第2話:偽聖女の『絶対魅了』、幽霊付きにはそよ風以下ですわ
――ガシャアァァァン!!
私の教室の窓ガラスが一斉に割れ、周囲の生徒たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。
元凶は、私の机の上に置かれた【呪いの人形】と、真っ赤なインクの脅迫状。そして、それを見た私の背後霊――セレスティーナ様の凄まじい怒気がポルターガイスト現象を引き起こしていた
『よくも……よくもわたくしの可愛いミレイユに、このような悪趣味な呪詛を……! あの泥水女、今すぐ魂ごとミンチにして温室の肥料にして差し上げますわ!!』
「セレスティーナ様ストップ! 怒気で教室が半壊してます! あと可愛いって言ってくれたの嬉しいけど怖いです!」
半透明の銀髪を逆立て、ゴゴゴゴと漆黒のオーラを放つ元・公爵令嬢。
幽霊ってこんなに物理火力高かったっけ!?
「何事だ!?」
騒ぎを聞きつけ、風紀委員の腕章を巻いたアシュレイ先輩が教室に飛び込んできた。
彼は割れたガラスと私の机の上の惨状、そして私の隣で般若のようになっているセレスティーナ様(※アシュレイ先輩にだけは見えている)を確認すると、一瞬で状況を察して鋭く指示を出した。
「野次馬は下がれ!……ミレイユ嬢、怪我はないか? すぐに場所を移そう」
◇
放課後。人気のない旧校舎の風紀委員室。
アシュレイ先輩が淹れてくれた紅茶(最高級の茶葉らしい。美味しい)を飲みながら、私は一息ついていた。
セレスティーナ様はまだプンプン怒りながら、私の頭の上あたりで浮遊している。
「やはり、リリアの仕業ですね。私の手帳を見た貴女を、セレスの生存に気づいた『不穏分子』として排除にかかったのでしょう」
「あの呪いの人形、そんなにヤバいものなんですか?」
「ああ。触れた者の精神を汚染し、一週間かけて発狂死させる禁忌の呪具だ。……だが不思議だな。なぜミレイユ嬢は、素手で人形を触ったのにピンピンしているんだ?」
先輩の言葉に、私は首を傾げた。
言われてみれば、あの手紙と人形、思いっきり素手で掴んでゴミ箱にシュートした。
『ふん、アシュレイは節穴ですわね』
セレスティーナ様が腕を組んで、ふふんと鼻で笑う。
『気づかないのですか? 貴女の魔力が、わたくしという国家最高峰の魔導師を媒介にして、常に身体の周囲に【絶対不可侵の聖結界】を張っているのですよ。あんな三流の呪具、触れた瞬間に浄化されて消滅していますわ』
「えっ、そうなの!?」
「セレス、それは本当か……? ミレイユ嬢の魔力がそれほどまでに……?」
アシュレイ先輩が驚愕の目で私を見る。
いや、そんな目で見られても、私の実家は本当に芋農家を営むしがない子爵家だ。魔力測定だって「平均値」って言われたのに。
『ミレイユ、貴女の実家の魔力測定器がボロだっただけですわ。普通の人間なら、わたくしのような強大な霊体を一日維持するだけで魔力枯渇で干からびます。それを貴女は、一週間もおやつを食べながらケロッと維持している。……貴女、歴史に名を残すレベルの化け物(聖女)ですわよ?』
「サラッと恐ろしいこと言わないでください!!」
私は平凡に暮らしたいだけなのに! 測定器仕事しろ!
「……なるほど。ミレイユ嬢のその『規格外の精神耐性』があれば、リリアのあの洗脳魔術も防げるかもしれない」
アシュレイ先輩が、眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせた。
「今日、これからの時間、リリアは王太子殿下と共に中庭の東屋にいるはずだ。泳がせておけば、さらに被害が広がる。ミレイユ嬢、荒療治になるが……直接、彼女の出方を伺いに行かないか?」
「ええっ!? 直接対決ですか!?」
『望むところですわ! わたくしのカンニングと貴女のゴリラ魔力があれば、あの泥水女など赤子の手をひねるより簡単ですわ!』
「誰がゴリラ魔力ですか!」
結局、最強の背後霊と、イケメン風紀委員長に挟まれる形で、私は中庭へと連行されることになったのだった。
◇
中庭の東屋。
そこには、風に金の髪をなびかせる王太子レオン殿下と、その胸に甘えるように寄り添う男爵令嬢リリアの姿があった。
リリアが上目遣いでレオン殿下を見つめるたび、殿下の瞳の奥に、血のように赤い光が明滅している。完全なる魅了状態だ。
「あらぁ? アシュレイ先輩、それに……そこの泥棒猫さん?」
私たちの姿を認めるなり、リリアが小悪魔的な笑みを浮かべて立ち上がった。
その声は鈴のように可愛い。けれど、背筋が凍るような悪意が混ざっている。
「どうしてここにいるのかなぁ? 今日あたり、お部屋で狂い死んでると思ったのに。……あ、お姉様の形見の手帳、返しに来てくれたの?」
「リリア。お前の悪事はすべて掴んでいる。大人しくお縄に就け」
アシュレイ先輩が前に出るが、レオン殿下がそれを遮るように剣の柄に手をかけた。
「控えよ、アシュレイ! リリアを侮辱することは、この私を侮辱することと変わらん! その不敬な女共々、今すぐ跪け!」
「殿下……っ」
アシュレイ先輩の顔が苦痛に歪む。かつての主君を自分の手で裁かねばならない葛藤だ。
それを見たリリアが、クスクスと下品に笑った。
「あはは! 無駄だよ先輩。みんな私を好きになっちゃうの。私の言うことは絶対なんだから。……ねえ、そこの芋臭い子爵令嬢。お前、目障りだから、今すぐそこから飛び降りて死んじゃいなよぉ」
リリアの瞳が、らんらんと禍々しい赤に染まる。
瞬間、ねっとりとした、脳を直接かき混ぜられるような不快な魔力が、津波のように私に押し寄せてきた。
古代魔術――『絶対魅了』の全力放射。
アシュレイ先輩が「しまっ……ミレイユ嬢、耳を塞げ!」と叫ぶ。
けれど。
『あらあら。随分と安っぽい、家畜用の発情魔術ですわね』
私の隣で、優雅に扇を広げたセレスティーナ様がフッと息を吹きかけた。
その瞬間、私の身体から、本人すら制御しきれていない【莫大な聖属性の魔力】が、セレスティーナ様の結界術を触媒にして自動であふれ出た。
パキィィィィン!!!
