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遭遇



 隊長への進言が不発に終わったその翌日。

 いつものように市中警邏の任務と報告を終えて詰所を後にすると、ゼンは目星を付けている商会のうちの一軒――マリシャール商会へと向かっていた。憲兵としての正式な任務ではない。それどころか退勤後の勝手な行動だった。


 盗賊団が今日来ると決まっているわけではない。

 マリシャール商会に来ると決まっているわけでもない。


 それでもゼンは行動せずにはおれなかった。


 これまでの犯行から、連中が事を起こすのは日が暮れてからと決まっている。

 充分間に合うはずだ。

 まずは商会に注意喚起をして、可能であれば警備につかせてもらいたいところだと、ゼンは考えていた。

 


 大きな店を構えた商会に到着したゼンは、奇妙な感覚を覚えた。

 以前にも感じたことのある違和感が、今もある。


 既視感だ。


 以前にも感じた? 以前っていつだ?


 以前――それは実家の商会が“蛇の爪(スネイル)”の襲撃を受けた時、だと気が付いた。

 あの日、あの時と同じ、不自然な静寂。


「くそっ……!」


 遅かったか。

 焦燥と苛立ちが募る。


 正面の黒い鉄柵の門を押し開き、中に入る。キイ、という金属の軋む音がいやに大きく聞こえた。人の気配はしない。荷馬車には商品が積み残されて、馬もそのまま繋がれているのに。誰もいない。


 やはり、既にはじまっているとゼンは確信する。


 商会の本館と思しき建物の玄関へ向かった。慎重に、慎重に。周囲の警戒は怠らない。玄関に到着し、扉に手を掛けてそっと――


「おいお前」

「ッ!?」


 真後ろから声を掛けられた。と、同時に後頭部に衝撃を受けた。意識を失わなかったのは僥倖というほかない。ゴロゴロと前に転がりながら追撃を避け、声の主の姿を視認。覆面をした男。体型を隠すダボダボの装束。手には細く短い棍棒を持っていた。それで殴ったのだろう。刃物だったら死んでいたかもしれない。


「こんなところで何をやってんだ? ここは私有地だとわかってるか?」

「お前が言うな。そっくりそのままお返ししてやるよ、“蛇の爪”」

「お前……」


 盗賊団の固有名詞に男が反応した。

 棍棒を持つ手が力んだのが分かる。ゼンは懐の警笛を素早く取り出し、思いきり鳴らした。


 ピィイイイイイッ!!


 空気を切り裂き、甲高い音が鳴り響いた。憲兵隊の非常事態を知らせる音色だ。


「やめやがれぁ!」


 男が棒で殴ってくるのを正面に向かって躱し、体当たりで突き飛ばす。背中を建物の壁につけて腰の剣を抜いた。ゼンは自分の勝利条件を警笛を聞いた同僚が駆け付けてくるまで凌ぐことだと考えた。それは概ね間違っていない。


 だが、あまりにも敵の数は多かった。


 背後を突かれないために壁に背を付ける位置取りをしたが、完全に包囲された今、それは退路を断つのと同じ行為であった。


 ゼンの憲兵としての力量は人並みであった。街のチンピラを取り締まるのに不足がない程度。一対一ならまだやりようもあったかもしれないが、多数の盗賊と渡り合えるほどの実力はなかった。すぐに袋叩きにされて動けなくなった。


 全身が痛む。視界の大部分は腫れと出血で塞がれてしまっている。ちょっとでも気を抜くと意識が飛びそうだった。


「いつまで遊んでいるんだ」


 ひどく落ち着いた声がして、ゼンを囲んでいた賊たちに緊張が走った。その男が“蛇の爪”の頭目に違いなかった。せめて顔を確認したかったが、それもままならないのが無念だった。


「さっさと止めを刺せ」

「承知」


 賊のひとりが頷いた。


「残りの者は撤収だ。ついて来い――」


 すぐに他の者たちの気配が遠ざかっていく。

 ひとつだけ、濃密な殺意を孕んだ気配が残っている。


 殺される。

 このまま何もできないまま。

 それだけは承服できない。


 ゼンは身体を動かそうと試みたが、激痛が全身を走り立ち上がることもままならない。気持ちに身体がついてこない。打撲と裂傷だけではなく、骨も何箇所か折れている。あがくことさえままならない。


 狭い視界に影が差した。

 頭でも割られて即死だろうか。

 恐怖よりも、なす術なく殺される悔しさが勝った。


 くそ。


 また、俺は、何もできないのか。


「余計な首を突っ込んだことを後悔しながら死にな!」


 最後に耳にする言葉がコレか、とゼンは思った。

 だが、

 いつまで経っても最後の瞬間はやってこなかった。


 代わりに、


「あの、大丈夫ですか? まだ生きてます?」


 聞き覚えのある気弱な声が心配そうに語りかけてくるのを、薄れゆく意識の中で耳にしていた。


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