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月下の対峙



 夜の帳に月が浮かび星々が瞬いている。

 王都の郊外に居を構えるヒルグレイブ公爵の私邸の庭園は白く柔らかな月光に照らし出されていた。手入れの行き届いた庭園をテラスから見下ろし、ノルクス・ヒルグレイブ公爵は痛飲していた。すでに随分赤くなっている顔はだらしない笑みで緩んでいた。


「ようやくだ。ようやく……」


 琥珀色の液体の入ったグラスをぐるぐると揺らしながらブツブツと呟いている。


 向かいに座った仮面の魔法使いは酒にもつまみにも一切手を付けていない。ただ案山子のようにいるだけだったが、ノルクスにはそれで十分だった。


「それで? アルベルト……陛下の、遺体はどうなっている?」

「冒険者たちには仕留めたら遺体は持ち帰るよう厳命してあります」

「そうかそうか。っふふ。ふははは」


 笑い声で体が大きく震え、酒が零れる。手が濡れてしまう。

 ノルクスはグラスを置いて濡れた手指をベロリと舐めた。


「……ようやく、王国の実権を握れる」


 酒のせいでとろんとした目つきではあったが、その双眸には昏い情念が渦巻いていた。


「私が正統な継承者なのだ……。私にこそ、あの玉座は相応しい」


 うわごとのように呟いた。虚空に伸ばした手が彼にしか見えていない玉座の幻影にかかると、ノルクスはにやりと笑った。


「すべて、すべてそなたの尽力のおかげだ」

「ノルクス様に王国を主導していただくのは()()()の望むところでありますれば」


 仮面の魔法使いは慇懃に応じた。


「はははっ。無論、便宜は図らせてもらうぞ」

「ありがとうございます」

「さしあたっては関税の撤廃か? 何でも申すがよい。王国の全ては私の思うがままだ」


 干したグラスに酒を注ごうと瓶を酒瓶を掴んだ。

 その時だった。


「――我が世の春ですね、ヒルグレイブ公爵」


 どこからともなく声が響いた。


「何者だ!?」


 ノルクスはガタンと椅子を蹴倒して立ち上がり、やや呂律の回らなくなった口調で誰何(すいか)する。


「刺客を差し向けておいて何者だ、はないでしょう」


 飄々とした口調。どこかで聞き覚えのある声だった。


 刺客を差し向けておいて?

 そんな相手はひとりしかいない。


 酩酊したノルクスの顔から、さっと血の気が引いた。

 そんな――


「――まさか!」

「ええ、そのまさかです」


 声は庭園から聞こえてきた。

 ノルクスはテラスから身を乗り出して見下ろした。


 庭園の舗装された通路の交差する中央部、贅沢な噴水の前にふたりの人影があった。ひとりは少女。長い黒髪が月光を艶やかに弾いている。もうひとりは朴訥とした青年だった。町ですれ違っても記憶に残らないような特徴の少ない容姿。その青年が口を開いた。


「こんばんは。アルベルト・リーデルシュタインです」

「陛下、何故……、どうして」

「どうして生きているか、ですか?」


 先回りされてノルクスは両手で口を覆った。仮面の魔法使いを睨みつける。一体どうなっているんだ、と目で訴える。仮面の魔法使いが何も答えなかった代わりに、アルベルトが口を開いた。


「あなたがたに油断してもらうために、ちょっと偽装工作をしました」


 そう言ったアルベルトと黒髪の少女の姿が掻き消えた。

 次の瞬間、テラスの手すりにふたりは立っていた。


「《瞬間移動(テレポート)》!?」

「いえいえ、ただの《短距離跳躍(ショートジャンプ)》ですよ」


 こともなげにアルベルトは言う。

 あのポンコツ第三王子にこんな能力があるなどノルクスは知らなかった。


「さて、ヒルグレイブ公爵。おとなしく罪を認めてもらえませんか?」

「な、なんのことですかな」

「今更しらばっくれるのは無しでしょう。今回の暗殺未遂だけじゃないですよ。振り返ってみれば農地開拓の邪魔をしてみたり、対立する侯爵家ゆかりの商会に“蛇の爪(スネイル)”を差し向けたり、侯爵系貴族の令嬢に呪いをかけたり。それからゾンビハザードも。……随分と色々やってくれましたね。そっちの仮面の人に手を借りたんですか?」

「い、言いがかりだ! 何か証拠でもあるのか!?」

「“蛇の爪”の件は推測ですけど、他についてはローザさんが調べてくれましたよ」


 あの一族の面汚しめが。余計なことをしおって。

 ノルクスはヒルグレイブ家の末席に名を連ねる宮廷魔術師を胸中で毒づいた。


「深き森とアップルトン伯爵の敷地に仕掛けられていた魔法陣はいずれも古めかしい術式で、少なくとも王国ではほとんど使われていません。近隣だと――帝国あたりですよね?」


 ビクリ、とノルクスは肩を震わせた。

 アルベルトは構わず話を続ける。


「ゾンビの作成に使った感染魔術や死霊魔術も帝国のお家芸でしたっけ。もしかしてそちらの仮面の方は、帝国の魔法使いですか?」

「事前情報などアテにならないな。無能という評判は目くらましだったか」


 仮面の魔法使いはノルクスに告げた。


「考えようによってはちょうどよろしい。ノルクス殿、国王は此処で始末してしまいましょう。敷地内のことであればいくらでも後片付けはできるでしょう」

「う、うむ。わかった」


 言われるがまま、ノルクスは屋敷に向かって声を張り上げた。


「曲者だ! 曲者が侵入した!!」


 屋敷の中からぞろぞろとノルクスの私兵が姿を現した。装備はバラバラで傭兵然とした者も少なくない。彼らは侵入者二名を素早く取り囲んだ。階下、庭園にも飛び道具を装備した私兵が配置につき狙いをつけている。


「あの賊を討ち取れ! 討ち取った者には望みの褒美を取らせるぞ!」

「「おおおっ!!」」


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