ある日の出来事
彼が王都の土を踏んだのは実に数か月ぶりのことだった。
馬車には仕入れてきた商品が満載であり、長旅の成果は上々と言えた。彼の父である商会長もきっと褒めてくれることだろう。実に晴れがましい気分だった。
彼の実家は目抜き通りから一本外れた通り沿いにある、王都では中堅どころの規模の商会だった。いつも多くの顧客が出入りし賑わっている。今日もそれは同じ――はずだった。
彼が異変に気付いたのは、商会の門をくぐった時だった。
水を打ったような静寂。
日は落ちかけているものの、まだ店を閉めるような時間ではない。この時間帯はいつもであれば賑やかで人の気配に溢れている。出入りの商人や顧客がいなかったとしても仕事をしている者は幾人も残っているはず。
それなのに物音ひとつしない。
彼はひとまず馬車を降りて母屋に向かった。
扉は開いている。
明かりは点いておらず、カーテンも閉め切っているのか、中はかなり暗かった。
荷物からカンテラでも持ってくればよかったと思いながら、彼は進んでいく。
相変わらずの静寂が不安を掻き立てる。
何故明かりが点いていない。何故誰も姿を見せない。
知らず知らず呼吸が浅くなり、鼓動が早まっていく。
ずるり、と足が滑った。
受け身を取る暇もなく床を転がった。悪態を吐きながら、立ち上がろうと手をついた。その床が濡れていることに気付く。粘り気のある液体。これに足をとられたのだ。濡れた手を鼻に近付けて匂いを嗅いだ。
生臭い錆。矛盾した匂いが鼻を突く。
血だ。血の匂いだ。
彼の目が闇に慣れてきた。目に映るのは倒れて動かなくなった物言わぬ死体。そして血だまり。死体のひとつが顔を、彼の方に向けていた。
その顔は、変わり果てた彼の父のものだった――




