13-2
二度目です。お気を付け下さいませ……
僕は一つ息を吐いて、檻の中へと入った。
扉を閉めると、ブレイズと目が合った。
ブレイズはどこかそわそわとして落ち着いていない、ような気がした。
「グラファイト、」
「グルゥ……」
顔を地面に伏せたまま、僕の方をじっと睨みつけて唸っている。
僕はグラファイトの元まで歩み寄った。
「今日は、どうしても会って欲しい人が居るんだ。」
「我に何の用だ。」
「誤解を解いてもらおうと思って。」
檻の外にいるブレイズを一瞥した。ブレイズは頷いて、アルドを呼んだ。
「な、……」
檻の向こうに現れたアルドに、グラファイトは眼を大きく見開いた。
しばらく見据えた後には、それは殺気の籠もったものに変わった。
「何故連れてきたのだ!」
グラファイトは頭で僕を投げ払った。
腹部と背中に鈍い痛みが走る。遠くで息をのむ音が耳に入ってきた。
「グラファイトに、アルドのことを誤解したままで居て欲しくないんだ、本当のことを知って欲しいんだ!」
痛みに負けじと、僕も大声を出した。
僕を脅そうとし身構えていたグラファイトが、一歩退いた。
「本当は、アルドは、グラファイトのことを捨てたくて見捨てたんじゃない。せめて話だけでも聞いて。」
僕はただ、グラファイトをじっと見つめて言った。
アルドは檻の外から、心配そうに身を乗り出すようにして見ていた。
「裏切り者とは話さぬ。」
「本気で言ってるの?本気で、アルドが裏切り者だったと言ってるの?」
「な……、何故お前は、いつも余計なことをするのだ。」
グラファイトは一瞬、言葉を呑み込んだ。僕は何だか、哀しくなった。
痛む体に何とか、前へ進めと命令した。
「僕は、本当のグラファイトに戻って欲しいんだ。アルドと接していた時のように、……。」
僕はグラファイトの前に立ち上がり、その顔を撫でた。
グラファイトはゆっくりと眼を閉じ、そして、かっと見開いた。
「貴様に我の何が分かる!」
また顔で、今度はもっと強く体を押され、そして地面に転がった僕の腹の上に前脚が振り下ろされた。
「うぐぁっ」
あまりの痛みに声を漏らしたその時、「待て」というブレイズの声がして、ガシャガシャと檻の揺れる音がした。
まさか……
「ラグルを殺すのなら、代わりに僕を殺せ。」
僕のすぐ隣で、アルドがグラファイトと向き合っていたのだ。
アルドと違って、僕は震えていた。
「駄目……、離れて……」
「僕のこと、恨んでいたんだろう。その怒りを、ぶつけてくれよ。」
アルドを見上げると、その目から涙が、今にも滴りそうだった。
「……良いだろう。」
「駄目、駄目だ。グラファイト、止めて、」
譫言のように言葉を連ねた。
このままでは駄目だ、グラファイトを止めないと……
それでも、僕の体は、じんじんと責め立てる痛みと、グラファイトの前脚のせい動かすことが出来なかった。
僕はただうんうんと唸っているばかりだった。
「止めぬ。」
グラファイトは僕の上に載せていた前脚をどけて、アルドを押さえつけた。
「うぁっ」
アルドは呻いた。僕は咄嗟に「止めて」と口にしたが、無駄だった。
「我はこ奴に誑かされたのだ。我の全てが狂ったのは、こ奴のせいなのだ!」
グラファイトは、叫んだ。
僕は胸をぐっと掴まれたように、苦しくなった。
「でも、アルドを、殺しても、何も、変わらないよ……。」
「お前には、我の気持ちは分からぬ!分かってたまるか!」
グラファイトは牙を剥き出し、アルドの体を強く押さえつけた。
これ以上僕が何か言えば、グラファイトはもっとアルドを虐めるだろう、何も出来ずに、僕は黙ってしまった。
「貴様は、我を何年も痛めつけた。」
僕は何か言おうとして、唇をぐっと噛んだ。結局、何も出てこない。
何も出来ないことが苦しい。
「そうだ、僕は……僕は、グラファイトのこと、今までずっと痛めつけた。」
それは違う、と叫びたかった。
