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邪竜と軟弱者  作者: なが
第2部
18/35

10-1




「ドラゴンの躯の掃除、やったことはあるか。」


「あ……無いです。」


ギルベルトは大儀そうに鼻息を吐いた。

そのただならない雰囲気に思わず「ごめんなさい」と呟いてしまった。

上からブレイズが覗き込む。


「ギルベルト、いつも言ってるが、もう少し柔らかく会話できないのか。」


「そんな事に気を遣わなければ駄目なのか。通じれば良いだろう。」


ブレイズは尻尾で頭を掻いたが、ギルベルトは無視して話を続けた。


「仕方といっても、布切れとこのブラシがあれば、自分で出来るだろう。蛇口はあそこだ。」


そう言ったギルベルトが指さす先は、檻の中の入り口付近だった。

確かに、少し不自然ではあるが、コンクリートの壁からそのまま蛇口がでていた。


「そうだ、ブレイズ、」


ブレイズはおもむろに頭を下げて、ギルベルトを見据えた。


「何かあったら連絡。いいな。」


ブレイズは肯いた。そしてギルベルトは手を伸べて、ブレイズの顔を優しく撫でた。

その時に視界に入ったギルベルトの顔は、目は据わっているものの、少しばかり口元を緩ませて笑顔を見せていた。

ブレイズは眼を細め、嬉しげにグルルゥ、と唸った。

……羨ましい。もしかして、パートナーなのかな?


「あと鍵。小さい方の扉だ。」


「あ、ありがとうご――」


ギルベルトは無表情で、鍵を半ば強引に僕に押しつけると、スタスタと足早に扉の方へ歩いていった。


「いつもあんな感じなんだが、根は優しい奴なんだ。」


僕はブレイズを見上げて「親しいの?」と訊ねた。


「私のバディだ。」


「バディ?」


「ジグリオス国では“パートナー”と呼ばれている間柄と言えば良いか。」


「やっぱり、そうなんだ。」


ブレイズはどこか嬉しそうに扉を眺めていた。相当慕っているのだろう。僕ももっとグラファイトと……。




そうしてようやく、ゆっくりと檻の中を見ることができた。

グラファイトは背を向けて、じっとしていた。全くもって微動だにしない。


「グラファイト……」


びくり、とグラファイトは躯を震わせ、そしてまた動きを止めた。

僕は、ふぅ、と溜まった息を吐き出した。

そして左手にバケツを持って、グラファイトの檻に手をかけた。

ガシャリ、と重厚な音に、グラファイトは、ぱっと振り返った。


「入ってくるな。」


僕はそれを無視して、鍵を開けた。ギリリと歯ぎしりをする音が聞こえた。

それと反対に、僕は心が弾むのを感じた。

扉を閉め、そのそばにあった蛇口の下に、バケツの中身を取り出して置いた。

そして蛇口をひねる。冷たい水がどおっと流れ始めた。

ふと檻の向こうに目を向けると、ブレイズが興味深そうにこちらを見ていた。

何だか動物園の檻の中で働く飼育員みたいだな、と思ってしまった。僕は思わずすぐに否定した。


ある程度バケツに溜まったので水を止め、バケツをグラファイトの元に運ぶ。

その間、グラファイトは無視を通していた。


「躯、きれいにしてもいい?」


僕はグラファイトに優しく訊ねた。

グラファイトはぴたりと止まって、そして尻尾をぶんと振った。

ドンとバケツが倒れた刹那、バシャッと水が撒き散ったと同時に、僕の体はグッと強い衝撃を受け、そして大きく重たい尻尾に下敷きになっていた。遠くでガシャンと檻が揺れた。


「グラファイト、止めろ!」


ブレイズの声だ。グラファイトは尻尾の拘束を解いた。

それでも、グラファイトの眼からは憤りが感じられた。


「貴様……まだ我を陥れたいのか!何が面白いのだ!」


グラファイトは勢いよく尻尾を僕のほんの僅か隣に振り下ろした。

「うわっ」と思わず声を漏らしたのは、尻尾を退けると、床のコンクリートが小さくひび割れていたのにただ恐ろしくなった。

でも、それでも、


「追いかけて来るな……帰れ。」


「僕は帰らない、帰りたくない。だって、ここまで頑張って、やっと、ここに辿り着いたんだ。僕は、僕は、……」


言葉を出そうとして、気持ちが焦って言葉に出来ない。

いっぱい、胸に抱えた何かがあるのに、僕の言葉に出来なかった。

何よりも、目の前のグラファイトに、この胸のたぎりを伝えたい。


「我はもう、騙されぬ。」


ギリリ、グラファイトはもう一度、歯軋りをした。

僕は何か言おうとして、……何も言えなかった。もどかしくて仕方がなかった。


「ラグル、戻ってこい。」


ずっと無言で見ていたブレイズが、少し語勢を強めて言った。

グラファイトはフンと仰々しく鼻息を吐き、背を向けてしまった。

心の隅々まで哀しくなった。





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