17-2
しばらく経って、吐き出してもらった。
体中が唾液に塗れてべたべただ。
目の前に木造の建物が現れた。アルドの家だ。
「早く、入れ。」
隣でグラファイトが、静かに促した。僕は促されるままに、血腥い臭いのまま、玄関を開けた。
ガラガラと音を立てて開いた扉、その奥には、あの時と同じ光景だった。
エキゾチックな雰囲気のその先に、アルドが立っているような気がした。その筈は、ないのである。
とりあえず、風呂場を拝借してべたべたになった体をきれいにした。
更に、アルドの服まで拝借してしまった。他に方法が無かったから、仕方がない。
家中を、ゆっくり見て回る。
2階の部屋に白い封筒が一つ、茶色の机の上に乗っていた。
それだけだった。
ほかの部屋を探しても、全てがきれいに整頓されているだけだった。
「どうだったのだ。」
前の時と同じ縁側に座って、僕は手紙を開いた。
「これしか無かった。あとは整頓されていたよ。やっぱりアルドは気付いてたんだね。」
グラファイトは顔を背けた。
何も自分の言葉は掛けられず、手紙を広げた。
「読んで、いい?」
僕は声を落として、尋ねた。グラファイトは何も言わなかった。
「読んでやれ。」
グールが言った。僕は文字を軽く目で追って、読み始めた。
――――きっと僕は、グラファイトに殺されて、死んでいると思います。だけど、誤解しないでください。ラグルがきっと此処に来ると信じて、このような遺書として残したので、必ず最後まで目を通して下さい。――――
ちらとグラファイトの方を見上げると、目があった。
気まずくなって、僕は手紙の方に目をやった。と同時に、グラファイトも顔を背けていた。
僕は一枚目をめくって、二枚目を読み始めた。
――――死ぬと分かっていてグラファイトに会いに行ったのは、僕の懺悔のため、そして自殺のためです。グラファイトと離れ離れになったのは、明らかに僕のせいです。付け加えて、グラファイトの現状を聞いたときに、僕はどうしようもない罪悪感に苛まれたのです。グラファイトの暮らしを、僕のせいで、すっかり曲げてしまったのです。気位の高いグラファイトのことだから、僕を許さないでしょう。
だけど僕は、こんな愚かであるくせに、グラファイトのことが忘れられないのです。グラファイトのことが好きで好きでたまらないんだ。その2つに挟まれた僕は、身動きが出来なくなったのです。僕がこのように人目を避けて生活し始めたのは、この葛藤と戦うためでした。――――
二枚目をめくった。
グラファイトの唾を飲み込む音が聞こえた。
――――葛藤した結果、僕はグラファイトに殺されることを望みました。僕がグラファイトに殺されることは、生きる価値のない僕の唯一の望みなのです。もしグラファイトが許したとしても、僕はグラファイトに殺してくれと頼むと思います。なので、このことで気負いしたり、グラファイトのことを責めたりしないで下さい。
グールにはお世話になりっぱなしで、その上、ノルデン隊長をはじめ、軍の同僚にも迷惑をかけてしまいました。本当に申し訳ないと思っています。最期の身勝手を、どうかお許し下さい。――――
「これで、全部だよ。」
グラファイトは低い声で、返事のような言葉を呟いた。何と言ったのかは聞こえなかった。
それ以降、会話が無くなった。
僕の心がきゅっと握りつぶされる心地がした。
グールが急に、どこかへ飛び去ってしまった。
砂の上に、蹴った足跡がくっきりと残されていた。
2人きりになって、余計に気まずくなった心地がした。
グラファイトは一切こちらを見ず、ただ周りの山を見上げていた。
僕はもう一度手紙を見た。上手い字とはいえないけど、一字一字がぶれずに、丁寧に書かれている、ということはよく分かった。
ふと三枚目の手紙の裏を見てみると、まだ続きが書かれているのに気付いた。
――――追伸;機会があれば、グラファイトに真実を話してあげて下さい。そして、グラファイトのことを、よろしくお願いします。
「あの、さ。」
ぱっと、僕の方を見下ろした。同時に上から水滴が降ってきた。
思わず見上げると、グラファイトは侮蔑するような鋭い目つきで見下した。
「アルドから聞いた話、聞きたい?……本当の、話。」
僕はグラファイトの目をじっと見つめた。逸らせば、負けのような気がした。
「固より、そのつもりで来たのだ。早く話せ。」
グラファイトは、語勢を強めて言い放った。




