17-3
「――その話を、アルドから直接、聞きたかった。」
アルドから聞いた話の最後に、グラファイトは哀しげに呟いていた。僕はまた慰める言葉が思いつかなかった。
「仕方ないよ。どうしようも無かった、んだと思う。」
僕はグラファイトから目を逸らし、縁側に座った。グラファイトはずっと、青々と茂る山を眺めていた。
グラファイトの為に僕ができることは、何なのだろう。頭の中でその疑問がぐるぐると巡っていた。
しばらくの静寂の後、グラファイトはおもむろに躯を起こした。
「帰るぞ。」
もう良いの?と言おうとして、口をぐっと閉じた。僕は黙って、立ち上がったグラファイトの元に近づいた。
その時、グラファイトは前脚を持ち上げ、そして僕のすぐ目の前の地面を踏み下ろした。
「うわっ」
グラッと地面が揺れ、バランスを何とか保とうとした。その隙を狙って、黒い大蛇のような尻尾に、がっちりと体を掴まれてしまった。反射的に足をじたばたさせて、グラファイトを見上げた。
「な、何をするの?」
僕はあわてて尋ねた。答えは分かっている気がする。
「帰ると言っただろう。」
しかし、予想と反してグラファイトは大儀そうにそう答えた。力が抜けて、手足がだらんとなった。
グラファイトは尻尾をうねらせ、僕を自らの背中に降ろした。
「ごめんなさい。」
僕は恥ずかしい気持ちで俯いた。グラファイトに対してびくびくしている自分を、心の中で強く打った。と同時に、何だか違和感がした。
少ししてグラファイトはバサッと翼を広げ、ゆっくりと走り始めた。そしてふわっと体が上昇する心地がした。この巨躯が、宙に浮いたのだ。
「うわぁ、すごい……」
さっきはそんな神秘にも気が回らなかったが、空を飛ぶということは人間にはできない。今回は風圧も緩やかで、下を見る余裕もあった。すでにさっきまで居た家が遠く、ミニチュアサイズに見える。
「グラファイトはいつも、こんな景色を見ているの?」
「……五月蝿い。また落としても良いのか。」
「ご、……ごめん。」
僕はぐっと前の棘を抱き締めた。気まずくとも、その景色は最高だった。高い建物は無く、せいぜい5階以上の建物は数戸しかない。空から町を見下ろすのは、山に登ったときぐらいだ。山頂の風景と違って、ゴマ粒ほどの人間が細々と蠢いている所まで見える。なんだか滑稽に思えた。
「……か、」
「何か言った?」
「否、何でもない。」
グラファイトとの会話は続かなかった。
遊覧飛行はあっという間に終わって、元のグラウンドに降り立った。グラファイトは黙ったまま、僕を尻尾で巻き取って地面に降ろしてくれた。
「ありがとう……。」
僕はグラファイトの躯を優しく撫でた。そのことぐらいしか、僕に出来ることが無かった。グラファイトは躯を固くしたまま動かなかった。
「とにかく、シャワー浴びてくる。部屋に戻っておいてね。」
なんとなく、一竜にさせてあげたかった。
「待て、」
歩き出そうとすると、グラファイトが呼び止める。「何、」と、グラファイトの方は見ずに言った。
グラファイトはすぐに続きを言おうとしなかった。僕はもう一度、「何、」と尋ねた。
「我は……邪竜だと思うか。」
僕は振り返った、グラファイトは眼を逸らし、そして閉じた。
「他人から見れば、そう見えるかもしれない……。でも、――」
「そうだな、我は邪竜だ。」
「話はまだ――」
「いい。よせ。その方が、我の性分に合っている。我は邪竜になりたいのだ。」
グラファイトは歩き始めた。何も話したくないのだろう。
僕は諦めてシャワーを浴びることにした。




