魔術師の過去
スララギは語り始めた。
「私が生まれたのは聖地と呼ばれる場所だった」
「聖地?」
「王都から少し離れたところにある魔術師の研究施設が集まる場所だ。理由は解明されていないが、魔素濃度が高い土地でね。王都成立以前から特別な場所と知られていたらしい。私はそこで生まれた」
「あなたにも親がいるのね」
「親? そりゃあいるさ。人、というか生き物のほとんどに親はいる。君にはいないのか?」
「わたしにはいない。作ったという存在と育ててくれた魔物はいるけれどね」
わたしはガルファスを思い起こしながら言う。
「そうか、詳しく聞いてみたいところだが、今はやめておこう。とにかく私は聖地で産まれた。しかし、両親が誰なのかはわからない」
「何故?」
わたしは首を傾げる。
「私は赤子の時に捨てられたからだ」
「捨てる? どうして?」
人間にはわからないことが多すぎる。
「人にはあるんだよ。子を捨てなければならないやむにやまれぬ事情というものがね。聖地は魔術師が集まる場であることに加え、貴族や商人が訪れる観光の名所でもあった。まあ、とにかく人が多い場所だったというわけだな。そこでは、長い休暇を過ごす見知らぬ男女が出会い子を成す、なんてことがざらにあった」
「わたしにはわからないけれど、魔物たちは血というつながりを大切にしていた。人間はそれを簡単に断ち切ってしまうものなの?」
「捨て子は動物や魔物の世界でもあることらしいけれどね。しかし人間が子を捨てる時には、もっと複雑な事情がある。身分の違いであったりすでに別の伴侶が居たとかね。一つの言葉ではくくれない事情があるのさ。私は路地裏に捨てておかれていたそうだよ。捨てられた私は、ほかの子供と同じように、聖地の孤児院に入れられた」
「孤児院?」
またわからない言葉だ。
「捨て子を育てる施設さ。さっきも言ったが、こんなことはよくあることなんだ。貴族の令嬢が身籠ったことに気がついて、身分を隠して聖地で子を産むこともある。だから孤児院には生まれも知れない沢山の子供たちが居た」
「捨てるのなら、子など作らなければよいのに」
「それで止められないのが人というものでもある。とはいえ、聖地で生まれた子の未来は暗いものではない。魔素で満たされた場所で生まれた子は、生来から魔素と戯れ、魔術師の適性が高い子どもが多い。孤児たちを養成する修練所も整えられており、冒険者や騎士になる機会も十分に与えられる。さらに言えば、聖地には働く場所がたくさんあるからね。王都で孤児になるよりはよほど恵まれて言えるかもしれない」
修練所、冒険者、わからない言葉もあるけれど、今は聞かないことにした。スララギが聖地と呼ばれる場所で生まれた。それだけ分かれば十分なはずだ。
「どういう子どもだったの?」
人間の寿命は短く、幼い時期も短いと聞いている。スララギにも小さな頃があったのだろうか。まったく想像できなかった。
「私の話に戻ろう。自分で言うのもなんだが、幼いころから魔術師の才能を開花させ、孤児院で最も優秀な子供の一人だった」
「いやな言い方」
「客観的な事実だ。孤児院出身の魔術師が多く、研究所から古巣に遊びに来る者も多かったのだが、その誰もが私の力を認め、皆が皆、私に知識を与えようとした。私は魔術に関するあらゆる知識を幼少のころに手に入れ、物心ついたころには、その魔術師たちさえ上回る力を身に着けていた」
「はいはい。周りよりもすごかったってことね」
「……まあ、そうなんだ。実際、私は自分の力にうぬぼれた。何しろ、周りに私より魔術を使えるものが居ないのだからな。私は彼らから最上級の教育を与えられたが、同時に孤独でもあった。私はほかの孤児たちと一切馴染めず、ずっと一人だった」
「孤独……」
わたしはスララギの言葉を繰り返す。文脈から意味は分かる。けれどそれは感じたことのないものだった。
「周りに同等の力を持つ者がいないというのは悲しいことだよ。寂しいなんて、当時は絶対に口に出すことはなかったがね。寂しいという気持ちを押し殺すために、私はさらに魔術に打ち込んだ。魔術にさえ集中していれば、誰も私に口出しできなかったからな。結果、私は増長し、周囲のすべてを見下していた」
「やなやつ」
「ああ、やなやつだった。だがそれは自分を守るためでもあった。私の敵は多かったからね。周囲への反発から、私は強くあろうとし、その結果、回りを見下すような人間になってしまった」
スララギはため息をつき、微笑を浮かべた。それは、過去の自分自身対する笑いのように思えた。
「そこで事件が起きる。私より年上で魔術の才能を認められていた孤児のイザベラが戦いを挑んできたのだ。今思えば嫉妬、だったんだろうな。彼女は早熟で、孤児院に来る魔術師の一人に憧れを抱いていた。後から生まれ、彼女よりも特別扱いされていた私が許せなかったのだと思う。彼女は私の存在を否定するような言葉を吐き、それがきっかけとなって、戦うことになった」
