8-1
以後、ちょくちょくドラゴンが人を弄んだり喰ったりします;;
山の麓に乱雑に吐き出された僕は、寝ぼけたままで、慌てて赤いドラゴンに一礼をした。隣にはリュックがこれまた乱雑に投げ捨てられていた。
「ありがとう!助かっ――――」
強い風が巻き上がった。思わず顔を背けて目を瞑った。
僕が振り返ったときには、僕の目の前には誰も居なくなっていた。
なんだか急に、もの寂しく感じた。
吹きかけた風が、その感情を助長していた。
でも、振り返るとその微妙な感情は上書きされた。
そこには、ラスヴァル国が、ジオグルス国に匹敵するほどの広大な国が、広がっていたのだ。
「うわぁ、」
新しい町を見たときに心が高まる、あの心地がした。
僕は山道を駆け下りようとして、血腥い臭いが鼻についた。
周りを見回すと幸いにも、近くに池があった。
先に体を洗わないと。リュックから着替えを取り出した。
「ここが……」
とうとう僕は、目的の地へと辿り着いた。ようやくここまで来たんだ。
ラスヴァル国軍の建物を前にして、胸が躍った。やっと、グラファイトに会える。
中の様子を伺おうと柵を通して中の様子を見てみた。
中にはクリーム色の巨大な建物がいくつかあり、よく目を凝らして見ると、その中にドラゴンが居るのが見えた。
子供の頃からゲームができなかった、携帯電話すら持っていなかった僕は、視力にだけは自信があるのだ。
「そこで何をしている。」
わ、と声を上げそうになったのを堪え、声のした方を見た。
そこには強面の衛士が立っていた。衛士に睨まれる。
とにかく、慌てず深呼吸をした。人間なんて、グラファイトに比べたら……。
「見ていただけです、あの、その……軍隊に入りたいと思っていまして。」
「そうだったのか、紛らわしいことはするなよ、分かったか。」
「は、はい……。あの、中の見学ってさせてもらえますか?」
「本部に行ってみたらどうだ。俺が連れていこう。」
「あ、ありがとうございます。」
「名前は?」
「ラグルと言います。」
そこまで言って、違う名前を使わなかったことを後悔した。
少し怪訝そうな表情をしているような気がするが、多分、大丈夫だろう。
―――――
「何だ…」
何故か、我は居ても立っても居られなくなった。
一考するも、変な感情の契機は見当たらない。
そも、良い兆候か悪い兆候かさえ判断不能だ。
「何故だ。」
何かが起ころうとしている、という事だけは感じ取ることる事が出来た。
「どうした、背中が痒いのか、兄貴。」
ふと、明るい声が聞こえた。この声は、ライトだ。
振り返ると、確かに緑竜が檻に近寄っていた。そして、その場に座り込んだ。
我はライトと向かい合う形で腰を下ろした。
「いや。落ち着かなくてな。」
「戻ってきたんだろ、懐かしくないのか。まあ、此処には入ったことは無いか。…まさか、奴らに洗脳されてるとか?」
「洗脳はされておらぬ。洗脳ではない、言うなれば、人間を襲うことの楽しさを教えてもらった、か。ククッ」
我は思わず邪な笑いが零れてしまった。
「兄貴……」
ライトは妙に悄げた様子だ。何か、不都合な事でもあったのか。
「お前は襲わないさ。安心しろ。」
我は背を向けた。妙な空気が流れていくのを感知した。
気付くと、ライトの姿は何処にも無かった。
そしてまた、あの居たたまれない感覚に陥った。
遠くでガシャンと扉の閉まる重厚な音がした。
我は血で染まった前脚を眺めた。
―――――
最初に案内されたのは、軍の建物裏にあった森だった。
「あの…建物の中とか…」
「お前はジグリオス国の兵だろ?あの黒竜のパートナーだってなあ。」
「どうしてそのことを…」
「ジグリオス国に大きな戦力を奪われてから、こっちも色々対策をしてるに決まってんだろ。盗聴器にも気付かないなんてな。他にも……と喋っちゃ駄目だな。というわけだから、もう入ってくるなよ。あ、そういや、」
兵士は少し間を空けて、
「この森には、人喰い竜が居るらしいぞ。」
「えっ…」
僕も喰われてしまうかも、と一瞬考えてしまった。
長官が喰い殺されたあの感触を思い出して、血の気が引いていく。
「じゃあな。」
「あ、待って、一目で良いから、グラファイトに会わせて!」
「無理な話だな。」
ギィ…バタンッ
そして最後にガチャリと鍵を閉められて、僕は森へと追い出されてしまった。
あのとき偽名を思いついていれば、こんな事にはならなかったのかも。
僕は項垂れてその場に崩れ落ちた。虚勢を張っていた気力が力尽きた。
このままグラファイトに会えずに、連れ戻されてしまうのか。
そう思うと居ても立っても居られない。のに、失態のせいで僕はもう二度とあの建物に入れないのだと、自分自身を恨んだ。
どうしてあの時、頭が働かなかったのだろう。
そんな時、「きゃぁ!」という叫び声とともに、何かがゴキッと折れる音がした。
僕は何を思ったのか、その音がした方へ駆けだしていた。
ゴクン…
ちょうど、喉の膨らみが下へと降りていく最中だった。
「お前は……」
白い牙と口の周りを血でべったりと塗らした、赤いドラゴンだった。
失神することは無かったが、一瞬たじろいでしまった。
背筋の凍えるようなオーラを放って、そして睨みつける朱色の眼は力強く僕を締め付けた。
「どうした、会えなかったのか。」
「……」
ドス、ドス、と赤竜は地面を踏みしめ、舌舐めずりをしながら歩み寄ってきた。
僕は思わず一歩後ろに下がり、近づいてくる赤竜の顔を見据えていた。
口を開こうにも震えて、何と話せばいいか分からない。
「流石に怯えるんだな。」
赤竜は顔を至近距離まで近づけた。そして血腥い臭いが充満する。
本当は、このまま失神しても可笑しくないぐらい恐ろしいのだと思う。けれど、グラファイトを、グラファイトのことを考えると、脅えは半減してしまうのは気のせいなのか。
いや、それ以上に、後先考えずに行動をしたせいで、グラファイトがさらに遠い存在になってしまった、そのことが許せなかった。
僕はどうしようもなく涙が止まらなくなって、訳も分からず赤竜の顔にすがりついた。
血腥い臭いが、よけいにグラファイトを強く思い出させた。
赤竜が不機嫌そうな顔をしているのには気付かなかった。