空間が割れるような美しい音が響き渡る。
リリアが放ったドス黒い魔力は、私の周囲数メートルに触れた瞬間、ガラス細工のように粉々に砕け散った。
それどころか、私から溢れた聖なる光がそよ風となってリリアを吹き抜ける。
「……え? 嘘、私の『絶対魅了』が……消え……っ!?」
リリアが血の気が引いた顔で後ずさる。
跳ね返った私の魔力の直撃を受け、彼女の周囲に漂っていた禍々しいオーラが煙を上げて霧散していく。
「う、嘘ぉ! 頭が頭が割れそうに痛いぃぃ!」
頭を抱えて東屋の床にのたうち回るリリア。どうやら、魔術を完全に破られた反動が脳にいったらしい。
「……あの、アシュレイ先輩。彼女、勝手に自爆してますけど」
「あ、ああ……。リリアの全力の魔術を、無詠唱で、しかも相殺どころか完全反射するなんて……。ミレイユ嬢、君は一体……」
「だから私はただの芋を愛する子爵令嬢ですってば!」
私が頭を抱えていると、床に伏せたリリアが恐怖に震える目で私を見上げて絶叫した。
「な、なんなのよあなたぁ! ただの子爵令嬢のくせに、なんで私の魔術が効かないのよぉ! お前、人間じゃない!!」
失礼な。私は至って健康な人間だ。
私は、隣で「おーほほほ!」と高笑いしている最強の背後霊(元・悪役令嬢)と目を合わせ、平然と言い放った。
「……ご覧の通り、幽霊付きのごく平凡な子爵令嬢ですので」
「意味がわからないわよぉぉぉ!」
リリアがキィキィと猿のように叫ぶ。
しかし、勝負はあった。リリアの魔術が弱まったことで、レオン殿下の瞳から濁った赤がすっと消えていく。
「……う、頭が……。私は一体、何を……? リリア……? いや、なぜ私はセレスをあんな目に……」
「殿下! 正気に戻られたのですか!?」
アシュレイ先輩が駆け寄る。これで事件は一気に解決に向かう――。
そう思った、次の瞬間だった。
「あは……あはははは! 騙したな、騙したなアシュレイ! お前たち全員、お姉様の呪いに狂っているんだ!!」
ガバッと起き上がったリリアが、懐から「紫色の怪しい薬瓶」を取り出し、一気に飲み干した。
その瞬間、リリアの身体から、先ほどとは比べ物にならない、大気を一瞬で腐らせるような暗黒の魔力が爆発した。
「殿下、下がってください!!」
アシュレイ先輩が叫び、レオン殿下を庇う。
リリアの背後に、巨大な、禍々しい【黒い影の化け物】が這い出てくる。その影は、かつてセレスティーナ様を陥れた、あの古代の禁忌そのものだった。
「みんな、みんな死んじゃえぇぇぇ!」
狂気に染まったリリアが、その黒い爪を私に向けて振り下ろす。
セレスティーナ様が鋭い表情で前に出ようとした、その時――。
「――そこまでにしてもらおうか、偽りの聖女」
上空から、空間を切り裂くような凄まじい【白銀の雷撃】が降り注ぎ、リリアの黒い影を消し飛ばした。
驚いて見上げると、旧校舎の屋根の上に、一人の男が立っていた。
白銀の髪に、鋭い琥珀色の瞳。
学園の制服を着崩し、不敵な笑みを浮かべているその男は――。
『あら……。まさか、あやつが動くなんて聞いていませんわよ』
セレスティーナ様が、初めて本気で動揺した声を上げた。
その男は、現王様の弟であり、若くして国最強の魔導師と謳われる【呪われし孤高の公爵、ギルバート閣下】だった。
ギルバート閣下は屋根から音もなく飛び降りると、アシュレイ先輩や王太子には目もくれず、まっすぐに私――の隣にいるセレスティーナ様を見つめて、ニヤリと笑った。
「ようやく見つけたぞ、セレスティーナ。……そして、それを呼び覚ました、面白い子爵令嬢」
え。
嘘でしょ。この人、セレスティーナ様だけじゃなくて、私のことまで完全にロックオンしてない!?
まさかの「国最強の規格外」の乱入により、偽聖女ざまぁ計画は、誰も予想しなかった大騒動へと発展していくのだった――!