「どんな言葉?」
「……覚えていないな。大したことのないものだったはずだ。しかし私も若かった。イザベラの言葉を無視できず、挑発に乗ってしまった。魔術のことに関して、自分が最も優秀であることを譲るわけにはいかなかったんだ」
「殺したの?」
「まさか」
と答えるスララギの表情は暗かった。
「殺しはしなかった。だが、相手には一生消えない傷を残してしまった。私は孤児院の管理人に厳しく罰せられ、聖地からの追放すらも議論されたほどだった。もともと私の態度が目に余っていたんだろうね」
「仕掛けてきたのは相手の方なのに? スララギだけが悪いようには思えない」
「これもまた人が共同体を作るために必要なことだからだよ。もしも力の強いものが正しいとなれば、争いによりすべてが決定してしまう。聖地からの追放が決まりかけた時、ある人間が手を挙げた。それが聖地を治める領主ルダネア・ベラーナだ」
「ルダネアって……」
わたしはスララギの名に思い至る。
「そう、私の家名はその名から来ている。彼女は『いずれ、いらなくなるものだから』などと訳の分からないことを言っていたがね。どのような手続きがあったか知らないが、私は孤児にもかかわらず家名を得た」
「ふうん。家名ってよくわからない」
「家名ってのはね、貴族や王家に認められた一部の人間しか持っていないものなんだ。貴族出身の魔術師なんかは当たり前のように持っているけれど、よほどの実績がなければ与えられないものだ。だから私はとても感謝した。家名を名乗ることができるからじゃない。実際は違うとしても、あの人に家族にしてもらえたような気がしてね。話を戻すが、私はルダネアに拾われ、彼女の住む小さな小屋で生活することになった。そこで私は魔素の扱いを知ることになる」
「今のわたしみたいに?」
「この家よりもずっと狭い場所だったがね。私は彼女のことを師匠と呼び、魔術に関するあらゆることを教わった。師匠の教えは、研究所の魔術師たちとは全く違うものだった。それは学院で教えるような魔術体系とは異なる彼女独自のもので、私はそこで魔素の核心に触れた」
「どうしてその人間は魔術に詳しいの?」
「私にもわからない。師匠は単なる領主に過ぎないはずだったが、彼女は誰よりも魔素、そして魔術に通じていた。あの頃から随分と力をつけているつもりだが、今の私でも師匠に勝てる気はしない」
「あんたより上がいるんだ……」
考えるだけでも恐ろしい。スララギはまだしも、わたしに敵意を持つ魔術師が大勢いるようであれば生きていられる自信はなかった。
「ハハハ、安心しろ。私はその後王都に出て、魔術学院に所属することになるわけだが、私以上の、まして師匠以上の魔術師に出会ったことはなかった」
「ほんとに?」
うかつに信じることはできない。わたしはまだ、スララギにしか会ったことがないから。
「仮に君と同等かそれ以上の人間がいるとしたら、それは別種の脅威となりえるだろう。魔術学院や王都は、そんな存在を許しはしない。私も師匠も、力や思想の面である一定の枠組みに収まっているからこそ生きることを許されている」
「その師匠というのはまだ生きてるの?」
「私が王都に出た後、引退し、次の代の領主に変わったらしいが、後のことはわからない。会いたいとも思うが、師匠からもう会いに来る必要はないといわれているからね」
「なるほどね……」
私は考える。スララギを超える存在が居るかもしれないということは覚えておくべきだと思った。
「その……学院? にも力を持つ人間はいた?」
「怖がらせてしまったかな?」
「そんなことはないけど……」
「言ったように私を満足させる人間はほとんどいなかった。学院で仲の良い者はいたがね。学院から最高位魔術師の称号をもらってから、しばらくは教師の仕事をやってみたが、最後まで私を脅かす生徒は現れなかった。素直に尊敬できたのは、トーマくらいのものさ」
スララギは笑顔を浮かべた。トーマという人間の話をするとき、とても楽しそうに笑う。
「どうして、人に教えるのをやめてしまったの?」
それは、わたしが一番聞きたかったことかもしれない。どうして人に教えることを辞め、そしてどうして今、わたしに魔素のことを教えているのか、それを知りたかった。
「やめたわけじゃないさ。今だって、君に教えているだろう? 魔術学院を出たのは、単純な話、やりたいことができてね。以来ここに魔女の館を建てて、ずっと一人で住んでいる。他人に制限されないってのは楽なもんだよ」
わたしは、ここで、スララギに聞かねばならないと思った。
「魔素のことをわたしに教えて、スララギは何を得るの?」
スララギの狙いは一体何なのか、何のためにわたしを活かすのか。これまで疑問に思い続けていた核心に触れ、わたしは、スララギの言葉を待った。




