王の制裁
――その日、イゾルデ商会の明かりは全て落とされていた。
高い壁を飛び越えて複数の賊が次々と侵入してきた。二十を越える数の人影が誰にも見咎められることなく、だ。訓練され組織だった行動だった。
侵入完了まではきびきびと動いていた彼らの動きに、やがて迷いが生じてくる。どうやら異変に気付いたようだった。まだ営業時間内だというのに、人の気配が全くない。
おかしいのは、それだけではない。
金銭や商品。
彼ら盗賊団のお目当てのモノが何ひとつなかったのだ。
「これは……、どういうことだ」
「わかりません!」
低く冷たい頭目の問いに答えられる者は彼らの中にはいなかった。
ざわつく彼らに向かって、僕は告げた。
「ここの商会の人は全員避難してもらったし、金目のものは一切合財、片付けさせてもらった」
彼らは声の出所を探して周囲を見回した。
「何者だ!」
「どこにいやがる!?」
「姿を見せやがれ!!」
見せろと言うなら、そうしよう。
僕は《不可視化》の魔法を解除した。
「“蛇の爪”の悪事もここまでだ」
薄闇に、染み出すように僕の姿が盗賊団の前に現れる。
「貴様っ! どこから現れた!?」
「はじめからココにいたよ。そう、あなたたちがイゾルデ商会を襲うことはあらかじめわかっていたんだ。それがいつかは分からなかったけど、間に合ってよかったよ」
僕は自分でも意外なほど落ち着いていた。
大勢の盗賊と相対することの恐怖よりも、使命感が先に立っていた。
僕はゼンさんの代わりにここにいるのだ。
彼の復讐心を僕がどうこう言うことはないし、できない。彼の心を《盗み見》してしまった今、その思いを否定なんてできるはずもない。
動機はどうあれ、王都を守護ろうとしてくれたことに感謝の気持ちしかない。あとは僕がやる。僕がここで終わらせるのだ。
「ふざけるなよ、小僧。何者か知らんが、生きて帰れると思うな」
頭目らしい影のような人物が睨みつけてくる。
僕はその殺意に満ちた視線を正面から受け止めた。
「ふざけるな? それはこっちの台詞だ。ひとんちの庭で無茶苦茶しておいて、ただじゃ済まさないよ」
「わけのわからんことを……。やれ! そのガキを殺せ!!」
頭目の号令で盗賊たちが一斉に動き出した。
まずは四人ほどが前後左右から得物を振りかざして突っ込んでくる。
僕は《魔剣召喚》を使用。
虚空から飛び出した無数の魔剣が、すべての攻撃を弾き返しつつ床に突き刺さった。
「なんだとぉ!?」
驚愕する盗賊たち。
びっくりするにはまだ早い。ここからが本番なのだから。
「エンズ!」
僕が声を掛けると魔剣の中の一振り、白い輝きを放つ黒刃が人型へと姿を変えた。
黒髪の少女は頬を膨らませてプリプリ怒っている。
「都合のいい時ばかり呼び出しおって!」
「ごめん」
「フン。話は後じゃな。賊どもでも斬り伏せて憂さ晴らしさせてもらおうか」
「殺さないように無力化して」
僕がそう言うと、エンズは露骨に舌打ちをした。
「剣に殺すなと命じるとは頓珍漢な話じゃな」
「そこをなんとか」
「承った、我が主よ」
「何ごちゃごちゃ言ってやがる!」
ひとりの盗賊が殴りかかるのを、エンズは無造作に躱した。
すれ違いざま腕を一振り。盗賊の肘から先がゴトリ、と落ちた。
「我が主よ、殺しはせんが傷はつけるぞ」
言うなりエンズは次の獲物に飛び掛かっていく。
目を爛々と輝かせ、狂気めいた笑みに口を歪めながら。
盗賊たちの悲鳴混じりの怒号を聞きながら、僕は魔法銀の直剣を手に取った。「クラス:剣匠」を有効化。
僕は頭目へと向かう。
エンズよりも僕の方が与しやすいと思った何人かが立ち塞がった。
《身体強化》×3
《加速》×2
《予見》
ステータスを底上げしてさらに加速し、先読みを添えて攻撃する。
僕の斬撃を受け止めることもままならずあっという間に三、四人が倒れた。
油断なく周囲に視線をやる。
僕の動きが予想外に鋭かったため、間合いを取ろうとする者が多い。ただ、彼らの後ろで頭目が目を光らせており、この場から逃げることは許されない。
背後からの無言の圧力に押されて、
「うおおおっ!!」
飛び出してきた男の上段からの攻撃は、今の僕にはあまりにも緩慢に見えた。
胴薙ぎ一閃。
勢い余って殺していないか若干心配だけど、呻き声が聞こえるのでたぶん生きている。エンズに不殺を言い渡しておいて僕が殺してしまっては元も子もない。
そのエンズが戻ってきた。
「なんじゃ、まだ終わっとらんのか」
頭目を挟んで僕の丁度反対側に姿を現したエンズは両手の手刀を血に染めていた。
「殺しては居らぬが、動けはせんじゃろ。で、残るはこやつらか」
頭目の周囲にいた手下たちに動揺が走る。
頭目だけは冷静さを欠いてはいなかった。
「お前らで後ろの子供を抑えろ。子供だと思うな。剣の間合いに入るな。いいな。俺はこいつを殺る」
手下たちの返事も待たず、前に出てきた。
するり、と足音も無く近づいてくる。だらりと下げた両手には何も持っていない。と思ったらいつの間にか手の中にナイフが握られていた。
「っ!?」
そしていつの間にか僕の間合いの内側に入られていた。
暗闇に銀光が疾る。
さっきまで僕が居た場所をナイフが抉る。僕は咄嗟にバックステップして回避。
「――これを躱すのか。バケモノめ」
頭目が呟いた。
「人を殺し、モノを奪うことに何の躊躇もない。バケモノと言うならそっちの方がよっぽどバケモノじゃないか」
「ほざけ。おい小僧、お前どこの手の者だ?」
頭目が問うてくる。
会話に付き合うタイプだとは思わなかった。
「王都には熱心な憲兵さんが居てね。僕は彼の代わりだ。――そっちこそ、誰に頼まれてこんなことをしてる?」
「……俺たちは盗賊だ。盗めそうな所へ盗みに入っている。それだけだ」
頭目は下手な嘘を吐いた。
「無差別、無作為の犯行だったら、僕がここに先回りできるわけないじゃないか。僕が待ち伏せできたのは、ここに来るという確信があったからだ」
「……」
「これまで標的にしてきた商会には共通点がある。そうだよね」
「……」
「その沈黙は肯定と受け取らせてもらうよ」
「……どこまで知っていようと、ここで死ねば同じことだ」
頭目が両手を振り回した。
袖から粉塵が宙に舞う。
――毒!?
「体が痺れていては回避もできまい!」
麻痺毒か。
気付いた時にはもう遅い、とでも言いそうな勢いで頭目は再度ナイフを斬りかかろうとした。
だが、
「!?」
僕の《影縫い》によって頭目の方こそ、一歩も動けなくなっていた。
僕は全知の賢人から剣匠に職能を切り替え魔法銀の剣を構え直す。
「麻痺毒を受けて……何故動ける……?」
「こう見えて特別製なんだ、僕は」
〈王の器〉に含まれる汎用スキルの中で反則級のもののひとつ《状態異常無効》について、正直に白状するつもりは勿論なかった。
その代わりと言ってはなんだけど、僕は頭目に斬撃を叩き込んだ。
「命までは取らない。裁きを受けて罪を償うんだ」




