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世界が壊れる音がする  作者: 久慈望
第十話 魔剣
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古の錬金術師

 箱が動いている間、二人は何も喋らなかった。


 浮遊感が治まり、扉が開く。


 扉の先は完全な暗闇に包まれていた。箱の天井から差す光で、かろうじて床を判別できるほどだった。


「行かないのかい?」


「は! へ?」


 サガラの声で、ルーベルは我を取り戻した。


「君は錬金術師だし、このエレベーターを見つけたのも君だ。先を譲った方が良いと思ってね」


 サガラの声を聞きながら、彼の頭は冴えていく。


 そうだ。私はこのような場所を見つけるために各地を巡り、錬金術師たちに会おうとしてきたのだ。


「大丈夫です。行きましょう」


 気を取り直し、扉の外に足を踏み出す。


 カッ。


「わ!」


 光がルーベルの眼をくらませる。


「人感センサーってやつかな? すごいなあ」


 ルーベルがおそるおそるあたりを見回す。


 天井からの光により、見たこともない器具や本が乱雑に置かれた室内が明らかになる。それは紛れもなく錬金術の研究室であり、彼が追い求めていたものであった。


「これは……すごい……」


 茫然と立ち尽くすルーベルの傍らにサガラが立つ。


「研究室と言った感じだね。どうやら君が探していたものが見つかったようだ」


「……でも、実物を前にすると、なんといってよいのやら」


 ルーベルはふらふらと、机の上に置かれた実験道具に近づく。


 フラスコや試験官が並べられたいかにもな道具にくわえ、何に使用されていたかも判別つかない歯車で構成された機械仕掛けの道具が所狭しと並べられている。


 奥の本棚には、大型の本が並べられていて、千年以上経過したとは思えない良好な状態を保っていた。


「しかし照明が生きているなんてすごいね」


「先ほどの箱と同じ原理だと思いますが、起動の方法がわからない。もしかすると、床に何らかの仕掛けが施されているのかもしれません」


 唖然と立ち尽くしていると、


 ヴーンと箱の中で聞いた音と、風の音がする。


「この音は……」


 ルーベルが見上げて言う。


「換気扇じゃないか? 地上の空気を取り入れて循環させているんだ」


「確かに風を送る機構は作ることができる。錬金術の全盛期ならなおさらだ。けれど、地上の空気をここまで持ってくるとなると、穴を掘ることも考えたらどれだけの予算が必要になるか想像もつかない」


 ルーベルはつぶやき、夢遊病者のように研究室の奥へと進む。


 ここではいったいどのような研究が行われていたのだろうか。


 コルト・カレフに関連する資料は驚くほど少なく、その研究内容については謎に包まれている。


 わずかに残された記述によれば食料を冷やし、長期保存可能な箱を作ったであるとか、物資を運搬する器具を開発したということだが、実物は残っておらず、信憑性は疑わしい。


 しかし、この施設はどうだ。


 残された記述に違わぬ技術力を持っていたとしてもおかしくはない。ルーベルは思考を止めたまま、研究室をさ迷い歩く。


 彼の行く先に扉があり、それが自動で動いたことも気にならないほどに、彼はその場に呑まれてしまっていた。


 いくつかの扉を抜けると、暗く、何もない部屋に出た。


 一見何もないような部屋であったが、中心に一つ、ルーベルの腰の高さあたりまで伸びる四角い柱のようなものが設置されていた。


 ルーベルは導かれるように、縦長の直方体に触れる。表面に何やら紋様が刻まれていた。


「これも、何かを操作するものだろうか?」


 柱の上の文字を読み取ろうと意識を集中すると、淡く文字が光った。


 ザザザ……


 砂が落ちるような音ともに、暗闇に、淡く光る男が現れた。


「うわあ!?」


 走る足音が聞こえ、サガラが駆け込んでくる。


「どうした?」


 ルーベルはしりもちをつき、暗闇に浮かぶ男を指さしている。


 男は書物で見たことのある、伝統的な錬金術の服装で口ひげをたくわえていた。容貌から年齢までは判別できないが、老人というわけではなさそうだ。


「君は錬金術師だな。ここに来たということは、魔王軍の侵攻から運よく生き延びることができたのだろう。よくぞ来てくれた。私はエダナの錬金術師、コルト・カレフというものだ」