グラファイトは、グルァッ、と吼えた。
アルドはただ黙って、グラファイトのことを見つめていた。怖くないのかな……
ふいにグラファイトは、唾液でぬらついた舌を出し、そして右から左へと嘗めずった。
僕の体は固まった。
「グラ……ファイト……正気?」
思わず呟いた。
と同時に、グラファイトは悪魔よりも邪悪な、禍々しい笑みを浮かべた。
「クク……いただきます。」
グラファイトはそう言うと、グバァ、と音を立てて上顎を持ち上げた。
アルドは怯えることなく、じっとしていた。僕の体は震えていた。
「どうして……、」
僕には何もかもが理解できなかった。
その間に、グラファイトは眼を細め、そして目の前の獲物に勢いよく食らいついたのだ。
アルドもグラファイトも、何も声を発しなかった。
ただ、唾液をすする音だけが、部屋の中を響いている。
僕は震える手をグラファイトへ伸ばした。
それをちらとみたグラファイトは、鼻で笑った。
そしてとうとう、グラファイトは首を擡げた。
僕は何をしようとしているか、分かっていた。でも、信じたくない。
ングッ……
僕は今まで、グラファイトに嫌悪感を覚えたことはない。
でも、今回は、違った。
怒りに似た何かが、僕の中で湧いてきた。
それをぐっと堪えようとした。でもグラファイトは悪魔だ、いや、悪魔よりも酷い怪物だ。
僕達を易々と喰い殺すに違いない、違いないんだ。じりじりと後ずさった。
「どうした、我に怖じ気付いたか。」
最後の見せしめに一つ舌なめずりをすると、口の端を緩ませて邪悪な笑みを浮かべて僕を見下す。
「……どうして、どうしてそんな酷いことをするの、酷いことが出来るの?」
「おっと、溶け始めたぞ。ククッ」
微かに、アルドの呻き声が聞こえてしまった。思わず耳を塞いだ。
腹の方を恐る恐る見てみると、腹が動いている。3度揺れて、1度揺れて、2度揺れて、……それから、揺れは消えてしまった。
グラファイトは口元を緩ませた。
命が一つ尽きたのだ、と気付かされると途端に恐ろしくなった。
「さて、奴は我の栄養になってしまったな。クククッ……」
グラファイトは笑みを浮かべて、僕をじっと睨みつける。
僕はいつからか、涙をこぼしていた。
「酷いよ、裏切りたくて裏切ったんじゃないのに、どうしてそんな仕打ちをするの。僕には分からないよ。」
僕はグラファイトの顔を見ずに、体が震えながらもそう呟いた。
「酷い?何が酷いというのだ。」
体の芯まで轟くようなおぞましい言葉に、僕は言葉を失った。
どうしてそんな言葉を口に出来るのか、分からない。
いや、僕は分かってしまった。
「……邪竜、」
「む?」
「……グラファイトは、邪竜だ。ジグリオス国のみんなが言ってた通りだよ。人間のことを見下して、餌としか思ってないんだろう。」
グラファイトは、何も言わなかった。
口元は笑っているものの、じっと僕を見据えて動かない。
「何も返せない、図星なんだろう。そりゃ僕がグラファイトのことを分かろうとしても、何も分からないよ。だって、ただの邪竜なんだからな。僕だってお前の気持ちなんか、分かりたくない。」
そう言った自分に悲しくなった。
グラファイトは僕の悲痛な叫びを聞いている途中でも、何一つ、反省の色さえ見せない。
「やっと分かったのか、軟弱者。」
僕はその一言で会話する気力を失った。
ゆっくりと立ち上がって、グラファイトを背にした。
そして、倒れそうになりながら、とぼとぼと外へ向かって歩き出した。
「ラグル……」
ずっと外で見ていたブレイズが、声を掛けてきた。
ブレイズの側には、さっきまでアルドが使っていたゴーグルが転がっていた。何だよ、と口にしていた。
「ブレイズだって、アルドを止めてたら、……」
そんな言葉を呟きながら、僕は檻の間の外へ、ふらふらと歩いていった。
「ラグル、お前……!」
「ギル……ベル……ト……」
ギルベルトが視界に入って、僕の意識が途絶えた。




