05.幸せ
さて、いつ話せばよいものか。
あれから1ヶ月ほどが経ったが、いまだに話をできていない。
準備もいろいろあるだろうし、早めに話しておかないといけないのだが、なかなかタイミングを掴めない。
そもそも前提として、話をするのならグロワールからだ。
ラミダは俺が自分で言ってしまうほどに、俺のことを溺愛している。
家を出るなんてことを了承してくれるわけがない。
グロワールの書斎の前に立つ。
そして、扉を二回叩いた。
「父様、僕です」
「入っていいぞ」
中に入るとグロワールは何やら書き物をしていた。
筆をおき、身体をこちらに向ける。
「どうした、アル」
「その、ですね。大事な話がありまして」
「そうか、こっちに来なさい」
俺はグロワールの椅子のすぐ側にあるもう一つの椅子に座る。
俺はグロワールが居る日はよくこの書斎へ行く。
グロワールがダンジョン攻略の話や魔物退治のことを面白おかしく話してくれるからだ。
俺はその話が好きだった。
本当に異世界に来たんだと感じれるその話が。
毎週のように話を聞きにくる俺のために、グロワールは椅子を作ってくれた。
俺が座るためだけに作られた背の低い椅子だった。
「それで?話ってなんだ?」
その問に俺は答えた。
この1ヶ月、言えずにいた話を。
¨¨¨
息子が大事な話があると言ってきた。
こんなにも真剣な顔を見るのは始めてだ。
いや、違う。
二度目か。
ログロースを雇う前、俺の話を聞くときの顔も今のような顔つきだった。
「それで?話ってなんだ?」
緊張のためか少し強ばっている息子の顔が少し微笑ましく思えた。
いつも大人びている息子が、年相応な表情を見せるのが嬉しかった。
だからこそ、口にした言葉に驚いた。
俺達の元を離れて、魔術を学びに行きたいと言われるなんて思ってもいなかった。
「ダメだ、と言ったらどうする?そもそも、母さんがそれを許してくれるわけがないだろう?」
「ええ、分かっています。それでも行きます。例え、母様を悲しませるようなことになっても」
そう口にした息子の表情には先程のような強ばりは見られなかった。
覚悟は決まっていると、そう主張するような表情だった。
あぁ、この子は本当に俺の息子なんだなと、今、初めてそう思った。
ラミダが身籠ったとき、俺を嬉しさと同時に不安が襲った。
俺とラミダの子供だ。
どんな破天荒な子が産まれるのか分かったものじゃないと。
育て方を間違えれば、俺のようになってしまうんじゃないかと。
いざ産まれてみれば、とても大人しく世話の掛からない子だった。
本当に俺の子なのかと、ラミダの浮気を疑いもした。
だが今日、この表情を見て、この目を見て、自分の息子なんだと確信することができた。
懐かしい感じがする。
俺も昔、家から飛び出した。
何者かに成れるんじゃないかって、夢を追いかけて。
それはもう諦めてしまったけれど、レールの上に乗っかって、受け身になって人生を終えるより、絶対にこの選択は間違っていなかったんだと今は言える。
だが今は同時に、あのとき反対した親達の気持ちもわかる。
自分の息子には幸せに生きて欲しい。
不幸になるかもしれない道なんて歩んで欲しくはない。
しかし、これはアルバーシアの人生だ。
ここで俺がどうこう口出しすることがこいつにとって幸せなのか。
ここで夢を追うことを諦めるのが幸せな人生だと言えるのか。
わからない。
俺にはわからない。
ただ、今はこの思いを伝えるべきだと思う。
息子が思いを伝えてくれたのだ。
答えてやらなければ父親失格だ。
¨¨¨
グロワールは俺の顔を見つめながら何やら考えているようだった。
そして、しばらくの沈黙の後、口を開いた。
「なぁ、アル。実は父さんな、昔、魔術師になりたかったんだよ」
衝撃の事実だ。
筋骨隆々、武一筋、産まれながらにしての剣士、みたいな身体をしたグロワールが、まさか魔術師志望だったなんて。
ログロースしかり、人は見かけによらないということだ。
「でも、父さんの家は代々武官の家系でな。剣の道ならまだしも、魔術師なんて、って反対された。でも俺は諦めたくなかったから、家を飛び出したんだ。それが十二のときだった」
俺はグロワールの話を黙って聞いた。
必死に何かを伝えようとしてくれているんだと分かったから。
一言一句聞き逃すことのないように、黙って。
「それから父さんは冒険者になって、いろんな街を転々としながら魔術について学んでいったんだ。そして十六のときに、この街でパーティを組んだ。そのときの一人がお前の母さんだよ」
グロワールは俺の頭を撫でる。
いつも通りの大きな手だ。
「でも父さんな、そのときにはもう気付いてたんだよ。自分は魔術師にはなれないんだって。始める年齢も遅かったし、何より才能がなかったんだ。でも、諦めたくなかった。まだやれる、まだ可能性はあるって、自分に嘘ついてた」
グロワールの手が俺の頭から離れた。
なんだかそれが名残惜しかった。
「でもな、母さんと結婚して、母さんがお前を身籠って、このままじゃダメだって、そう思って。魔術師なんて最初からなれなかったんだって、叶わぬ夢を追っていたんだって、そう割りきって。もう無駄なことはもうやめようって」
無駄なことなんかじゃない。
夢を追いかけた経験は決して無駄なんかじゃない、そう伝えたかった。
しかし、言葉が出なかった。
俺はそう言えるような経験をしたことがないから。
「俺なぁ、男の子が産まれたら、俺と同じで剣士にさせようって思ってたんだよ。だけどさぁ、俺が稽古つけ始める前に、お前は魔術を使っちゃっただろ?お前が読んでた魔術書は昔、父さんが買ったやつなんだよ」
「結局さ、俺は諦めきれてなかったんだよ。本が残ってるってことはそういうことだろ?ラミダが魔術を習わせるって言ってきて、お前もそれに賛同して、本当はダメだって言いたかったんだよ。魔術師を目指すことがどんなに辛いことか知っていたから」
「俺はさ、家族のために何かをを諦める強さも、息子の将来を考えてそれを否定してやる強さも、持っていなかったんだ。弱い父親なんだ」
違う。
グロワールは決して弱い人間などではない。
自分の弱さを認めて、それをさらけ出せる人間が弱いものか。
「だけど、気付いたんだ。お前が自分の気持ちを伝えてくれて。俺、今すごく幸せなんだ。ラミダがいて、アルバーシアがいて、メイド達も居てくれるしな。それにお前には内緒にしていたんだがな、実は二人目がもうすぐ産まれる」
俺の驚いた表情を見て、グロワールは笑いながらもう一度俺の頭を撫でる。
「あのときの選択を、夢を追いかけたことを、今の俺を、否定することは簡単だけど、それは今の幸せを否定することになる。俺が一番嫌なのはそれだ。つまりだな…」
俺を高く抱き上げると、微笑みながら口を開く。
「お前の幸せは、お前が自分で見つけろ!母さんの説得は俺に任せておけ」
グロワールの表情は、今までにない程に晴れやかなものだった。
六年間一緒に暮らして今日始めて、グロワールという人間を、父を、知れた気がする。




