最終話:成仏……させるわけありませんわよね?
偽聖女リリアが古代の禁忌と共に完全論破され、連行されてから一週間。
学園の中庭は、かつてのドロドロした気配が嘘のように、うららかな春の光に包まれていた。
リリアは国家反逆罪および禁忌魔術使用の罪で、一生出られない地下迷宮の監獄へ収監。王太子レオン殿下は謹慎処分となり、次期王位継承権の剥奪が決定した。
セレスティーナ様の冤罪は完全に証明され、彼女の名誉は国最高峰の聖女として歴史に刻まれることになったのだ。
「……これで、本当に全部終わったんですわね」
中庭のベンチに座る私の隣で、セレスティーナ様がぽつりと呟いた。
その身体は、いつもよりずっと透明に透けていて、陽光に溶けてしまいそうだった。
「セレスティーナ様……」
『ミレイユ。貴女のおかげで、わたくしの無念はすべて晴れました。本当に、感謝していますわ』
彼女は私に向き直り、生前よりもずっと優しく、慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
『貴女は平凡などではありません。わたくしの誇り高き相棒です。どうかこれから先は、あの男たちの求婚を適度にあしらいつつ、貴女の望む幸せな人生を歩んでちょうだい。……さようなら、ミレイユ』
その瞬間、彼女の身体が、目も眩むような黄金の光の粒子となってサラサラと崩れ始めた。
胸が、ぎゅっと締め付けられる。
嫌だ。嫌だと思った。
最初は厄介な幽霊だと思った。私の平凡な人生を狂わせるトラブルメーカーだと思った。
でも、一緒に過ごした時間は、何よりも楽しくて、かけがえがなくて――。
「待ってください、セレスティーナ様! 行かないで――」
私が涙を流し、消えゆく光の手を掴もうと、思いっきり【魔力】を込めてその両肩をガシッと掴んだ、その時。
――ガチィィィィン!!!
空間が物理的に固定されるような、凄まじい金属音が響いた。
『……あら?』
光の粒子を撒き散らしながら消えかけていたセレスティーナ様が、真顔で自分の身体を見つめた。
驚くほどガッチリと、私の手が彼女の肩を掴んでいる。半透明どころか、生身の人間と変わらない肌の温もりすらあった。
「へ……?」
『ミレイユ。貴女、寂しさのあまり無意識に【魂の強制結合】の術式を発動させましたわね? しかも、国家最高峰の結界魔術を三重に重ねるレベルの、ゴリラ魔力で』
「えっ、私ですか!?」
「その通りだ。セレス、俺たちが君をそのまま帰すわけがないだろう」
中庭の木陰から、アシュレイ先輩が書類の束を片手に、そしてその後ろからギルバート閣下がニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべて歩いてきた。
「アシュレイ先輩!? ギルバート閣下!? なんでここに」
「セレスの魂が現世に留まれるよう、ミレイユ嬢の魔力をパスとして繋ぐ魔導具(指輪)を用意していたんだ。まさか、ミレイユ嬢が自分の魔力だけで完全に実体化させるとは思わなかったがね」
アシュレイ先輩が、私の右手の薬指に、美しい純銀の指輪をスルリとはめ込んだ。
その瞬間、指輪を通じて私の魔力がセレスティーナ様に安定して供給され、彼女の身体はどこからどう見ても『生きた美女』として完全に現界した。
「ははは! さすがは俺の惚れた女だ、ミレイユ。幽霊を実体化させて蘇生させるなど、神話の聖女でも成し得んぞ」
ギルバート閣下が私の腰をグイと引き寄せ、耳元で囁く。
「これでセレスティーナの未練も消えた。――さあ、次は俺たちの問題だな」
「ちょ、閣下、離してください!」
「ずるいですよ叔父上。ミレイユ嬢、改めて俺の気持ちを伝えさせてほしい」
アシュレイ先輩が私の左手を取り、真剣な目で見つめてくる。
「偽聖女の事件を通じて、俺は君の素直さ、強さ、そしてその規格外の優しさに救われた。君が好きだ。俺と結婚してほしい。セレスも一緒に、俺が一生養う」
「俺は公爵家すべての財産と、この国の半分を賭けてお前を娶ろう。ミレイユ、俺の公爵妃になれ」
右からは国最強の美形魔導公爵、左からは生真面目な溺愛系風紀委員長。
挟まれた私は、顔から火が出るほど真っ赤になって固まってしまった。
助けを求めるようにセレスティーナ様を見ると、完全復活を遂げた元・悪役令嬢様は、フッ、と扇で口元を隠して邪悪に微笑んだ。
『ミレイユ、何を迷うことがありますの? 二人とも素晴らしい優良物件ですわ。いっそのこと、二人とも愛人として囲って、貴女が新たな公爵家を立ち上げればよろしいのよ。男は胃袋と、夜の――』
「セレスティーナ様ぁぁぁ!! 蘇った瞬間から教育に悪い教育ママみたいなこと言わないでください!!」
私の絶叫に、アシュレイ先輩が吹き出し、ギルバート閣下が大笑いする。
結局、私の『平凡な学園生活』は、一ミリも戻ってこなかったけれど。
最高に頼りになる(元)幽霊のお姉様と、私をこれでもかと甘やかしてくる最強の男たちに挟まれて。
芋農家出身の私の未来は、きっとこれ以上ないくらい賑やかで、ハッピーで、最強に爽快な毎日になるに違いない。
「……もう、帰りたいなんて言いませんからね!」
春の風が、祝福するように私たちの周りを吹き抜けていった。
【完】




