18
シャワーを浴び、ノルデン隊長に報告し終えると、すでに陽が傾き始めていた。部屋に戻ると、そこにグラファイトの姿は無かった。
ふと窓の外を見てみると、黒き竜がグラウンドの真ん中で伏せていた。彼の姿はどこか、哀しげだった。放っておくのは、無責任な気がした。
「グラファイトは、邪竜じゃない。」
そう言葉をかけて、グラファイトの目の前に立った。グラファイトは動かなかった。
「それは我に対する侮辱だ。我は邪竜だ。」
「……僕は、グラファイトの全てを受け入れたい。例え邪竜でも、僕は受け入れるよ。」
「何故、其れ程まで、我に拘泥るのだ。」
「全てを捨てる覚悟で、ここまで来たんだよ。言ったでしょ、僕はグラファイトの事が好きなんだ。」
「分からぬ。邪竜に告白など、笑わせてくれる。」
そうグラファイトが呟いた、その時だった。
ビーッ ビーッ ビーッ
突然大きなサイレン音が鳴り始めた。
それに続いて「北西角よりドラゴン1頭!」とアナウンスが入った。
僕はアルドの家のある方とは逆の方を向くと、確かに敷地内に入るドラゴンらしき影が一つ見えた。グラファイトは焦る様子も無くおもむろに躯を持ち上げ、そして北西の方を見据えて歩き始めた。
続けて、横から二頭のドラゴンが地面を揺らしながら駆けてきた。ブレイズとライトだ。
「あの服からして、ジグリオス国だ。」
グラファイトが静かに言った。よく目を凝らして見ると、確かに緑色のドラゴンの上に乗っている人影に、見覚えのあるベージュ色の服が着せられていた。
「しかし、本当に1頭だけなのか。」
ブレイズは訝しげに呟いた。確かに、1頭だけで敵陣に攻めに来るのは無謀だということは、あまり詳細な戦術とかを知らない僕にでも分かる。
遅れてギルベルトとテスラもやって来て、充分に警戒しながらジグリオス国の兵を待った。
「あ、」
かなり近づいてきた所で、僕は声を漏らした。その竜の背に乗った者の顔に、見覚えがあったのだ。
「次官……」
あの時、軍部大臣の後ろで仁王立ちしていた、あのひょろっとした人だ。
それと同時に、ライトが一歩前に踏み出しているのに気付いた。
「どうした、ライト。」
ブレイズは怪訝そうに尋ねたが、ライトはそのまま固まってしまった。
緑色のドラゴンが目の前で、静かに降り立った。そう言えば、どことなくライトに似ている気がする。次に口を開いたのは、その緑竜だった。
「久しぶりですね、ライト。」
「レフト……」
「レフトって、それじゃあ、本当の兄弟なのか?」
テスラが狼狽えながら尋ねると、向こうの緑竜が口を開いた。
「そうです、正真正銘の兄弟です。」
その場の空気が一瞬にして凍りついた。呼吸すら許されないような、一歩でも動けないような、とにかく見えない力で体の全てを拘束されているような感覚になった。
「それと、お前、ラグル・ヴァイルト。」
そんな雰囲気の中、堂々として次官はそう言いながら、レフトの背から華麗に降り立った。
「どうして次官がここに?」
僕は尋ねずにはいられなかった。
「あなたに用があって、わざわざ来たのだ。それと、私はもう次官ではない。クロスウェル長官、あなた方のお陰で私は大出世しました。その事に関してはお礼を言っておこう。しかし!」
僕は思わず一歩退いた。長官は続ける。
「何故連れ戻してこないのだ。それこそ我々ジグリオス国を敵に回す行動ではないのか。」
元々はこんなつもりじゃなかった。グラファイトと一緒に過ごすため、ただそれだけだった。僕はジグリオス国と敵対するために来たんじゃ無い。そう言おうとして、長官は言葉で遮った。
「さてと。今日私が訪ねたのは他でもない、その邪竜を今すぐにでも返してもらおう。」
「返すといっても、元々お前らが奪ったんだろう!」
それを言ったのはブレイズだった。レフトは口元に力が入っている以外は、大きく動かなかった。
