07.良い旅を
俺は家族に別れを告げ、王都へと歩み始めた。
なぜ俺達が歩きで王都へ向かっているかというと、単純に馬に乗れないからである。
俺はもちろん、ログロースも。
ログロースは冒険者もしていたと聞いていたから、てっきり乗れるものだと思っていたが、本人曰く、
「俺は昔っから動物に好かれないんだよ。馬なんて、背中に乗っけてくれすらしない」
だそうだ。
そんな訳で、俺達は馬に乗れれば三ヶ月の道のりを、半年かけて移動することになった。
「今日はどれくらいの距離を移動するんですか?」
「うーん、そうだなぁ。隣街に着ければいいかな」
「えっ、それだけでいいんですか!?」
拍子抜けだ。
二つ三つは街を抜けると思っていたのに。
そんなペースで半年で着くのだろうか?
「あのなぁ、隣街っていったって半日はかかるんだぞ?そんで、その次の街までは、その倍はかかる。今日は隣街で泊まって、明日の朝早くに出れば、その次の街には日の入り前には着ける。そうやって計画的に進んでいかないと、野宿することになるぞ。それはお前も嫌だろ?」
「なるほど。すみません、知ったような口を聞いてしまって」
ここは日本ではない。
街と街が連鎖的に続いているなんてことはないのだから、進めるとこまで進んで近くの宿に泊まる、なんてことはできない。
俺はアテラスの街から出たことがないし、この世界の地理には疎い。
移動に関してはログロースに任せてるしかないか。
街を出る前に検問所を通る。
騎士のおじさんが荷物をチェックしながら、俺に話しかけてきた。
「坊主はこれからどこへ行くんだ?旅行か?」
「魔術を習いに王都へ行くんです」
「魔術を!?そ、その歳ですごいな。それじゃなんか、おじさんに見せてくれよ」
「え?あぁ、良いですよ」
さて、どんな魔術を見せたものか。
どうせやるなら、すごいと思われるものをやりたい。
まずは水球を使い、掌に水の球体を生成する。
そして、
「流水よ、その流れを止め、凍てつき、氷塊へと姿を変えよ、凍結」
それを一瞬で凍らせる。
凍結は水の第八位階魔術。
今の俺ができる限界の魔術だ。
おじさんは驚いた顔を見せたが、すぐにもとに戻す。
「すげぇな、坊主。そうかぁ、俺にも坊主くらいのガキがいるんだが、毎日いたずらばっかりでよぉ。坊主を見習って欲しいぜ」
「いえいえ、子供は元気が取り柄ですから。いいことじゃないですか」
「えれぇ大人みたいなこと言うな、坊主。やっぱり頭の出来が違うのかねぇ」
おじさんは荷物をチェックし終えると、綺麗にまとめて持たせてくれた。
「それじゃぁ、良い旅を。未来の魔術師さん」
こうして俺は六年間越えて来なかった、この城壁の外側へと足を踏み出すことになったのである。
壁の外には草原が広がっていた。
街の中にいた頃には想像も出来ない風景だった。
一つの気になることがあり、ログロースに聞く。
「ログロースさん、他の街もこの街みたいに城壁で囲まれてるんですか?」
「まあ、基本的にはそうだな。昔あった内戦の名残でな。最近できた街はそうでもないんだが」
もう少し詳しく話を聞いた。
この国では基本的に、一つの街・地域を一つの貴族家が納めているらしい。
イメージ的にいえば、江戸時代の藩のようなものだ。
例外なのが王都だ。
王都は王族の他に、建国の功臣である三つの大貴族が納めている。
「ああ、そういえば。アル、お前これからはアフォーレルって姓は名乗るなよ」
「…?どうしてですか?」
「さっき言った、昔の内戦の名残ってやつだよ」
はて、どういうことだろうか。
グロワールは、アフォーレル家は武官の家系だと言っていた。
昔の内戦で何かやらかしたのだろうか?
