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世界が壊れる音がする  作者: 久慈望
第十話 魔剣
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空っぽな遺跡

 王都アストリアの西に位置するその遺跡は、エダナ城跡と呼ばれていた。


 千年以上前に魔王軍に滅ぼされたとされる国の名残であり、かつては大陸屈指の巨大な城が城下町を見下ろしていたという。王都の城はエダナ城を参考にしたという説もある。


 だが現在は、魔王軍により破壊された城の残骸があるばかりだ。


 城とともにエダナ領内は手つかずのまま放置されており、近づくものはほとんどいない。王都が城の跡を保全している理由は、領内に意味深な地下室があるからだ。

 

 地下室には何もない。


 何かありそうな雰囲気だけは持っているため、王都はうかつに手出しができず、しかし、調査自体ははるか昔に終了しており、空虚な領域だけが残されている。


 そんな、歴史に忘れ去られた土地である。

 

 かつてエダナ城跡を調査した王都の歴史研究家トムス・アルトマンは、地下のことを「空っぽな」と形容した。


 領内にある不自然に口を開けた地下への入り口。


 階段を下りた先には、何もなかった。


 貴族の屋敷がすっぽり入るような広い空間が広がっているが、とにかく物がない。遺跡にあるべき調度品だけではなく、長い時間放置されていたことによる歴史の痕跡すら残っていないのだ。


 その理由はいくつかの状況から推察できる。


 魔王が勇者に倒された後、しばらくして大陸では国家間の戦争が巻き起こった。戦乱に乗じて略奪行為を行う盗賊が激増し、その一団が廃墟となったエダナを占拠。地下室を根城としていたようだ。


 戦争時代の教訓から、近隣の集落では現在でも「悪魔の住処」と恐れられている。


 トムスによれば、盗賊が地下を支配する前には高価な調度品などが置かれていた可能性もあるが、すべて売り払われたに違いない。王都成立後に組織された騎士団により、盗賊は一掃され盗品もすべて騎士たちに押収されたのではないか。


 つまり、時代の変遷が空虚な地下空間を生み出したというわけだ。


 トムスは、地下室がエダナの有力貴族が作った展示場、あるいは倉庫であったとの説を示した。


 魔王軍の侵攻により急遽作られた避難施設にしては、あまりにも広く手間がかかり過ぎている。であれば、侵攻以前から建設されたと考えて間違いはないだろう。貴族は地下室を特別な場として建設し、収集した美術品や書物などを収め、展示場、あるいは巨大な倉庫として活用していたのではないかだろうか。


 貴族が道楽のために建設した、現在では何もない地下空間。


 これでは「空っぽな」と形容されても仕方のないことだろう。


 地下空間の入り口に、一人の男が立っていた。


 サガラである。


 白いシャツに黒い上着、同色のズボンを身に着け、首から布を垂らしている。貴族に似た格好にも見えるが、どの家にも属しない異様な格好であった。


 彼は周囲を見回し、入り口となっている妙に固い地面に触れる。砂地の下に石材らしきものが見える。


「千年以上前に作られたにしては、とても表面が滑らかだ。このレベルの建築は、王都で探しても見つからないかもしれない」


 などと言いながら感心していた。


 サガラは地下に続く穴を見下ろす。


 入口を塞いでいる金属の板は、歪に朽ちており、彼は難なく地下に続く階段に侵入することができた。


 どこから取り出したものか、彼の手には筒状の道具を持っていた。


 それは懐中電灯と呼ばれる、この世界には存在しない、暗闇を照らす道具であった。


 サガラは足元を照らしながら階段を下りる。


 しばらく進むと、広い空間に出た。


 トムスが記述した歴史書の通り、何もない地下室だ。


 調度品はおろか、盗賊たちが根城にしていた痕跡すらもほぼ残されていない。入口が閉ざされているためか、生物の息遣いすらも感じられなかった。


 サガラは周囲を懐中電灯で照らす。入口周辺の地面と同じように凹凸もない滑らかな表面の石材で覆われている。


「これじゃまるでコンクリートの打ちっぱなしじゃないか」


 などと独り言を言って、何もない部屋の中を歩き回る。


 サガラの驚きはさておき、地下室はあまりに人工的であり過ぎた。壁や床はわずかな歪みのない精緻なもので、どのような技術で作られたかを推測することすらできなかった。


 貴族の屋敷にも地下室というものは存在するが、地面を浅く掘ったのちにレンガで壁を覆うような構造のものばかりだ。継ぎ目のない床と壁を見れば技術の違いは明らかだった。


 サガラが立ち止まる。


 四角い部屋の奥に、さらに下に続く階段を見つけたのだ。


「まだ下があるのか」


 サガラは足元を照らしながらさらに下階へと降りていく。


 コツコツと、足音が聞こえた。


 サガラのものではない。地下に別の誰かが居るのだ。整備された床と凹凸のない壁は、足音を強く響かせていた。


「誰ですか!?」


 そこには一人の青年がいた。貴族のような魔術師のような、中途半端としかいいようのない服装をしており、手には、サガラ見たこともない小型の照明を持っていた。


 それはランプのように火が灯っているものではなく、ガラスでできた筒状の照明器具で、サガラの持っている懐中電灯にも似ていた。

 

