“蛇の爪”
あのあと。
ゼンと名乗った憲兵の青年は、お詫びと称して僕を酒場に引っ張ってきたのだ。
「ははは、すまんすまん! ええと、アルスだったか?」
「あ、謝って済んだら憲兵要りませんし。誤認逮捕とか完全にアウトですよ、ゼンさん」
「だからこうして酒を奢ってるだろ。俺は飲めないってのに」
「あれ? 飲めないんですか?」
酒場の店主とは顔見知りな様子だったのに。
「今は勤務時間中だからな。飲むわけにはいかん」
ゼンは大真面目な顔をして大真面目なことを言っている。
職務に忠実。きっちりした人だ。
「き、勤務時間中の憲兵さんが酒場にいて大丈夫なんですか?」
「大丈夫なわけないだろ。バレたらしこたま叱られるに決まってる」
「え、えぇ……」
「だからさっさとその慰謝料を飲み干してくれ。俺は警邏中なんだ」
「な、なんて強引な慰謝料……」
「嫌なら飲むな」
「の、飲みますけど」
「おう、飲め飲め。飲んでもらわないと勿体ないからな。憲兵の安い俸給から出してるんだ」
「……憲兵さんの俸給ってそんなに低いんですか?」
「俺らの薄給ぶりを侮るなよ」
僕の質問にゼンは歯を見せて笑った。憲兵に給金を払ってる側の代表者としてちょっと申し訳ない気持ちになった。当人にこちらを責めるもりはないにしても。
「そ、そんな自信満々に言われましても……」
「機会でもあれば陛下に待遇改善を直訴したいところだな。ハハハ」
あっ、はい。誠に申し訳ございません。直訴されたので検討します。
とも言えないので、
「ソ、ソウデスカ。それは大変ですね」
「安い給金は今にはじまったことじゃないからいいんだけどさ。いや、よくないけどな。──それより最近物騒でな」
ゼンは不意に真剣な顔になった。
「確かにそうですね。日中のひったくりとか、こんなに治安悪かったですか?」
「いいや。王都の治安がここまで悪いなんてことはなかったよ。新王様の即位後あたりからかな。かなり増えてきてるな」
「わ、わァ……」
現場の生の意見が僕の胸にぐさりと突き刺さる。新王の威厳が足りてない、と明言されたようなものだ。甘く見られちゃってますね、僕。
「軽犯罪だけじゃない。アルスは“蛇の爪”って盗賊団の話、聞いたことないか?」
「噂くらいは――」
城下を騒がせる大掛かりな盗賊団のことは噂というか報告書で見て知っていた。僕の記憶が確かなら“蛇の爪”はタチの悪い押し込み強盗だったはずだ。商会とかに大人数で押し入り、金目のものを奪った上で目撃者は皆殺し。既に同一犯と思しき事件が数件。憲兵隊が対応に苦慮しているという話。騎士団を動かすかどうかで揉めていた。
「“蛇の爪”の連中、のこのこ帰ってきやがって」
「帰ってきやがって?」
「アルスは知らないか。連中、過去にも王都で同じ手口で犯行を行っている」
「そ、そうなんですね」
「……絶対捕まえてやる」
そう呟いたゼンの目は職務に忠実なだけではない、昏い炎を宿しているように見えた。気がした。
「し、仕事熱心なんですね」
「アルスも強盗に襲われないように気を付けるんだな。って、憲兵に慰謝料たかるようなヤツのところには連中も来たりしねえか」
「た、たかってないですよ……」
迷惑料だっていってあなたが連れてきたんじゃないですか。
「でも、ありがとうございます。なるべく気を付けるようにします。あなたも張り切り過ぎて怪我とかしないようにしてくださいね」
僕は銀貨を一枚置いて席を立った。
「おいおい、アルス。ここは俺のおごりだって言ったろ?」
「じ、自分の飲み食いした分くらいは払いますよ」
薄給らしい憲兵さんに奢られるわけにはいかない。いくら僕が身分を隠しているとはいえ申し訳なさすぎてとてもとても。




