9-2
気付くと吐き出され、仰向けに寝ていた。
空高く、コンクリートの天井が見える。
ひんやりした地面、これまたコンクリートの上で、僕はしばらくぼーっとしていた。
ブレイズが「着いたぞ。」と呼びかけたのをきっかけに、僕は上半身を起こした。
「左の檻だ。」
グラファイトは、と急いで左に向くと、そこには、眼を見開いて僕を見据えている、黒竜がいた。
「グラファイト!」
僕は思わず立ち上がり、そしてグラファイトの居る檻にしがみついた。
グラファイトはすぐに眼を逸らす。
「何故此処に来た。」
「誤解を解いて欲しいんだ。僕は――」
「黙れ! ……我は戯言など、聞きたくなど無い。」
グラファイトは唸って僕を睨みつけた。
唾液にまみれた体のまま、僕は立ち上がってグラファイトの元へ歩き始めた。
「確かに危険手当が出るけど、それは目的じゃないよ。僕は、僕はずっとグラファイトのことを思って……だからここに来たんだ。お金の為なんかじゃない、僕はずっとグラファイトのことを……。」
グラファイトの眼が揺れた。
「グラファイト、許してやったらどうなんだ。」
後ろからブレイズも加勢してくれた。僕は檻をがしゃがしゃと揺らした。
「我に構うなと言った筈だ。」
グラファイトは僕を睨みつけて、すぐに背を向けた。
「……。」
僕が何か言おうとして黙っていたその時、どたどたと音が聞こえてきた。
はっと扉の方を見ると、重厚な扉がギギギと音を立てて開いた。
まずい、と思って、後ずさったものの、やっとグラファイトに出会えたんだ、まだ諦めたくなかった。
そして奥から、ラスヴァル国の兵士が現れた。
僕が焦って後ずさりしている最中も、ブレイズは動揺した素振りを見せない。
まさか、こうやって僕を陥れようと画策したのか……。
「ラグル・ヴァイルトよ、」
兵の集団の奥から、一人の男が現れた。
話し方といい、肩に大きく紋章がついていたのを見て、ただの一兵士でないのはすぐに分かった。
後ろをちらと見ても、その先に扉は見当たらなかった。
僕はこのまま捕まえられて、牢屋にぶち込まれてしまうのか……。
「どうやって、ここに入ったのかね。」
「あの……その、……」
思いの外柔らかい口調に、少し驚いていた。
ブレイズの方を見ないように気をつけた。これ以上、ブレイズに迷惑はかけられない。
頭の中で適当な言い訳を探してみたものの、何も見つからなかった。
「ノルデン隊長、私がここまで連れてきました。」
僕は思わずブレイズを見上げた。
ブレイズはただ無表情でじっと隊長(とブレイズが言ったからそうなのだろう)の方を見据えていた。
「あくまで敵兵だ。それを我々の軍に連れ込むなど浅はかだ、と言いたいところだけど、我々もグラファイトの扱いには困っていてね。すっかりジグリオス国でしごかれたようで、我々にも手を着けられない状態になってしまった。ラグル・ヴァイルト、貴方はジグリオスではグラファイトの世話係だったそうだね。」
僕は恐る恐る、首をすくめて肯いた。
「グラファイトの世話をしてやってくれないかね。」
すると横でガシャンッと檻が音を立てた。
その奥でグラファイトが僕の方を睨みつけていた。
「我は人間とは関わらぬ。そう何度も言った筈だ!」
グラファイトは低く唸っていた。
「僕は、グラファイトの世話がしたいです。グラファイトの側に居させて下さい。おねがいします。」
僕は頭を下げた。ガシャンと檻が音を立てた。
「じゃあ……、よろしく。そうだ、何かあればこのギルベルト君に頼むと良い。あいにく、他の竜騎隊員は出払っているから、帰ってきたら紹介しよう。いいね。」
そう言って、隊長の後ろに立っていた男の人の肩を叩いた。
その男は無言で頭を下げた。僕も慌ててすぐに頭を下げた。
それから兵はぞろぞろと帰ってしまい、最後に残ったのはギルベルトだけだった。
ぼうぼうに生えた無精髭が目立つ、30代ぐらいの男だった。
ここではかなりのベテランなのだろう。
「私はギルベルトだ。」
「あ、ぼ僕はラグルです。よろしくお願いします……。」
「お前、ブレイズに食われたのか。」
ギルベルトの目力に引き込まれて、何も疚しいことは無いのに、何だか気後れしてしまう。
「ここまで運んでもらったときにね。」
「シャワー、浴びるか。案内する。」
「あ……」
そんな気遣いは……と言おうとした僕の手を、ギルベルトは既に引っ張っていた。
ふと後ろを振り返ると、ブレイズが苦笑いしていた。
ドラゴンが苦笑いをしていても分かるものなんだな、と、何だかおかしく思えた。
シャワーを終えると、ギルベルトはいつの間にか青いバケツを持っていた。
中を覗くと、布切れ数枚とブラシが入っていた。
「あの、これは……?」
とギルベルトに話そうとしたが、さっさと歩き始めていた。
……もしかして、僕のことを気に入っていないのかもしれない。
僕はこう見えても一応、敵国の兵なんだから。
グラファイトとブレイズの元へたどり着くまでずっと、気まずい無言だった。




