第3話:国最強の魔導公爵が参戦しました。偽聖女さん、もう逃げられませんわよ?
「ようやく見つけたぞ、セレスティーナ。……そして、それを呼び覚ました、面白い子爵令嬢」
白銀の髪をなびかせ、不敵に笑う男――現国王の弟であり、国最強の魔導師と謳われるギルバート公爵閣下。
学園では『呪われし孤高の魔王』と恐れられている超大物が、なぜか私と、私の隣に浮いているセレスティーナ様をまっすぐに見つめていた。
「ギ、ギルバート叔父上……!? なぜここに……」
魅了が解けかかった王太子レオン殿下が、青ざめた顔で声を絞り出す。
だが、ギルバート閣下は甥である王太子を鼻で笑い、一瞥すらしなかった。
「ふん、小娘浅薄な魔術に引っかかり、国の至宝たる婚約者をドブに捨てた愚か者が。お前の相手は後だ、レオン」
「うっ……!」
閣下はそのまま私の方へと歩み寄ってくる。あまりのプレッシャーに私が一歩身構えると、隣のセレスティーナ様が、扇で口元を隠しながら呆れたようにため息をついた。
『相変わらず横暴な男ですわね、ギルバート。死者にまで凄みを利かせるなんて、お行儀が悪くてよ』
「お前が大人しく檻の中で死んだなど、ハナから信じていないさ。……それにしても」
ギルバート閣下は、セレスティーナ様の姿をはっきりと目に焼き付けるように見つめた後、その琥珀色の瞳を私に向けた。
「驚いたな。セレスティーナという規格外の霊体を、ここまで完璧に『実体』に近い状態で現界させているとは。子爵令嬢、お前、自分がどれほど異常な聖魔力の持ち主か自覚しているか?」
「いえ、全くの初耳ですし、できれば今すぐ忘れたいです!」
「ははは! 面白い女だ。気に入った、お前は俺が保護してやる」
「お断りします!!」
これ以上厄介事に巻き込まれたくないのに! 登場人物のカロリーが高すぎる!
「あ、あああ……あああああ!」
その時、東屋の床からのたうち回るような絶叫が響いた。
禁忌の薬を飲み干したリリアだ。彼女の身体から溢れ出るドス黒い影は、質量を持って膨れ上がり、中庭の木々を一瞬で枯らせていく。
「何よ……何なのよみんなしてぇ! 私が、私が一番可愛くて、みんなに愛される聖女様なのにぃ! お前なんか、死んだ悪女のくせに、なんでまだそこにいるのよぉ!」
リリアの背後の【黒い影の化け物】が、何十本もの触手となって私たちへ一斉に襲いかかってきた。大気を引き裂くような禍々しい音が響く。
「ミレイユ嬢、下がれ!」
アシュレイ先輩が前に出ようとするが、それより早く、ギルバート閣下がパチンと指を鳴らした。
ズドォォォォン!!!
一瞬で展開された白銀の雷撃結界が、リリアの放った黒い触手を根こそぎ焼き尽くす。
「無駄だ。それは古代の禁忌『精神喰らい(ソウル・イーター)』の成れの果てだな。人間の負の感情を糧にする。だが――」
ギルバート閣下が冷酷に微笑む。
「純粋な『暴力』の前には、ただの肉塊に過ぎん」
『あら、脳筋のギルバートらしい意見ですわね。ですが、その化け物の核は、あの泥水女の心臓の裏にありますわ』
セレスティーナ様が私の隣で、優雅に指をさす。
『ミレイユ。貴女の聖魔力を、わたくしの魔術回路を通して放ちなさい。あの化け物ごと、偽聖女の洗脳魔術の根源を【完全浄化】いたしますわよ』
「私の魔力でですか!?」
『ええ。貴女のゴリラ……ゲホン、素晴らしい聖魔力なら一撃ですわ。さあ、わたくしに魔力を預けなさい!』
「今ゴリラって言いかけましたよね!?」
文句を言いつつも、リリアの放つ不快な気配に、私の本能が「あれは消さなきゃダメなやつだ」と告げていた。
私はセレスティーナ様の半透明の手の上に、自分の手を重ねる。
その瞬間。
私の中に眠っていた、自覚すらなかった【底なしの聖魔力】が、セレスティーナ様という最高峰の触媒を通じて、津波のように引き出された。
「なっ……予想はしていたが、ここまでとは……!」
ギルバート閣下が初めて、本気で目を見開いて戦慄している。
アシュレイ先輩も、王太子レオンも、その圧倒的な「光のプレッシャー」に息を呑んでいた。
『行きますわよ、ミレイユ! 悪役令嬢と無自覚聖女の、最初の共同作業ですわ!』
「ネーミングセンス最悪ですけど、やっちゃってください!」
セレスティーナ様がパッと扇を広げ、天空を指差す。
私の莫大な聖魔力が、彼女の高度な術式によって、巨大な【神聖なる光の剣】へと姿を変えた。その眩さは、夜の手前の中庭を、真昼の太陽よりも明るく照らし出す。
「嘘……嘘、嘘ぉぉぉ! なんでそんな力がぁぁ!」
リリアが恐怖に顔を歪ませ、命乞いするように叫ぶ。
「待って、レオン様! 助けて! アシュレイ先輩もぉ!」
しかし、すでに魅了の解けた二人は、冷徹な目でリリアを見下ろすだけだった。
「……お前がセレスを殺したんだな。私は、なんという過ちを……」と、レオン殿下は涙を流して崩れ落ちている。
『もう遅いですわ、泥水女。――消えなさい』
セレスティーナ様が扇を振り下ろす。
同時に、大質量の手のひら返し(光の巨剣)が、リリアとその背後の化け物に向かって直撃した。
ドガァァァァァァン!!!!!
