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世界が壊れる音がする  作者: 久慈望
第十話 魔剣
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構造体の生成

 コルト・カレフは錬金術師一家の長男として生まれた。


 錬金術師全盛の時代。


 当時大陸に点在していた国家は必ず錬金術師を抱えており、カレフ家はエダナのお抱えの錬金術師として長く君臨していた。


 実際、エダナの発展はカレフ家の力も大きかった。


 古くから国家を支え、巨大な城の建設が実現できたのも、カレフ家が蓄積した錬金術の知識と技術があってのことだ。


 錬金術師は国家に技術を提供し、国家は錬金術師に地位と富を与える。これが当時の国の在り方であった。


 そのような時代にあり、カレフ家は多くの錬金術師が陥る病に取りつかれていた。


 権力に対する強い執着である。


 コルトの父、ソヴィクは錬金術を極めるという本来の道を外れ、エダナでの地位を高めることに心血を注いでいた。


 彼の思考は明確だった。


 国家から絶大な信頼を得たカレフはことさら研究に力を入れる必要などない。それより大切なのは、王家に忠誠を誓い、一族が国家の繁栄のために必要とされるかどうかだ。


 名家として名を轟かせたカレフの元には、才能のある錬金術師の卵たちが集まっていた。才能の集まる御旗。それこそがカレフであるとソヴィクは信じていた。


 自らに子が生まれた時も、彼は強い関心を示さなかった。


 ソヴィクにとってカレフの地位こそが重要であり、錬金術は家名を維持する道具に過ぎなかった。カレフに跡継は必要だが、ある程度の能力があれば十分だと考えていたのだ。


 ソヴィクは、物心ついたばかりの息子に言った。


「コルト。いいか、お前は優秀である必要などない。ただ、私の思う通りに動いていればいいのだ」


 言葉の意味こそ理解できなかったものの、コルトはその時、父の力と自らの無力さを知った。


 ソヴィクは常に城内に在り、家に戻ることもなかった。富を目当てに嫁いだ貴族出身の母は、早くからコルトの世話を放棄し、王族たちとの宴に明け暮れた。ソヴィクはそんな母を咎めはしなかった。


 コルトを育てたのは世話役を命じられた錬金術師だった。コルトはソヴィクの元で働く錬金術師たちの庇護を受けながら成長した。


 やがて、コルトは気づく。


 人とは本来、父と母により育てられるということ。そして彼の両親は、彼に会いに来ることはない。

 

 見たこともない母、そして、数度しか会った記憶のない父。


 自らの特殊な環境を理解したとき、コルトはただ、寂しいと思った。


 彼は両親からの愛情を求め、そして、一つの結論に至った。


 錬金術を学べば、父は自分のことを認めてくれるかもしれない。


 それが特別求められていないということに、幼い彼は気づくことができなかった。どんなに錬金術を学んだところで、父の興味はそこにないにもかかわらず、彼は優秀であれば、父から褒められると信じていた。


◆    ◆    ◆    ◆


 錬金術とは、物質の内部にある魔素を捉え、増幅、または変化させることで物質の構造そのものを変化させる。錬金術師の主な仕事は、材質の構造を強化し、より強い城や武器を作ることだった。


 風車や水車、住宅などの主要設備に加え、食器や家具、室内を照らすランプを強化することもまた、彼らの仕事だ。すでにある建物や道具の構造を理解し、より良いものへと強化する。


 それが錬金術師の役割であった。


 コルトの遊び場はソヴィクの元で働く錬金術師たちの工房だった。彼はそこで錬金術の基本を知り、いかなる技術かを知った。


 錬金術師たちは、コルトが望むままに知識を与え、そして、実践の場として仕事を与えた。権力欲の塊である父のために錬金術を学ぼうとする健気な子ども。彼らはコルトの境遇に同情し、自分たちの知り得るすべてを彼に教えた。


 コルトの情熱はすさまじいものであり、わずか数年で、彼の技術は他の錬金術師に並ぶものとなり、工房になくてはならない存在となった。


 そして、コルトは次の段階を求めた。


 構造体の生成である。


 構造体とは、錬金術の力で物質を混ぜ合わせることによってできたものの総称であり、魔素を変化させることで、何らかの効果を付与することも可能な技術であった。


 しかし、当時の錬金術は構造体に冷たかった。


 構造体の生成は、対象への深い理解と新たな物質への強いイメージが必要であり、労力が成果に結びつかない。錬金術師たちがその領域に踏み出さなかったのはそう言った理由もあるが、つまりは競争相手がいなかったからだ。


