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世界が壊れる音がする  作者: 久慈望
第十話 魔剣
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地下エレベーター

 ルーベルの明かりを頼りに二人は進む。


 何もない空間は奥に進むにつれ、汚れが目立ってくる。


 記録に残されていた王都の騎士たちは、下階の調べをおろそかにしていたらしい。ある程度は片付けられているものの、朽ちた木の箱や元は武器らしい砕けた金属の残骸が、乱雑に散らかっていた。


「君は錬金術師とのことだが、魔術師とは何が違うんだい」


 サガラが聞いた。


「違いませんよ」


「ほう?」


「違わないんです。魔素に干渉する方法が違うだけで、魔術師にできることは私たちにだって再現可能なんです」


 歩きながらルーベルは言う。


「魔術師との違いは、魔素との接続に身体以外の物質を介するか、介さないかの違いです。例えば魔術師が何もない場所から炎を生み出します。魔素を炎に変換するわけですが、私たち錬金術師は、物質に宿る魔素を変化させることで再現できる」


「確かに起きている現象は同じだ」


「物質を介する必要のある錬金術師より、無から生み出す魔術師の方が高等なようにも思えるでしょう? 一見そうなのですが、私たちの力は物質そのものに手を加えるという点で、魔術師を超えることもあるわけです」


「この壁のように?」


「そうです。魔術師は物質に魔素を通すことはできても、物質そのものを変換することはできない。そもそも術式にそのような考え方がないのです。魔術理論が構築されるまでは、錬金術こそがこの世界を理解するために必要な技術でした。魔術はかつて魔法と呼ばれ、錬金術よりも下だと思われていた時代もあるのです」


「話を聞けば、物資の力を利用した方が効率が良さそうだ。魔素のことはよくわからないけれど、物質というものが存在していた方が、安定しやすいんじゃないかな?」


「あなたは理解力が高い。まさにその通りです。錬金術の優位性は、その安定性にあります。適切な媒介を選択することで、効率的な魔素運用が可能となる。魔素の保管も、魔術師はダンジョンから採れる魔石に頼らざるを得ないのですが、錬金術師は物質があれば必要ありません。とても効率が良いんです」


「なるほどね……しかし、なぜ今は魔術師ばかりなんだい? 魔術と同等か、それ以上の力がありそうじゃないか」


 ガサリ、と音がする。


 ルーベルの足に積み上げられた埃まみれの何かが当たったようだ。


 彼は屈みこみ、それが何かを確かめる。


「そうなんです。私もそのことが気にかかっていろいろと調べてみたことがあります。なぜ錬金術ではなく魔術なのか。けれど、その答えは思いがけなくあっけないものでした」


「というと?」


 何もなかったのか、彼は立ち上がり、再び歩き始める。


「錬金術は確かに有益でした。千年前までは各国の貴族たちに大切にされ、あらゆる知識の源泉として扱われていた。しかし、その状況が魔王軍の侵攻と王都の成立により一変してしまう」


「魔術学院か」


 ルーベルは頷いた。


「魔王軍との戦いで発展した魔術を取りまとめる組織が生まれ、王都がそれを守ることで、魔術師の地位は大きく向上した。一方、錬金術にそのような教育機関や組織は生まれなかった。千年前に培われた多くの技術も現在では失われています」


「どうして錬金術には学院のような組織がないのだろう?」


「作れなかったというのが正しいでしょうね。教育機関の有無は根本の原因ではない。各国で保護され、貴族の位に遇されていた錬金術師たちは自分たちのことしか考えておらず、技術を秘匿し、独占することばかりを考えていた。それが錬金術の衰退を招いたわけです。技術の多くが失われ、現在では錬金術師の一族が、細々と子孫に技術を伝えるのみです」


「なんだか残念だね。とても良さそうな技術なのに」


「今では魔術学院も錬金術の力を認めるようになり、研究を進めているようですけれどね。それでも、表面的なものでしかありません。私も錬金術の秘儀を探しているのですが、見つかるのは痕跡や資料の欠片ばかりで実物にお目にかかったことはありません」


「それでここに?」


「はい。私もエダナのことを知らなかったのですが、先日知り合った錬金術師に教えてもらいました。彼によればここには錬金術師の天才、コルト・カレフが地下に研究施設を建設していたというのです。私が知り得る錬金術の文献にも残されていない、まさに秘匿された遺跡……と言いたいところですが、単に記録に残されていなかっただけですね。誰も錬金術に興味がないのですよ。だからトムス・アルトマンの調査報告が、そのまま王都の公式見解になってしまっている」


「天才の研究施設か……見たところもぬけの殻って感じだけど」


「ちょっと待ってください!!」


 ルーベルが再び立ち止まる。


 彼の正面にあるのは壁だ。


 長年放置された壁は埃をかぶっていたが、彼が腕で壁をこすると、奇妙な突起が壁に浮き出ていた。


「パズルみたいだ」


 ルーベルはサガラの言葉が聞こえないというように、その凹凸を慎重に触る。四角いブロックが不規則に並んでおり、サガラのパズルという言葉は的を得ていた。


「これを持っていてくれませんか?」


 ルーベルが振り向き、照明器具をサガラに手渡す。


 サガラは受け取り、ルーベルの手元を照らした。


「これは何だい?」


「おそらくこれは、錬金術師しか開くことのできないものです」


 ルーベルは壁に手を触れて眼を閉じる。口から聞こえるか聞こえないかくらいの呪文をつぶやくと、壁に変化が起きた。


 突起の位置が変わり、規則的なものへと変化する。確かにこれは、魔術師にはできない芸当だった。


 突起のあった場所の隣の壁に亀裂が走り、左右に開く。それはあまりにも滑らかな動きで、音もしなかった。


「おお、これはすごい」


 サガラが感嘆の声を上げる。


「この場所を訪れた誰も、扉に気づくことはなかった。私が求めていたものが、この先にはあるはずです」


 扉の先にあったのは、狭い小部屋だった。


 ルーベルは明かりを近づけてみ見るが、四方を壁に閉ざされた縦長の箱にしか見えなかった。


 すると突然、天井が白い光を放った。


 光の強さにルーベルの目は眩んだ。


「照明……なのか? すごい、ここが使われなくなって、千年以上が経っているはずなのに……」


 ルーベルがおそるおそる中に入り、サガラも後に続く。


「しかしこの部屋は一体?」


 狭い四角い空間には何もなく、ただの行き止まりのように思われた。


「これってもしかして、エレベーターじゃないか?」


 サガラが言って、照らされた箱の中を見回している。


「エレベーター?」


 聞きなれない言葉に、ルーベルは目をしばたいた。


「おお! 多分これだ! ここを見てくれないか」


 サガラの示す方を見ると、そこには、壁に紋様が彫り込まれていた。


 ルーベルはおそるおそるその紋様に触れる。


「なるほど。これは階数なのかもしれない。ここが地下とするならその下は……なんだ?」


 音もなく扉が閉じていく。


 ヴーン


 と何かが駆動する音が響いたかと思うと、


 ガクン。


 落下するような感覚が二人を襲った。


「わっ」


 体勢を崩し、ルーベルはあやうく倒れそうになる。


「やっぱりね。しかしこれは、とてつもない技術だ」


 サガラは動じずに箱の中を見回している。


 ルーベルは、起きた現象を受け入れられず、ただうろたえるばかりだった。

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