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あの時、ダンジョン最下層にて



「我が主!!」


 エンズの叫びには切羽詰まった色が滲んでいた。

 余裕の無い響きはどこか悲鳴のようでもあった。

 エンズは僕に、というよりは僕の背後に視線を向けていた。振り返る。いくつもの武器が眼前に迫っていた。血走った目。荒い呼吸。タッカーの無精髭。ひどくゆっくりと時間が流れているような錯覚。明確な殺意が僕に迫っているというのに。


 だけど、それだけじゃなかった。

 汎用スキルの《気配察知》は別の衝動的な感情を捉えていた。


「やめるんだ!!」


 僕は反射的に叫んでいた。


 振り下ろされるはずだった武器は僕に当たる手前ですべての動きが止まった。僕の制止の声に応じたわけではない。刹那の間に地面から生えてきた石でできた木の幹や枝に受け止められ、絡め取られていたのだ。


 白い石の樹木としか言いようのないソレはタッカーやノリス、三人の女性冒険者を締め上げ、急所――目とか喉とか――に向かって尖った枝先を伸ばそうとしていた。


「やめるんだ、コアルちゃん」


 僕がもう一度、迷宮核(コアル)に制止を促すと、白い枝先は動きを止めた。石の破片がパラパラと落ちて地面に溶けるように吸い込まれて消えた。



「うぅー……」

「助けてくれてありがとう。でも、動きを止めるだけで十分だから」


 コアルの殺意に満ちた防衛衝動を《気配察知》で感じ取っていなかったら、きっと彼らは守護者(石の樹木)皆殺しにされていただろう。危ない所だった。


「……おい小娘よ」

「だぁう?」

「我が主を護ってくれたこと、一応礼は言うておく」

「うー!」

「フン。だからといって調子に乗るでないぞ!」

「うぅ!!」

「ええい、寄るな触るな!」


 なんだかエンズとコアルが仲良くなっているみたいだ。エンズに言ったら否定しそうだけど。

 とまあ、それはそれとして、


「どうしようか、この人たち……」


 身動きが取れなくなった五人は真っ青な顔をして汗をダラダラかいていた。


「どうもこうもあるまい」


 エンズの双眸がギラリと光った。口を三日月の形に歪めて、五人の周囲を意味もなくぐるぐると歩き回った。


「我が主の命を狙ったんじゃ。殺されても文句は言えまいよ。それくらいの覚悟はしておったじゃろうしな。ふふ、ふふふふふっ」


 笑っているけど全然笑っていない。怖い。怖いよエンズ。漏れ出す憤怒は物理的な圧力を感じさせるほどだ。少しでも動いたらそれだけで殺されかねないと五人は思っていることだろう。


「けど、殺す必要はないんじゃない?」

「やれやれ。命を狙われておったというのに我が主は寛容じゃな」

「命を狙われるのは今にはじまったことじゃないしね……」


 父上が亡くなったその日に暗殺者が部屋まで押し入ってきたのだから今更だ。

 それに、


「せっかくだから話を聞かせてもらった方が有意義じゃない?」

「なかなか(ワル)じゃな。――さて、助かりたければ(おの)が命と釣り合うだけの情報を吐き出せと我が主は仰せである」


 エンズの宣告に堰を切ったように全員喋り出した。

 依頼人のこと。

 依頼内容のこと。

 知っている範囲のあらゆる情報を、何もかも。 






 タッカーとノリス、女性冒険者たち。

 どちらの暗殺の依頼人も同じらしかった。


「怪しい仮面かあ……」

「おそらくそやつは仲介人じゃろ。黒幕は別に居ると思うぞ、我が主よ」

「うん」


 仮にも国王暗殺だ。直接依頼するとは考えにくい。


「僕の殺害が成功した場合、報告はどうやってする段取りだったんです? まさかダンジョンを出て知らせに行くってわけじゃないですよね?」


 コアルに頼んで石の樹木の束縛から解放された五人は一列に並んで座っていた。東方で言うところの正座というやつ。


「ええと、成功時には《伝達(インフォーム)》の巻物(スクロール)で知らせる手筈でした。これです……」

「この巻物って、なんでも伝えられるんですか?」

「いえ、成功の文字だけを伝える、って聞いてます」


 失敗した時には使わないだろうから詳細なメッセージを送る必要はないってことかな。ということは、だ。


「エンズ」

「我が主」


 僕とエンズは同時に同じことを思いついていた。

 顔を見合わせて、悪い笑みを交わす。


 僕はタッカーの《伝達》の巻物で、仮面の依頼人へ暗殺成功の()()を送りつけてやったのだった。


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