少女の生き方
「……恩返しだよ」
スララギが言う。
「恩返し?」
わたしは言葉を繰り返す。
「私はね。師匠から貰った恩を返したいんだ。たった一人で道に迷っていたわたしを、師匠は助けてくれた。今となっては彼女に返すことができないけれど、別の人間の助けになることならできる。人に魔素の使い方であったり、魔術を教えるのは、わたしの使命だと思っているんだ」
使命。なんて捉えどころのない言葉なのだろう。
「わからない。その使命ってもののために、わたしのような危険な存在を生かしておくの?」
「君の言いたいことはわかる。けれど人の衝動や意志に理屈なんて必要ないんだ。そこにはただ、人の想いがあり、責任がある。私は師匠にもらったものを次の誰かに伝える。それだけだ」
「それも、師匠に教わったの?」
「うん。直接は言われなかったけれどね。けれど、師匠もまた、どう生きるべきかを迷い、その結果、私のような人間を導くことを選んだような気がする。まあ、実際のところは不明だが、私はそう受け取った」
「理屈もなければ根拠もないってわけ?」
「ないんだなあ。でもそれが、人ってものだよ」
「なんだか適当ね。師匠って、どんな人だったの?」
わたしはスララギの言う師匠のことが気になっていた。会ったこともない人間に興味を持つなんて、自分でも驚いていた。
「とても良い人だったよ。生意気な私を優しい言葉で諭してくれて、どんな疑問にも答えてくれた。規則正しい生活を送り、自分で作物も作っていた。私は人としても師匠を尊敬しているよ」
「あんたと全然違うじゃない」
「そうなんだよなあ。どうしてこうしてなってしまったのか」
笑顔のスララギはどこか誇らしげだった。
「師匠は自分のことを語らなかった。なぜ聖地を治めることになったのか。治める前は何をしていたのか、そして、何故あれほどに魔術を極めていたのか。そういう意味ではトーマと似ているかもしれないな。あの人も、過去のことをあまり話そうとはしなかった。王都に来てからの魔物との戦いについては教えてくれたけれど、その前の、どんな少年時代を送ったか、という話になると、途端に口が重くなった」
スララギは言いながら、遠くを見ていた。きっと、過去に思いをはせているのだろうと思った。
「……ああ、すまない。そんなわけで、私は君を教えることに決めたんだ。納得してもらえたかな?」
「理屈もなしに納得なんかするわけないでしょ。でも、スララギが本気なのは伝わってきた」
「魔術師は魔素に真摯であるべし。これも師匠からの教えだ。魔術に関する限り、自分の決めたことを曲げるつもりはない。私が責任を持って君を育てるよ。といっても、甘くするつもりはないけれどね。自分の力を制御するつもりがない、あるいは暴走を止められないようであれば、容赦なく君を消すつもりだ。今度ははじめから全力でやって跡形も残らないようにする」
そう言って、スララギがニヤリと笑う。
「元魔王相手に恐ろしいこと言うのね」
わたしも笑顔で返す。それもまた、わたしなり覚悟だった。
「もしも――」
スララギが言う。
「ん?」
「もしも君が、力を完全に使いこなすことができたら、ここにいる必要はないよ」
「私のような存在を、外に出してしまってよいの?」
わたしはおどけるように言う。
けれど、スララギは、真剣な目でこちらを見ていた。
「私は君を信用しているんだ。しばらく生活してみて、その確信がますます強くなっている。だからもしも力をうまく扱えるようになったら、ここを出て、自由に生きてみるといい。もちろん、人を殺せないという枷はつけさせてもらうが、それでも、ここに居続けるよりはいいだろう」
「なんだかえらく評価してくれるのね。わたしなんて、人間にとって害でしかないのに。あんたの大切な人だって、結果的に殺してしまった」
「生まれたからには自由であるべきだ。生きて行くうえで制限はあるにしても、他人の意志を妨げる権利はない。強制などもってのほかだ」
「あなたって、優しいのね。それに……」
「愚かか?」
「ちょっとね」
「そうかもしれない」
スララギは苦笑いを浮かべていた。
「わたしも、出来ることなら外に出たい。ずっと前から、どこかに閉じ込められている感じがして、ようやくいろんななものから解放されたの。だからいつかここを出たいと思ってる」
「教師というのは、いつも生徒を見送るものだ。いつまでも囲うものではない」
「でも……もしも、わたしが外に出て、あの姿になってしまったら?」
それでも心配は付きまとう。わたしはスララギと接することで、明確に人を殺したくはなくなっていた。
「その時は……私が殺しに行くさ。命を懸けてでも君を止める。それが私に与えられたもう一つの使命だと思っている」
「そう。ありがとう」
その時、ガサガサという音とともに扉の方からパタンと音がした。
これは扉の下につけられたゴアルガス用に入口が開いた音だ。スララギがいつでも外に出られるようにつけてくれた。
最近ではゴアルガス一匹で外に出て、勝手に食事などしている。
「外で虫取るのにも慣れてきたっすよ!! 最初はなんで食事なんてとる必要があるんだとか思ってたんすけどね。実際やってみるとこれが案外楽しいもんすよ。空腹からの食事による充実。生き物ってのはこういうのを感じてるんすよね。ただ、なんつうすか。排泄ってのはまだよくわからんすね。こんなもんなければいいのにって思うんすけど、そうもいかないっつうか」
べらべらと喋り続けている。どうやら体を動かしているうちに、怒っていたことがどうでも良くなったらしい。ゴアルガスのそういうところは見習うべきところかもしれない。
正直うるさい時もあるけど。
「ゴアルガス、機嫌治ったの?」
「機嫌? なんのことっすか? いやしかし、ようやくこの体にも慣れてきましたよ。飯の意味も分かってきました」
「じゃあ、これからまた練習するから付き合ってよ」
そう言って、私は立ち上がった。
「良いっすよ。でもあいつは近寄らせないでくださいね」
「まだ苦手なんだ」
「苦手とかどうとかいう話じゃないんすよ! 人間と仲良くする魔物なんていないっすからね」
「残念だなあ。君のために家まで作ったのに」
スララギがニヤニヤしながら言う。ずっと思っていたのだけれど、スララギは、ゴアルガスが、と言うより生き物が好きなのかもしれない。懐くなんてことは一切ないのに、食べ物を用意したり、出入り口を作ったり、寝床を作ったり、世話を焼いている。
クククと、相変わらずゴアルガスは威嚇している。
いつかこのトカゲと魔術師が、和解するときは来るのだろうか。
「まあ、それは良いとして外に行くよ」
「お供します!」
わたしは扉を開け、後ろをついてくるゴアルガスと一緒に外に出る。
「なんかやる気っすね」
「まあね」
わたしはいつかここを出る。
いつになるかわからないけれど、必ずだ。
ここに居たくないわけじゃない。
でも、自由に生きることは、わたしの夢だから。
ここではないどこか。
そんな風景を想像しながら、わたしは練習場へと向かった。
第九話、完。
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