7-1
恐る恐る目を開けた。
「ラグル、大丈夫か!」
白い天井。
横に顔を向けると、隣にいたのは教官だった。
あぁ、生きてたんだ。
「はい、……」
腕を見てみると、傷口には包帯が巻かれていた。
体中の痛みもかなり薄らいでいた。骨が折れていた訳じゃなかったのかな。
「もう2週間も寝たきりで、心配したんだぞ。」
「あ、ありがとうございます。あの、グラファイトは……?」
その一言で、教官の顔が曇った。
教官の言いたいことは、よく分かっていた。
「もういい加減、奴のことは忘れたらどうなんだ。あんな仕打ちをされて。言っただろう、殺されかねないって。」
僕は何も言い返さなかった。
寝起きで頭が回っていないからと思い込んだ。
「とにかく家族に連絡してくるから、安静にしておくんだ。いいな。」
僕は肯いて、はっとなって天井を見つめた。
家族……!
僕は本来の目的を見失っていたんだ、と漸く気付いた。
僕は家族に仕送りするために、ここまで育ててくれた両親に恩返しがしたかったんじゃなかったのか。
「僕は、……」
一体、何をしていたんだろう。
それから、色んな人が見舞いにきた。
家族、親戚、軍の仲間、他にも幼なじみとか、あと、見知らぬ報道陣も来た。
流石にあれだけ大きなサイレンを鳴らしてしまったら、何があったのか気になるのは普通のことだろう。
だけど、警備によってそのほとんどが部屋まで入ってくることは無かったし、僕は何も話す気にはならなかった。
何よりも、僕はグラファイトのことばかりが気になって、まともに会話を覚えていない。
家族と居るときでさえ、グラファイトの顔が、恐ろしい顔と、そして穏やかそうな柔和な顔が、頭を掠めていく。
「どうしたらいい……」
忘れることができないのは、どうしてだろう。
やはりグラファイトの罠に、催眠術に、かかっているのだろうか?
僕には分からなかった。
それから一週間が経った。体の痛みもほとんど無くなり、明日に退院できるとなった日の夕暮れ。
それまでずっと、グラファイトのことを考え続けた。
このようにして大人しくベッドで横になっていると、体の至る所がむず痒くなってしまう。
何故だろう、
……答えは分かっていた。
あれだけ非道い仕打ちをされても、僕はどうしてもグラファイトのことを嫌いになれないのだ。
それは、一種の麻薬のような、そんな依存状態にあるのかもしれない。
そう考えているとふと、今まで育ててくれた両親の顔が思い浮かぶ。
だめだ、これ以上迷惑をかけたら……。
いつもその順繰りで、答えはその先に見つからなかった。
見つからないと割り切って、ぐるぐると回っていたのだ。
それでも、僕のしたいことは、やはり決まっていた。
毎夜毎夜見るのは、グラファイトの夢ばかり、誰かと話しているときもグラファイトの顔が思い浮かぶ。
僕にはグラファイトが必要なんだ。
上半身を起こした。何となく気怠さが付きまとう。
それでも僕は、ベッドの横にある机の引き出しの中から、紙とペンを取り出した。
“みんなを裏切るような真似をして、ごめんなさい。”
……それ以上は、手が震えて書けなかった。
その手紙を一旦、机の引き出しの中にしまっておいた。
それと同時に、最後の晩餐が運ばれてきた。
その夜は眠らず、というより眠れず、何も考えないようにベッドの上に寝転がって、夜更けまで待った。
空の向こうが黒色から薄ら青くなり始めた頃。
僕は窓を少し開けた。その途端、吹き込む風が冷たく僕の頬を撫でる。
僕の病室は幸いなことに一階にあり、簡単に抜け出せるのだ。
僕は引き出しの中から手紙を取り出して、……ベッドの上に置いた。
そしてなけなしの荷物をリュックに詰めていく。
ヒューッ……
窓の隙間から漏れる風の呻き声。行くな、と叫んでいるような、そんな声。
……いいや、僕は行く。行くんだ。
今度は窓を大きく開けた。
ふぅ、と一息吐いてから、慎重に窓枠を跨いで、リュックを抱えて地面へと降り立った。地面に降りたった途端に、体が震えだした。
僕は慎重に忍び足で、病院の裏にある森へと歩みを進めた。
この森を越えると、ラスヴァル国に着くはずだ。
とにかく僕は、グラファイトに言いたい、誤解を解いてもらいたい。
それだけが僕の行動の動機だった。




