15-2
「気が済んだか、軟弱者。」
グラファイトが冷淡に言った。いや、わざとそうしたのかも知れない。
「あ……ごめんなさい。」
僕はすっかり安心しきっていた。
僕は冷静さを取り戻そうとして、俯いた。
心の中にはまだ熱が籠もっている心地がする。
「何故、謝るのだ。」
僕は頭を上げて、えっ、と口走った。
「グラファイトの気分を害したかもしれない、て思ったから……。」
「別に我は、その様なつもりで言ったのではない。」
「そうだったんだ、ごめんなさい。」
「また謝ったぞ。」
「本当だ、」
僕は思わず笑みを漏らした。
グラファイトは笑みを見せず、どこか虚ろげな眼で僕を見据えていた。
「どうしたの?」
「否、何でもない。」
「やっぱり、……アルドの事、気にしてるの?」
グラファイトは、返答もなく黙ってしまった。
その言葉を言ってはいけないと気付いた。
「あ、いや、その……、うぅ……」
僕は何とか取り繕おうとして、言葉が見つからなかった。
グラファイトのもどかしさを晴らせなくて、もどかしい。
「もう帰れ。」
グラファイトは溜めた呼気を吐き出した。
独りになりたいのだろう、と思った。
僕は最後にグラファイトの顔を撫でて、グラファイトから離れた。
元の関係に戻れたのに(と僕が思っているだけかもしれないけど)、こんなぎこちない会話しかできないなんて、と思うと、単に嬉しいとは行かなかった。
「ギルベルト、どうして……?」
檻の間から出ると、すぐ傍にギルベルトが立っていた。
「……少し気になってな。」
「聞いてたの?」
ギルベルトはこくりと頷いた。
今までの会話を思い出して、僕は急に恥ずかしくなって、目を逸らした。
「誤解が解けて、良かった。」
ギルベルトは、確かめるように呟いた。
話が途切れそうになって、急いで話題を探した。
「テスラと話してみて、グラファイトと向き合う覚悟が出来たんだ。」
「そうだったのか。」
そこで、会話がすっかり途切れた。慌ててその先の言葉を探した。
「あの、じゃあ、テスラにお礼を言ってくるから。」
「そうか。では、これで失礼する。」
そう言ったギルベルトは踵を返して、すたすたと早足で歩き始めていた。
「おぉ、おぉおぉ、ほらな、言うた通りや!」
僕がテスラの部屋に行って経緯を話したところ、テスラはバンバンと、僕の背中を何度も強く叩いて喜んだ。
「痛い、痛いよ、」
「おぉすまんすまん、いやぁ、ホンマに良かった。これで一安心や。」
今度は背中をすりすりと撫でてくる。
「ところで、ライトはどこ?」
「あぁ、散歩言うてどっか行ってもうたわ。何か用でもあったん?」
「あ、いや、グラファイトの話を聞こうかな、て思って……。」
「グラファイトしゃんの話?」
「ライトって、グラファイトのことを『兄貴』って呼んで――――」
「ああ、それなぁ、」
テスラは質問を遮って答え始めた。かなりせっかちなようだ。
「ライトしゃんには元々兄が居ったらしくて、森の中で仲良う暮らしてたんや。名前は、レフトって言っとったな。せやけど、突然失踪してもうたんやって。」
「失踪?」
「そや。それで、ここを襲いに来たんや。兄貴が居らんようになったんは人間の仕業や、て言ってな。それを止めたのがグラファイトしゃんやったんや。めっちゃ鮮やかに組み伏せられとったわ。それでライトしゃんはグラファイトしゃんを尊敬するようになって、『兄貴』って呼び始めてラスヴァル軍に入ったってなわけや。」
なんとか早口の方言を聞き取れた。コツが分かってきたのかな。
「そんな事があったんだ……。」
「あ、そうや、ところでさ、アルドと会ったんやんな?」
僕は流れで頷いた。
「どんな感じやった?その、元気だったとか、ほら、グラファイトと色々あったし、な、わっしゃかて心配しとってん。」
「少しやつれてるな、とは思ったけど、別に元気だったと思うよ。」
「ほんまか、なら良かったわ。って言うても、もうこの世にはおらんのか。」
さらっと言った言葉を耳にして、僕は消えかかっていた罪悪感にさいなまれた。
「そうだね。」
取り繕ったのが分かったのか、テスラは慌てて口を開いた。
「あ、気にせんといてや、何も知らんかったらわっしゃかて同じことやっとったさかい。」
「いいよ、気にしないで。」
僕が気まずそうに言うと、一気に空気も気まずく染まっていった。
僕は思わず立ち上がって、まごついた。
「じ、じゃあ――」
「そういや――」
二人の言葉が重なった。テスラが笑いを吹き出した。
僕もつられて、無意識のうちに笑顔になっていた。
「アルド、他に何か言うてなかったか?いや、わっしゃとずっと仲良うしとったから、何か遺言ってか、まぁそんな言葉無かったかなー思うてな。」
「いや、特に無かったよ……。」
「そ、そうか……。グラファイトしゃんに喰われっちまったのも、思いつかんかったって事かなー。」
本当に、そうだろうか。僕は疑問に思った。
今なら分かる、グラファイトの気持ちが。なら、アルドは手に取るように分かるんじゃないのかな。
「そうかも知れないね。」
僕は曖昧に返事をして、扉の方へ歩を進めた。
「もう帰るん?」
「あ、うん。ありがとうね。」
「そうか、ほな、また来てな。」
テスラは子供の動きみたいに大袈裟に手を振っていた。
僕は小さく手を振って、部屋をあとにした。