 錬金術師たちが一度夢は見るものの、仕事においては必要とされないために手を付けることのない領域。両親や地位に縛られることのないコルトは、錬金術師たちからの応援を受けながら、たった一人で構造体の研究を始めた。


 コルトの努力が実を結ぶのは、それはから数年後のことであった。彼は職人が作る道具とそん色のないものを、材質と自らの知識を頼りに無から作り上げたのだ。


 コルトはほかの誰もがなしえなかった成果に有頂天になり、急いで父の元へと向かった。


 それは、把手を回すことで風を送る小型装置だった。


 だが、当然のことながら、ソヴィクの反応はそっけないものであった。


「ふん、そんなもの、職人に作らせればよいだけではないか。からくり如き作れたところで、何の役に立つ。私の時間を無駄にさせるな」


「ごめんなさい」


 コルトは失意のままに工房に戻った。


 見るからに落ち込む少年を、錬金術師たちは慰めようとしたが、彼の悲しみが癒えることはなかった。


 コルトは考える。


 父はすでにあるものなど職人に任せておけばよいといった。


 ということはまだ世の中にないものを作ることができれば、褒めてもらえるはずだ。


 再びコルトの心に灯がともった。


 そうだ。父上は私のことを認めてくれている。認めてくれているからこそ、こんなもので満足してはいけないと言っているのだ。


 工房の錬金術師たちの心配をよそに、コルトはますます錬金術にのめり込んでいった。


 そして、また数年が経ち、コルトは再び父の前に立った。


 白髪交じりのソヴィクは、その日も貴族たちの相手のために忙しそうにしていた。


「父上、見ていただきたいものがあります」


「私は忙しいのだ。だいたいなんだその格好は、汚らしい。カレフ家の長男として、身だしなみくらいしておけ」


「申し訳ありません。このところ工房に籠っていましたもので」


「まだそんなことをしているのか、錬金術など、下のものに任せればよいと言っているだろう」


「父上、ご忠告は伺います。けれど、これだけは見ていただきたいのです」


 真剣な様子に、さすがのソヴィクも折れ、ため息をついた。


「手短に済ませろ。どうせまたくだらん物でも作ったのだろう」


「いえ、これは違います」


 コルトが取り出したのは、両手に収まるほどの大きさの箱であった。金属でできた立方体の裏には、でっぱりがあり、そこから管のようなものが伸びて箱の左右両面につながっている。


 彼はひどく不格好なその箱に手をかける。力を入れて開くと、箱の内部は空洞で液体の入った瓶が一本入っていた。


 コルトは箱から瓶を取り出し、ソヴィクに手渡した。


「これは……?」


 液体の入った容器は冷たかった。


「私が開発した空冷器です。魔素を冷気に変換し、箱内部を冷やします。これならば、食料を長期保存することが可能です」


 その時、ソヴィクの目の色が変わった。


「本当にお前が作ったのか? 誰か協力者がいるのではないか?」


「いえ、私一人で作りました。材料の選定のため工房の錬金術師に相談はしましたが、そのぐらいです」


「嘘ではないだろうな。調べたらすぐにわかることだぞ」


「父上に嘘をつく意味などないではありませんか」


「そうか……」


 コルトははじめて、自分に笑いかける父を見た。


「日を改めて王の元へ行く。お前もついてこい。これはエダナを変える発明かもしれん」


「ありがとうございます」


「さすがはおれの息子だ。しかし、見ないうちに大きくなったようだな。何歳になった?」


「はい、今年で十五になります」


「もうそれほどの歳になったか。王に面会する前に、お前にはまともな服を見繕わねばならんな。後で人をやるから、作ってもらえ、謁見の日はこちらで調整する」


「承知しました」


「お前がこのような才能を持っていたとはな。我が子として誇らしいぞ」


 コルトは初めて褒められたことに喜び、計算高く、次の計画を巡らしている父の顔を見過ごしてしまっていた。


 自分のやってきたことが間違いなかったことを知り、彼は心の内で歓喜の声を上げた。

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