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邪竜と軟弱者  作者: なが
第2部
31/35

16-2




部屋に寄って、アルドが使っていたゴーグルを持ってから、檻に戻ってきた。


「ちゃんと言ったのか。」


檻の向こうで、グラファイトは大儀そうに躯を起こした。

見上げるほど大きなその躯に、おどろおどろしい雰囲気と共に、神々しさも感じる。


「ちゃんと言ったのかと聞いている。」


ふと気づくと、グラファイトは僕のすぐ目の前まで歩いてきていた。僕はぼーっとしていたようだ。


「あぁ、うん。もう大丈夫。その……また辛い思い、するかもしれないけど、その、心の準備は大丈夫?」


「言われなくとも、出来ている。苦難には慣れている。」


グラファイトは顔を突き出してきた。

鉄格子の隙間から、僕をつついた。


「無理して行かなくても、良いんだよ。僕が勝手に言いだしたことだし。」


僕はグラファイトの鼻の頭を撫でた。

グルルゥ、と唸り声が発せられた。

僕が哀しげな顔になったところで、グラファイトはすぐに顔を引っ込めた。

そして、僕を見下ろして「無理など、していない」と呟いていた。


「……行こうか。」


僕はもう一つの南京錠に鍵を差し込んで、錠を外した。

そして、ゆっくりと、扉を開いた。

グラファイトはじっとその様子を見据えていた。


「我が、」


一歩も動かないまま、グラファイトが静かに口を開いた。

僕は扉を全開にして、グラファイトを待った。


「我が、外で暴れでもしたら、どうするのだ。」


グラファイトはじっとしたまま、僕を睨みつけた。

からかうというよりは、純粋に尋ねているだけのように思えた。

しばらくの静寂を経て、考えた答えを口にした。


「……僕の知ってるグラファイトは、そんな事はしない。」


黄色の眼をじっと見つめて、言った。


「……」


何の返事もないまま、グラファイトは一歩を踏み出していた。

僕は檻を、グラファイトが出てくるのを心待ちにしていた。

心臓が高鳴っているのが、胸に触れなくても分かる。












「あ、」


グラファイトの前脚元で無言で歩いていると、前から仲良く話すギルベルトとブレイズが歩いてきた。二頭は立ち止まった。

ギルベルトは無表情になっていた。

やっぱり、僕のことをあまり良く思ってないんじゃないか、と感じてしまう。


「グラファイト、もう解放されたんだ。良かったな。」


「違う。仮出所だ。」


「そうなのか……、とにかく、ラグルを大切にしてやった方がいいぞ。」


「何が大切に、だ。たかが軟弱者の為にする事など無い。」


僕はグラファイトの脚を撫でると、びくりと動いた。

動いただけだった。突き飛ばさないところを見ると、その言葉は嘘のようだ。

そんな発見が、ちょっと嬉しい。


「行くぞ。」


ギルベルトはブレイズの脚に触れた。

それが合図になって、ブレイズはゆっくり歩き始めた。


「まあ、また問題を起こすなよ。」


「我の勝手だ。」


グラファイトも歩き始めた。「あ、待って」と声を漏らした。

さっきより早めに歩くグラファイトに遅れないよう、小走りで後ろをついて行った。













グラウンドの真ん中で、グラファイトの背に、尻尾の方からよじ登った。

そして、背にある角張った棘と棘の間に座り込んだ。

そしてすぐ、グラファイトは躯を持ち上げた。


「知ってたのか、座る場所。」


「うん、ノルデン隊長に教わったんだ。ここに乗るのが良いって。」


フン、とグラファイトは鼻息を吐いた。


「やっぱり高いね。グラファイトはいつもこの高さから見下ろしてたの?」


持っていたゴーグルを装着した。

当たり前だけど、周りを見回すと視界が褐色に染められていた。


「当たり前だ。軟弱者などただの虫螻同然だな。」


ククッ、と邪竜らしい笑い声を漏らす。僕はぐっと棘を抱き締めた。


「そも、家はどの方角にあるのだ。」


「あ、そうだ。……どうしよう、覚えてないや。多分、あっちの方だったと思うけど……」


記憶を辿ってみたが、ずっと誰かの口の中に居たことしか思い出せない。

口の中が酸っぱくなった。


「とりあえず、行くぞ。」


「え、ちょ、あっ、」


少し気を抜いていると、急にグラファイトは駆けだして、地面を勢いよく蹴った。

僕は慌てながらも、なんとか飛び立つ前に、棘にがしっと抱きついた。

少しでも気を抜くと、打ち付ける風圧に吹き飛ばされそうだ。

グラファイトはぐんぐんと加速を続けていて、風圧も強烈になってきた。


「もうっ……少っ……しっ……」


グラファイトに速度を緩めるように、声をかけようとしたが、風圧のせいでろくに話せなかった。

すると突然、グラファイトは速度を緩めた。

僕が大きく深呼吸していると、頭をこちらに向けて、にやりと邪な笑みを浮かべた。嫌な予感がした。


「な、何する気?……わっ」


少しの間があった直後、内蔵が押し出されそうな程の衝撃が、体を圧迫した。

ちらと見えた眼下の光景から、グラファイトが、急に上昇し始めたのだと気付いた。

どうすることも出来ず息もままならず、グラファイトの巨躯に押しつけられたまま、意識が朦朧としていく。

しかし次の瞬間、意識がはっきりと戻ってきた。

圧迫が急に無くなったのだ。

そして、ふわりと浮遊感を覚えた。

眼下の視界がぱぁっと開けた。木々の広がりが、小さく遠く見える。


一瞬、頭の全機能が停止した心地がしたが、すぐに気付いた。



僕の体が、空中に放り投げられたのだ。



「うわぁぁっ!」


僕は必死でグラファイトの方へ手を伸ばした。

グラファイトは余裕の笑みを浮かべて、声を押し殺して嗤っていた。

鋭い牙の先端が、眩しく輝いた――





……

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