11-2
それから数日、看護師と医者以外は、誰も来なかった。
ラスヴァル国では頼りにできる人はギルベルトぐらいしか居ないし、もしかしたら……、ギルベルトも僕のことを快く思っていないのかも知れない。
ずっと安静にしているのは暇だった。だから僕は杞憂してしまう。心細かった。
…やはり何より、グラファイトのことが気がかりだった。
僕はまだまだ未熟なんだな、ギルベルトの痛い言葉を反芻していた。
胸がずきんと鈍く痛んだ。苦しい。
涙が滴った。
ガラリ……
慌てて手で拭って、扉に背を向けた。
誰かが入ってくる気配がする。
「ラグル。」
「何ですか。」
今度の声の主はギルベルトだった。
「調子はどうだ。」
「まあまあです……」
それからすぐに会話が止まった。
正直に言うと、早く立ち去って欲しかった。
「祖国に戻りたいと、思わないのか。」
ギルベルトは静かに尋ねる。
「どうせジグリオス国に戻っても、誰も喜ばないですよ。僕はもう、あの国にとっては反逆者なんだからね。」
ははは、と最後に笑いを付け加えた。また胸が苦しくなった。
「無理をして笑って、どうなる。」
僕はぎくっとした。脳も体も固まって動かなくなった。
「弱い自分を隠すから、お前は弱いんだ。だからグラファイトと――」
「出て行って!何も話したくない。」
思わず声を荒らげた。もうこれ以上何も考えたくない。
何で僕ばかり、こんなに辛い目に遭わないといけないんだ……
「……」
「……」
長い沈黙があって、居たたまれなくなった僕は思わず「ごめんなさい」と呟いた。
ギルベルトの顔なんてとうてい拝めるわけがなかった。
「少し言い過ぎた。しかし、中途半端な心の持ちようでは、アルドの二の舞になるだけだ。」
僕はぐっと枕を握った。
ギルベルトが吐く一つ一つの言葉には、どれも正しく、重みがあった。
「そうだよね……しっかりしないと。」
僕はふぅ、と息を吐ききると、ぐるりとギルベルトの方に向けた。
逃げてはいけないんだ。今度は僕から切り出した。
「アルドは今、どこにいるの。会って、話を聞きたいんだ。」
「……もうここには居ない。」
「今はどこに?」
「知らんな。どこかでひっそりと暮らしてるだろう。」
ギルベルトは目を逸らした。
「じゃあ誰に聞けば……隊長に聞いてみたら――」
「止めとけ、アルドは反逆者だ。話を聞いても何もならない。」
「反逆者だから無駄、ということはないと思う。僕は会って話を聞いてみたい。」
「聞いてどうする。まさかグラファイトに会わせようと考えているのか。」
僕は頷いた。すぐさまギルベルトは頭を横に振る。
「止めとけ。グラファイトが何をするか分からない。」
「だけど……このままじゃあ――」
「何も気にするな、お前は“アルドとは何の関係のない”グラファイトのことだけを考えておくべきだ。」
呼び止めようとしたが、ギルベルトはあっという間に去っていってしまった。
声の代わりに、手が虚空を掴んでいた。
「またギルベルトが何か、言ったか。」
その声に反応してふと窓の外を見ると、窓いっぱいの赤いドラゴンの顔があった。
ブレイズだ。思わず「わっ」と叫んでしまった。
「おっと、脅かすつもりはなかったんだが……この病室は人間用だからな、こうやって窓から覗き込むのが普通なんだ。」
「そうなんだ……」
ゆっくりと起き上がったものの、気楽に話せるような気分ではない。ぼんやりとした返事をする。
言葉の先を見失って、僕は俯いた。
微妙な沈黙が流れる。
「……邪魔したな。お大事に。」
ぱっと見上げて窓の方を見ると、ブレイズはすでに姿を消していた。
もう少し元気に振る舞った方が良かったかな、と今更になって思った。
数日後、退院することになった。
軍内病院を出たところに、ギルベルトは居なかったが、ブレイズは佇んでいた。
僕はブレイズの元へ駆け寄った。
「ブレイズ……どうしたの?」
「今からグールに会いに行こうと思ってな。お前も行くか?」
「行ってもいいけど……ギルベルトは行かないの?」
「ああ。良いんだ。私が“休暇”をとっただけだからな。」
「でも、勝手に外に出かけたら駄目なんじゃあ……?」
「外出許可は取っておいたさ。」
ブレイズは軽々と僕をつまみ上げると、そのまま背に乗せられた。
「いいよ、人間を背に乗せるのって、本当に信頼している人だけなんでしょ。」
「まあ、そうだが。お前を信用していない訳ではない。」
さらっと言われた言葉に、何だか少し嬉しくなった。
「ゴーグルはつけたか?」
「え?ゴーグル?」
「知らないのか?人の目は乾燥するだろう、空を飛ぶときの必需品じゃないか。」
「あ……知らなかった……」
「……仕方ないな、また私の口の中に入るか。」
「え、また…?」
「他に選択肢は無いだろう。」
急に捕まれたと思うと、眼前にブレイズの顔が現れた。
その妙に邪な笑みを浮かべている顔を見て、思わず引きつった笑顔を見せた。
「心配するな、グラファイトとは違って喰い殺しはしないぞ。」
「……そんなに人間って美味しいの?」
「血の気の物は皆旨く感じるものだ、とグールは言ってたな。」
「そうなんだ……。」
「残念ながら、私はそこまで野蛮ではないぞ。」
少し陰った心の隙を見逃さなかったらしく、ブレイズはすぐに否定した。
そして慣れた手つきで、ぽいと僕を舌の上に放り投げる。
僕がわっと声を上げる前に、ブレイズの舌の上に着地し、そして辺りが暗くなっていく。




