「ああ、必要なものがあれば書類にまとめて提出しろ。不足なものはこちらで補う」


「ありがとうございます」


 政治の天才ソヴィクと、錬金術師の天才コルト。笑いあう親子は、カレフ家のさらなる隆盛を意味していた。


◆    ◆    ◆    ◆


 地下室の建設はすぐに始められた。


 コルトは地下室の詳細な設計図を作成し、必要な人員の数を算出。さらには、効率的に工事を進めるための構造体の作成を開始した。


 構造体は、コルト一人で開発した。特に重要とされていたのは、魔素の力により自立し、帯状の金属を回転させることで地下から土砂や機材を運ぶ装置であった。コルトはそれを連続運搬装置と呼んだが、サガラがその場にいたのなら、ベルトコンベアーと呼んだだろう。


 エダナの城を建造したカレフ家の実績は、工房建設に役立った。


 ソヴィクの口添えにより腕の良い職人が集まり、効率的な掘削と工事進行が可能となったことに加え、カレフの名はコルトに威厳を持たせ、若い彼の指示が無視されるようなことは一切なかった。


 地下の掘削はエダナ各地から人が集められたほか、岩盤を錬金術により脆くし、掘削を容易とする方法も試みられた。


 地下を掘り進めるたびに、壁面を錬金術により固定し、強化された金属板を張り付ける。基本はこの繰り返しだ。工事を進める過程で技術が進歩し、地下水を吸い取るポンプなども開発された。


 一定の空間が確保できると、天井に照明、空気を取り入れるための換気扇が設置された。空冷器に改良を施して室内の温度を調整する構造体が導入され、地下は地上のどの場所よりも快適な空間となった。


 地下工房の建設により、カレフ家、そしてソヴィクは国内の地位を不動のものとした。彼は一国の錬金術師に収まるどころか、王族に助言をする相談役にまで上り詰めていた。


 およそ三年かけて地下工房は完成し、数々の設備や錬金術関連書物が運ばれた。


 コルトは新設の工房に一人で立ち、清潔で、正常な空気が流れる空間に満足していた。


 彼は生まれて初めて、満たされる、という経験をしたと思った。なぜなら、地下工房は、これまで望んでも手に入れられなかった、父からの贈り物であったからだ。

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