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「――それで、僕はグラファイトを追って来たんだ。」
僕は今までの経緯を全て話した。
ブレイズがじっと僕の顔を睨みつけるように見据えていて話しづらかったのに加え、グールが鼻をひくつかせて僕のおいしそうらしい匂いを嗅いでいて、ますます話すことに集中できなかった。
話し終えてちらとグールの方を見ると、口の端から堪えきれなくなった涎が垂れていた。
そんなに美味しそうに見えるのかな……。
それ以前に、僕の記憶が正しければ、さっき誰かを食べたところだよね……。
「ふむ、お前はグラファイトを誑かしたわけではない、と。」
「誑かすつもりは無かったんだ。それだけは、信じてほしい。」
「なぁ、」
グールが割り込んできた。目の前にべちょりと音を立てて涎が垂れる。
「腹が減った。今度こそは喰わせろ。」
グールは僕の目の前まで顔を近づけ、そして恐怖心を与えるかのように舌なめずりを見せつけられた。
「嫌だ、グラファイトに会うまでは、僕は諦めない。」
ブレイズはグールに「とりあえず、向こうに行っておけ。」と言った。
グールは舌打ちをしたものの渋々承知したらしく、どこかへ飛んでいってしまった。
「グラファイトに会って、どうする。奴はお前を憎んでいるだろう。無防備なお前が行っても殺されるだけだと思うけど。」
「それでも、分かってくれると思う……思ってる。」
僕はそう呟きながら俯いた。
ブレイズの言ったとおりだった。
僕は何の証拠も持ってないし、グラファイトが分かってくれるという保証はどこにも無い。
いや、分かってくれなくても良い。
ただ僕は、グラファイトに伝えたいんだ。
「どうだかな。会ってみるかい。」
思わぬ提案に僕はバッと顔を上げ、ブレイズの顔を見た。
「えっ、」
「少し我慢するというのなら、会わせてやっても良い。」
「え、え、本当に会えるの?」
ブレイズが肯いたのを見て、僕の心はますます跳ね躍った。
「うまくいけば、だけど。」
「でも、どうやって……?」
すると、今までずっと無表情だったブレイズが、にやりと口の端を上げた。
何だか、嫌な予感がした。
「グラファイトの元へ行くまで、私の口の中で大人しくしていれば、だ。」
ジュルリと音を立てて、ブレイズは舌なめずりを見せつけた。
今まで冷静なように振る舞っていたブレイズの豹変ぶりに、思わず一歩後ずさってしまったが、ブレイズは含み笑いをして「冗談だ」と言ってくれた。ほっと胸を撫で下ろした。
「おいおい、俺の獲物を横取りする気か?」
その後ろから、グールがぬうっと姿を現した。思わず「わっ」と声が出てしまった。
どこかへ行ったと見せかけて、近くで会話を聞いていたのだろう。ブレイズも後ろをちらと見た。
「獲物?獲物だったのなら、最初に出会ったときに喰っておくべきだろう?」
「う……き、気が変わっただけだ。ラスヴァル国と聞いてお前のことを思いだしただけだ。」
「あれだけ人間を餌と見なしていたお前が人間を喰わないとはな。人間に情が湧いたのか。」
「いや、それは、……」
グールは何か言おうとして、黙ってしまった。僕は首を傾げた。
「おっと、話が逸れてしまった。さて本題だ、我慢してグラファイトに会うか、それともここでグールに喰われるか……。」
結局、僕は喰われる羽目にあるのか……。
そう思いながらも、答えはもう決まっていた。
「もちろん、グラファイトに会いに行くよ。」
「そう言うと思っていた。さあ、我が口へ。グールと違って殺しはしないさ。」
するとブレイズは僕の目の前にその大きな顔を持ってきて、ぐばぁ、と音を立てて口を開いた。
グラファイトのような血腥い臭いは一切しなかった。ラスヴァル国で丁寧に世話されているようだ。
その後ろからグールは、不満そうにブレイズを睨みつけている。
僕は少しためらったが、それでもブレイズの舌に手を乗せた。
唾液でぬるっとしていて、程良い弾力もあってか、触り心地が良い……かもしれない。
僕は恐る恐る、ブレイズの口の中へと手足をついて歩んでいった。歩むたびに、むしむしした空気が体を撫でる。
グラファイトよりはその臭いは断然マシだが、微かに奥から血腥い臭いが漂ってくる。
そして、むにむにと肉厚な舌を押す感触は、思いのほか、気持ちの良いものである。僕は力を抜いて、舌の上に寝そべってみた。
「じっとしておくのだぞ……。」
その心地よさに微睡みつつ、ぎゅっと舌を掴んだ。
それから幾度となく、心地良い上下運動にさらされた。
……