「それでは、僕はこれからなんと名乗ればいいのでしょうか?」
「えぇ…。うーん、適当にグラハレットとでも名乗っとけ」
これで二度目のプロポーズ。
生憎、俺は年上には興味がないので。
なんて冗談はさておいて、アルバーシア・グラハレットか。
なかなかに良い響きではないか。
¨¨¨
俺達は休むことなくひたすらに歩いていた。
道中の会話は魔術関連の話ばかりだった。
「そういえば、ログロースさんは何の研究をしているんですか?」
王宮魔導師になるくらいだ。
きっと、世界を変えてしまうような何かの研究をしているんだろう。
「俺?あっちに着いてから話そうと思ってたんだけど…、まぁいっか」
そう言うと、ログロースは立ち止まり右手に魔力を込め始めた。
すると、手のひら程の炎の球体が生成された。
これは…、火球!
詠唱も唱えずに!?
魔方陣か?
いや、そんなものはどこにも見当たらない。
「これって、まさか…」
「そう。そのまさかだ。無詠唱魔術だよ」
つまりこの人は、魔方陣でも詠唱でもない、魔術の第三の発動方法の研究をしていることになる。
確かにそれは世界を変えてしまうような研究だ。
「それが出来るなら、最強じゃないですか!」
「うーん、ところがどっこい。まだ初級魔術じゃないと使えないんだな、これが」
しかし、だ。
この技術が発展して、初級以降の魔術へ応用可能になったとき、魔術師というものの価値が大幅に上がる。
現在では、魔術師というのは前衛の見方をサポートする後衛の役職である。
それが、無詠唱で魔術を発動できるようになれば、より良い魔術師を、より多く揃えた方が有利になる、魔術全盛の世の幕開けとなる。
「どういう原理なんですか?それ」
「最初はな、魔方陣の方に目を付けたんだよ。そしたらな、初級以降のどの魔術の魔方陣にも、初級魔術の魔方陣が組み込まれてるのに気がついたんだ。いや、気がついたってより、当たり前過ぎて誰の目にも留まらなかったんだな」
そりゃ当たり前である。
初級魔術は全ての魔術の基礎基本なのだから。
魔方陣に組み込まれてても何ら疑問じゃ───
あれ?
じゃあなんで?
「その顔、お前も気が付いたみたいだな。そうなんだよ。じゃあなんで、初級以降の魔術には初級魔術の詠唱が組み込まれてないのかって」
詠唱というのは魔方陣を人間の言葉へと起こし、使えるようにしたもののはずだ。
なのに、詠唱には初級魔術の詠唱が組み込まれていない。
つまり、俺たちは…
「僕たちは、初級以降の魔術を詠唱で使うときに、無意識に初級魔術を無詠唱で使っている…、ということですか?」
「さすが、俺の助手。理解が早くて助かる」
では、無詠唱で使えている初級魔術とそれ以降の魔術の違いは何なのか。
初級以降の魔術を無詠唱で使用することは可能なのか。
無詠唱魔術。
なかなかに研究のし甲斐があるテーマだ。
補足
「初級魔術の魔方陣が組み込まれてる」、「初級魔術は全ての魔術の基礎基本」について、分かりづらかったと思うので補足させていただきます。
まず、初級魔術が全ての基礎という部分から。
例えば、今回登場した「凍結」という魔術は「水球」の、「維持する、大きさを変える、形状を変える」といった特性を応用したもので、水の原子運動を限りなく停止に近づけることで、水を凍らせることに成功しています。
他にも、今後、水や氷を飛ばす、押し出すような魔術が出てくれば、それは「水弾」の「水を飛ばす」という特性の応用になる訳です。
次に魔方陣うんぬんの話ですが、初級以降の魔術が前述のように、初級魔術の特性を応用したものになっているので、初級の魔方陣が組み込まれているとなる訳です。




