14-2
その数日後、もう何度目か忘れてしまったが、数度目の退院。
その足で僕は、いつの間にか、グラファイトの“檻の間”の前に来ていた。
僕はそのまま通り過ぎようと足を動かそうとするが、どうも上手く行かない。
体は、グラファイトの元へ行きたがっているんだ。あんな邪竜のどこが良いんだ、何度も疑問に思った。
でも僕は、何らかの力が働いて、“檻の間”の前から一歩も動けなかったのだ。
「何をしている。」
その声を発したのは、いつの間にか隣にいた、緑色の鱗を纏った竜だった。体高はちょうどグラファイトの半分ぐらいだった。
「あ、貴様、兄貴を……兄貴を誑かした奴だな!」
僕の顔を見た瞬間、いきなり緑竜は怒りだし、そのまま僕に向かって突進してきた。
訳も分からずなんとか僕は避けようとしたが、脇腹に衝撃が走る。
そのまま為す術もなく、よろけながら壁にもたれ掛かった。
グラファイトを助け出したときに居た、あの緑竜か、と納得した。
気付くと緑竜は、またこちらに突進しようとしていた。
「ライト、何してるん?」
その誰かの明るい言葉が聞こえてくると、ぴたりと緑竜の動きが止まった。
「何だ、テスラか。」
「何だって何やねん、せっかく心配しとんのにその態度は何や、ちょっと散歩って言うて何分経ってると思うん?1時間やで、いーちーじーかーん!」
いきなりそのテスラと呼ばれた青年がまくし立て始めた。
方言がきつくて聞き取りにくかった。
「ただの散歩だ。」
「何苛ついてるん?あ、あんさん、新入りさん?あ、あれだ、ほら、そうそう、ラグルやんな。グラファイトの世話しとったんやんな?」
ふいに話題を向けられて、僕は一瞬たじろいでしまった。
訛りはきついが、何とか聞き取ることはできた。僕は頷いた。
「やんな、わっしゃの名前はテスラいうねん、これはライト、わっしゃの大事な大事なバディや、これからよろしゅう頼むわ。」
テスラは僕の手を無理矢理とって、握手した。
僕は苦笑いではあったが、笑顔で会釈した。
「こいつは、兄貴を誑かしたんだ。何でそんな態度で居られる。」
隣でライトが口を挟んできた。その声は、明らかに怒っていた。
僕は何と答えようかと迷った。
「とりあえず、こんな所で立ち話するのもあれや、やから、わっしゃの部屋に来たらええわ。ええって、遠慮は要らん、すぐそこやし歓迎するで。」
早口でまくし立てられて、とりあえず頷くしかなかった。
「ほら、早ぉ、」
僕はその催促に促されるまま、テスラの後をついていった。
後ろから鼻をひくつかせて様子を窺っているライトから物凄いプレッシャーを感じて、僕はどうにも居たたまれない心地だった。
「ふーん、なるほど。そんな事があったんや、」
テスラとライトに、とりあえずアルドが殺されるまでの経緯を、一つ一つ並べていった。
僕は周りを見渡した。
部屋のレイアウトは僕の部屋と同じみたいだが、椅子、テーブルなどはエキゾチックな、木を基調としたものだった。
テスラと僕はその木製の机を挟んで、これまた木製の椅子に座っており、その横でライトが伏せていた。
ライトは最初は威嚇して唸ってばかりいたが、テスラが優しくライトの頭を撫でたおかげか、最終的には落ち着いたようだ。
ただずっと、じっと僕の方を睨みつけている。
何となく気まずい中で、僕は徐々にうなだれていった。
「ところで、ギルベルトは何て言ってたん?」
「……未熟者だって。」
「なるほどなー。確かに未熟者やわ。」
僕はあまりに率直に言われて、傷つく傷つかない以前の話だった。
頭の中で整理して、やっと傷ついた。
「ドラゴンしゃんと関わるっちゅーことで一番大事になるのはなぁ、バディの心を察することや。それは“気を遣う”っちゅー次元の話やない、気を遣わんでも、お互いに理解できる間柄やないとあかんねん。以心伝心まで行かんでも、1だけ話せば10は理解できるぐらいのことや。なー、ライト。」
テスラはいきなりライトの頭に飛びついた。
ライトは前脚をテスラの背中に宛がって、優しく撫でていた。
テスラはとにかく満足そうだった。一方のライトも、尻尾をゆらゆらと揺らして、口元も緩めて嬉しそうにしている。
「どうして、それが大事なの?」
「ドラゴンしゃんはな、ごっついプライド持っとんねん。それを崩さんよーに接することができるっちゅー人が、ドラゴンしゃんと本当の信頼関係を結べるっちゅーこっちゃ。特にグラファイトしゃんはなー、めちゃくちゃプライド高いと思うから、大変やと思うで。」
テスラは、ライトの頭を撫でながら答えた。
ライトは気持ち良さそうにグルルゥと唸っている。
「じゃあ、グラファイトはどうしてアルドを殺したの?」
「そりゃな、――」
テスラが言い掛けたところで、ライトが「待て」と言った。
テスラは察したらしく、そのまま押し黙った。
「自分で考えるのが一番だ。」
「そんな事言われたって……」
結局答えを見つけることは出来ないという事か、僕はうなだれた。
「そんな、落ち込まんといてーや。いずれ分かると思うで。」
「分かるのか、」
ライトがぼつりと呟いた。
「ライト、今日なんか変やで。口調も堅いし。……まあいいか、とりあえず無理に話さんでえーから、一緒に居るだけでもえーと思うで。」
何だか妙に元気が湧いてくる。
それが違うと分かっていても、方言のお陰もあるのか、前を見る勇気が出てくる。
「とにかく、グラファイトしゃんの側に居てあげーな。いずれ、その時が来るって。な。」
テスラは僕の肩をぽんぽんと叩いた。
「じゃあ、とにかく行ってきます。ありがとうございます。」
「ええよええよ、気にせんでええ。はよ行ったげやー。あ、また気ー向いたら、ここ寄ってってなー。」
僕は立ち上がって会釈をすると、グラファイトの元へと向かった。
ようやく、グラファイトと向かい合う覚悟が出来たのだ。