「おっと、そんな大口を叩くのか、怖い怖い。あなた方には関係ないのです。お前、」
長官は僕の方を指さして続けた。
「両親がどうなっても良いのか。」
僕は、はっとなった。何度も両親のことを忘れていた、それだけでも悔しいのに、今、何と言った。
「どういうこと……、父さんと母さんは、無事なの?」
「大人しく従っているならば、何もしない。従わなければ、それ相応の罰が下るだろう。」
長官はこちらへ歩きながら、ただ淡々と述べた。緑竜は一切表情を変えないまま、長官の後ろでじっとしていた。
更に長官はじりじりと近づいてくる。何とか言い訳を考えた。
「そ、そんなの、急には考えられないよ。だだ、だって、だ、大事なことは、そんな、今すぐには決められないよ……」
僕はグラファイトの前脚の後ろに隠れようとしたが、グラファイトはさっと脚をどけた。
「答えは一つだろう、何を迷うことがある。」
長官が更に追いつめる。後ろに空間があったが、僕はこれ以上、身動きがとれなくなった。その時
「我は、」
その声にふと見上げると、グラファイトは僕の方をじっと見下ろしていた。
「……我はどちらでも良い。」
「……え?」
「だから、我はジグリオス国に行っても良いと言っておる。さすれば、何も問題は無いのだろう。」
グラファイトが長官の至近距離まで詰め寄って言い放った。クロスウェル長官は顔をしかめていた。
その時、本部の建物の方から走ってくる人影が視界に入った。先頭には隊長が居て、その後ろには、これまたいかにも身分の高そうな、装飾の多い服を着た人たちだった。クロスウェル長官は一歩足を後ろにずらした。
「単独で来るとは、捕虜にされに来たということですかね。」
ノルデン隊長は、クロスウェル長官と向かい合った。
「私を捕虜にする?この者の両親がどうなっても良いのか。どちらにせよ、上流階級の人達には関係のない話か。」
「どこまでも汚い奴だ……。」
ノルデン隊長は悪態ついた。
「僕が行くよ。グラファイトも良いって、言ってくれているから。」
「でも……」
後ろで誰かがそう言い始めたのを、ノルデン隊長が止めた。
「戦力を失うのは惜しいが、仕方がない。私達は、卑怯な真似をしないからね。」
そういう意味では、僕達はラスヴァル国を裏切る行為をするのか……。
僕はとうとう両国共を裏切ることになるのだ。僕はどっちの国に付けば良いのだろう。
「あなた方が物分かりの良い人で良かった。私達も、卑怯なことはしないので。」
二人は睨みあった。僕はそこに足を踏み入れられずに、グラファイトの脚の陰に隠れていた。どんな顔をしてラスヴァル国の仲間を見れば良いか、分からなかった。特にギルベルトは、このことを快く思っていないだろう。
「では、行くことにしよう。」
クロスウェル長官はそう言うと、軽やかな足取りでレフトの背によじ登った。僕もグラファイト乗せに登ろうとすると、尻尾に巻き取られた。そして、背に落としてくれた。
「ありがとう、グラファイト。」
「軟弱が要領悪く登るのを、待つのは嫌だからな。」
グラファイトは大儀そうに欠伸をして、翼を広げた。レフトも翼を広げると、二頭同時に地面を蹴って、大空へと飛び出した。僕は挨拶をしたかったが、お世話になったことを感謝したい気持ちは山のように溜まっていたが、顔を合わせる勇気だけは、僕は持ち合わせていなかった。
しばらくして、かなり高い上空まで飛んできた。ふと横を向いてみると、遠い下の方に、さっきまで居た軍の建物が見えた。グラウンドに赤竜と緑竜の点だけが見えていた。僕の胸が、きゅぅと縮こまって苦しくなる。とにかくぐっとグラファイトの棘を抱いた。グラファイトは何の反応を見せなかった。無理に来させてしまった、ラスヴァル国を裏切ってしまった、そんな罪悪感が胸の内に渦巻いて、仕方がない……
これから、どうなってしまうのだろう。
これで第2部が終わりました。
次から第3部です。