中庭全体が、純白の光に包まれる。
嫌な爆発音や悲鳴は一切なかった。ただ、リリアが溜め込んでいたドス黒い呪い、精神操作の魔術、そして彼女が纏っていた呪いの残滓だけが消滅していった。
◇
光が収まった時。
中庭の東屋には、魔力を完全に失い、ただの「生意気で平凡な男爵令嬢」に戻って気絶しているリリアの姿があった。
彼女の背後にいた化け物は、塵一つ残さず消滅している。
「……終わった、のか」
アシュレイ先輩がぽつりと呟く。
「見事だ。完璧な浄化。セレスティーナの戦術眼と、ミレイユ、お前の規格外の魔力……最高のバディだな」
ギルバート閣下が、パチパチと拍手をしながら歩み寄ってきた。その目は、完全に私を「離さないぞ」とロックオンしている。
「あ、あの、ギルバート閣下? 助けていただいたのは感謝しますけど、私、本当に平凡に暮らしたくて……」
「諦めろ。これほどの力を示して、ただの子爵令嬢でいられるわけがないだろう? ……何より、俺がお前を手放す気がない」
閣下が私の顔を覗き込み、極上の美貌で艶っぽく微笑む。
ひえっ、心臓に悪い!
『ちょっと、ギルバート! わたくしのミレイユに変な虫をつけないでくださる!? 貴方のような危険人物に、この純粋な子は渡しませんわ!』
セレスティーナ様が私の前に立ちはだかり、閣下を睨みつける。
「ほう。幽霊の分際で、この俺に意見するか、セレスティーナ」
「いや、二人とも落ち着いてください!」
偽聖女リリアは完全破滅。王太子たちの洗脳も解け、セレスティーナ様の冤罪は晴らされた。
これにて一件落着、あとは卒業を待つだけ――。
そう思っていた私は、あまりにも甘かった。
次の瞬間、涙を流しながら立ち上がった王太子レオン殿下が、狂ったように私の方へと駆け寄ってきたのだ。
「ミレイユ嬢……っ! すまない、本当にすまない! 私はリリアに操られ、最愛のセレスを……。だが、君がセレスを救ってくれた! 君こそが本物の聖女だ! 頼む、私と婚約して、この国を支えてくれ!!」
「はい?????」
アシュレイ先輩が即座に割り込み、レオン殿下の前に立ち塞がる。
「殿下、不躾ながら、ミレイユ嬢は私の風紀委員です。手を出すのは容赦しません」
「いや、俺の獲物(お気に入り)だと言ったはずだが?」
ギルバート閣下の周囲に、再び不穏な雷撃がバチバチと鳴り響く。
え、ちょっと待って。
王太子(元婚約者)が涙目で縋り付いてきて、
宰相家の次男(風紀委員長)が独占欲を剥き出しにして、
国最強の魔導公爵(王の弟)が不敵な笑みで求婚(?)してくる。
そして私の隣には、ドヤ顔で腕を組む最強の背後霊。
「……セレスティーナ様。私の『平凡な学園生活』、どこに行っちゃったんですか?」
『安心なさい、ミレイユ。これからは、わたくしが貴女を【逆ハーレムの頂点】へと導いて差し上げますわ!』
「求めてないアドバイスーーーー!!!」
偽聖女をざまぁした結果、なぜか国中の超大物たちから超絶溺愛される包囲網が完成してしまった、私の明日はどっちだ!?