 コルトを名乗る男の口が動く。しかし、声は部屋の別のところから聞こえているようだった。


「そんな……生きていたなんて」


「ああ、誤解されても困るが、これは私が残した記録に過ぎない。この技術もまた、私が開発したものだ。などと自慢気に語っているが、私はほかの錬金術師たちのことを知らないからな。先に開発している者が居てもおかしくない。ここに来た君は知っているかな? 知っているなら鼻で笑ってくれ」


「いえ、錬金術師は今でもあなたを超えられていません」


 ルーベルは体を起こしながら、コルトの虚像に言う。


「すごい!! 立体映像だ!! どうやっているんだろう?」


「念のため説明しておくと、部屋に配置した粒子が動くことで、私や、私の思念を再現している。実験の合間に作ったものだが、思いのほか楽しくてな。過去の振り返りや日々の記録を残すようになった」


「なるほどなあ」


 言葉を失うルーベルをよそに、サガラは一人感心している。


「この技術は例えばこんなこともできる」


 コルトの言葉に反応し、部屋の扉が閉まると部屋全体が暗くなる。結果閉じ込められてしまうことになったが、ルーベルは目の前の光景に圧倒されるばかりで、それどころではなかった。


 闇に染まった室内が一変する。


 そこは地上だった。


 巨大な城がルーベルを見下ろしている。おそらく、在りし日のエダナ城であろうと思われた。


「わ!」


 ルーベルの驚きをよそに、コルトは語る。


「粒子はこの部屋全体を構成しており、風景を描くこともできる。私の記憶を再現しているため、細かいところで違いがあるかもしれないが、まるで現実みたいだろう。今見ている君の技術がどれほどのものかはわからないが、なかなかうまくできていると思うが、どうだろうか」


 コルトが言い終わると、再び風景は闇に戻る。


「さて、なぜこのようなものを残したかということなんだが、これは私のわがままなんだ。人生のすべてを錬金術に捧げた私は、開発したものとは別に何かを残したかった。君がもしも、わたしの生涯に興味を持ってくれるのならば、これから始まる記録を見て欲しい。それが私のささやかな願いだ。椅子を用意しているから座ってもらっても構わないし、用を足してきてもらっても構わない。次に制御柱に触れると始まるのでね」


 すると部屋が明るくなる。


 コルトが粒子と呼んだものはどこかに消え、何の変哲もない広い空間があるのみだった。


 部屋には椅子が数組置かれていた。


「まるで映画じゃないか。ポップコーンとか用意した方が良いかな」


 サガラの声に現実に呼び戻された。


「サガラはどうして驚かないんだ? こんなとてつもないことが起こっているのに」


 ルーベルの声は震えていた。


「驚いているさ! これほどわくわくしているのは久しぶりだよ!」


 表情を輝かせているサガラを見て、ルーベルはため息をつく。


「なんだかあたふたしている自分が愚かみたいだ」


「そんなことはない。ぼくがちょっと変わっているだけさ」


 しかし、サガラのおかげで落ち着くことができたのは確かだ。ルーベルは改めて状況を整理する。


 コルト・カレフは彼の生きてきた時代を記録し、それを伝えようとしてくれているらしい。錬金術師としては願ってもないことだ。


「トイレはいいのかい?」


 サガラは聞く。


「トイレ?」


「彼の言いぶりではとても長くなりそうだ。始める前に用を足しておくように言っていただろう」


「ああ、うん。そうだろうね。でも今のところは平気だよ」


「じゃあ、さっそく見てみようじゃないか」


 サガラは部屋の隅に置いてあった椅子をすでに並べていた。


「楽しみ過ぎじゃないか」


「こういうことがあるから世界を見て回っているんだよ。さあ、続きを見せてくれ」


 やれやれ、変な人だが、心強くはある。


 ルーベルはため息をつき、再び制御柱に触れた。


 そして、コルト・カレフの生涯を追う映像が始まった。

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