 青年はおそるおそる、サガラの様子を伺っている。


 サガラの手からは、いつの間にか懐中電灯が消えている。光を向けられた彼は、敵意がないことを示すために手を高く挙げていた。


「こんなところに人が居るとは思わなかった」


「だから誰なんですか!」


 青年は警戒していた。


「ぼくはこの遺跡を調べに来たものだよ」


 サガラは何食わぬ顔で応える。


「王都の方ですか? それとも魔術師学院の?」


 青年はサガラに近づき、サガラの顔を伺っている。


「そのどちらでもないよ。趣味で各地の遺跡を調べている者だ。在野の研究者ってところかな」


「所属なしでそのようなことをする人間が居ますか」


「いないとも言い切れないだろう。仮にぼくがどんな所属だったとしても、それを証明できるものを持ち合わせていないけれどね」


 サガラは手を挙げたままで応える。


「明かりはどうしたんですか? ここまで暗かったはずですが」


「さっきまで持っていたんだがね。落として消えてしまったんだ。暗がりで迷っていたところに階段から君の足音が聞こえたんだよ」


 ともっともらしいことを言う。


「本当に……王都の人ではないんですね」


「うん。ぼくは各地を回っていろいろな調べ物をしているんだ。どこかに発表する当てもないんだけれど、ちょっとした目標があってね」


「目標というのは?」


「ぼくは変わったものを集めて、一つの点に結びたいと思ってる。西で見つけた遺跡と同じ構造の建物を東の端で見つけることができるみたいなね。それが、世界の仕組みを知るきっかけになると思っているんだ。普通の人が見落とすちょっとした異変や違いが、世界の根幹につながっているような気がしてね」


「わかるようなわからないような……」


「それで言うとここはすごい。いったいどんな技術で、こんな平滑な壁を作り上げたんだろう。実に興味深い」


「分かりますか!!」


 すると急に青年は身を乗り出す。彼の目は子どものようにキラキラと輝いていた。


「まあね。大陸の技術が集まる王都でも、再現は不可能じゃないかと思うね」


「そうなんですよ! でも誰も価値に気づかない! エダナに関する歴史書があるんですが、そこにも“空っぽな地下”と散々に書かれている、全然わかっていない!!」


「トムス・アルトマンの著作かい? あれは読んだよ」


「あんなもの知識もないエセ研究家の駄文です。王都成立後に王都から多くの人間がこの場所を訪れたようですが、この価値は誰にもわからなかった。もしも王都の職人が来ていたら、こんなもの作れるはずがないって、一目でわかったでしょうけどね」


「君はなぜここに?」


 興奮する青年に、サガラが聞いた。


「私ですか? 私は偉大な錬金術師の足跡をたどってここにやってきました」


「とういうのとこの建物は……」


「壁や床、全体を構成するものすべてが錬金術で作られています。物質を再構成する技術だけであらゆるものが造形されています」


「錬金術……ぼくはあまり詳しくはないのだけれど、今の錬金術にはこのようなものは出来ないのかい?」


 すると青年は落ち込むように顔を伏せる。


「今の錬金術師たちでは大規模な建設は不可能です。現在では魔術師に取って代わられ、貴族の庇護のもと、かろうじて生きている存在ですから。冒険者となる者もいるようですが、あんなものは武器を加工しているにすぎません」


「なんだかとっても錬金術に詳しいみたいだ」


「ああ、申し遅れました。私はルーベル・ログブレイズ。王都の錬金術師です……名乗れるほど錬金術を披露したこともありませんが」


「ぼくは、そうだな……サガラと名乗っている」


「サガラさん。あなたは錬金術に理解がありそうだ。良ければ、一緒にこの遺跡を調べてみませんか?」


「それはありがたい。けれど、ここには何もないらしいじゃないか。ぼくも期待せずに来てみたのだけれど」


「いえ、ここには、何かあるはずなんです。私はそれを探しに来ました」


「面白そうだ。邪魔でなければ同行させてもらおうかな」


「よろしくお願いします。魔物などはいないはずなんですが、一人だと心細くて仕方なかったんですよ」 


 青年は安堵の表情を浮かべていた。

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