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邪竜と軟弱者  作者: なが
第2部
28/35

15-1





「グラファイト、」


僕は檻の向こうの黒竜に小声で呼びかけた。

何故か、足が震えていた。

まだ黒竜は背を向けていた。


「……」


僕は黙って檻を開けて中に入った。

それでも反応がない。

グラファイトの規則正しい息遣いだけが聞こえる。


「寝てるのかな……」


その顔を見ようとしたその時、僕の体は固まってしまった。


「泣いてるの……?」


グラファイトはすっかり眠っていた。

でも、その眼から涙が、鱗を伝って流れていたのだ。

僕は吸い込まれるように、グラファイトの涙に触れた。


プライド、


触れた瞬間、僕の頭の中に、そのフレーズが自然と入ってきた。

グラファイトが自らの心の中を、僕に教えてくれたのかも知れない、と思えた。




―――――――




「グラファイトー!」


我が名を呼ぶ、朗らかな声。

我が振り向くと、アルドが手を振って、笑顔で駆け寄ってくる。

我は眼を逸らした。


「ねぇ、何してるの?」


アルドが我の腹に凭れ掛かった。

空気のように軽い、アルドの小さな体。

夢だと直ぐに気付いた。


「何でも良いだろう。」


有耶無耶に答えた。

実際に我は、何もしていない。

我はただ……昔の事柄を忘れようとしていた。


「寂しいな。僕の事、忘れちゃうの?」


アルドは寂しげに、此方をじっと見据えてくる。

我の胸が圧搾される感覚がして、顔を歪めてしまった。


「お前は、我を騙したのだ。」


アルドは俯いた。本当は違うのだ、分かっている。

アルドがどれだけ苦慮を強いられてきたか、檻の中で出会った時に、我は全てを悟っていた。

元気が取り柄だったアルドの疲れ切った様を見たのは、れが初めてだったのだ。


「グラファイトがそう言うのなら、僕は悪魔だね。だって、グラファイトのことを幸せに出来なかったから。」


周りを見回した。誰も居ない。何もない空間だった。

我とアルドの、二人のみ。


「否、我がアルドを悪魔にしてしまったのだ。アルドよ、もし我が、妙な意地を張らねば、生きて、共に、暮らせて、いたのだろう……?」


目の前に、靄がかかった。声がまっすぐ出なかった。

我は恐ろしくなったのだ、我の大事な物を、自分の手で壊してしまったのだという事実に。


「グラファイトは、僕のこと、許せなかったんでしょ?」


アルドは静かに尋ねた。

内蔵はらわたが口から出てきそうな気分だった。


「許せぬ、許せぬのだ。だが、我は、アルドのことが……。」


アルドを優しく抱き上げようとすると、アルドはぴょんと我の腹から立ち上がり、遠くへ歩き始めた。


「それ以上無理して言わなくて良いよ。それに、」


我は立ち上がった。アルドが遠くへ、離れていく。

こちらを向いて、笑顔で。


「待て、我はまだ……。」


アルド、待ってくれ、アルド、


「グラファイトには、ちゃんと理解してくれる、新しいバディが居るじゃないか。」


我はその言葉を聞いて、躯が動かなくなった。

あいつは、と反駁しようとしたが、出来ぬ。

我がアルドの元へ行くのは、まだ早い、そのような気がするのだ。


だが、それでも、我はアルドの事が、


「アルド……アルド……」


行くな、行かせぬ、




―――――




「アル!……ド……」


グラファイトは、確かにアルドと言った。

アルドの夢を見ていたのだろうか。


「グラファイト……」


グラファイトはただ、口を開けたまま固まっていた。

僕もどうしても動けなかった。

僕の顔を冷たい水が伝っているのは、拭わなくても分かる。

グラファイトは前脚で涙を拭った。


「見るな、見るな、帰れ……」


グラファイトは吼えた。低く、深く、そして、哀しげに。

グラファイトも、苦しんでいるんだ。


「……ヒィグッ……」


僕はとうとう、我慢していた嗚咽を漏らした。

それがきっかけで、グラファイトの顔にすがりついた。

ごつごつして少し痛かった。


「グラファイトのこと、放っておけるわけが無いよ。邪竜なんて言ってしまって、僕って本当に情けないよ。」


「我に構うな、」


グラファイトは奥歯をぐっと噛みしめた、ように見えた。


「我はアルドを殺してしまったのだ。許せなかったのだ。我の事を滅茶苦茶にした、憎い奴め、……」


グラファイトの悲痛な声は、僕の胸の底を深く、深く抉り取った。

グラファイトはアルドの事を許したくても、ドラゴンとしてのプライドが許さなかったんだ。

自分の人生、いや、竜生を狂わされたのだと。


「アルドの代わりにはならないかもしれないけど、僕はずっと傍に居たい。だって、」


僕は言葉を止めて、グラファイトの頬を撫でた。

一呼吸置きたかったからだ。


「僕は、グラファイトのことが、好きなんだ。パートナーとして。アルドが出来なかった分まで、一生傍に居たいんだ。」


とても硬くゴツゴツした、それでいて一つ一つが滑らかな漆黒の鱗。

大粒の涙が、鱗の上を流れ落ちた。

やっと、僕の本当の気持ちが見えた気がした。

これは、嘘じゃない。

心の底からの真の告白、僕は胸を張れる。

それに、グラファイトの気持ちにも、少しばかり触れることが出来た気がしたのだ。


グラファイトは何も言わず、僕の背中に前脚を添えてきた。

僕も、グラファイトの顔を撫で回した。

僕が出来るのは、こんな事でしかない。

何度も何度も、嗚咽を漏らしながら、心の向くままに撫で回した。


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