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断罪悪役令嬢の幽霊は、今日も私を逃がしてくれない   作者: 白昼夢


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第1話:安心なさい、死んでおりますわ(ただし最強の背後霊である)




「……帰りたい」



 華やかな王立学園の校門前。

 私は、新入生の誰もが胸を躍らせるその場所で、盛大にため息をついた。


「まだ入学初日ですわよ、ミレイユ」


 凛とした、鈴を転がすような美しい声がすぐ隣から返ってくる。

 普通なら、緊張する私を宥めてくれる友人の温かい声、と受け取るべき場面なのだろう。


 けれど、おかしい。決定的におかしい。

 だって、私の隣には――誰もいないのだから。


「帰れませんわ。わたくしをハメた真犯人を突き止めるまで、貴女には付き合っていただきます」


「だから、私の頭の中に直接話しかけるのやめてください、公爵令嬢様」


 私――ミレイユ・バルテ子爵令嬢のすぐ横には、陽光に透ける半透明の美女がふわふわと浮いていた。


 絹のような銀髪に、妖艶な紫の瞳。冷徹なまでに整った美貌。


 半年前に数々の罪で断罪され、獄中死したはずの公爵令嬢。セレスティーナ・フォン・アルヴェインその人である。


 なぜ田舎のしがない子爵令嬢に、国を揺るがした悪役令嬢の幽霊が憑いているのか。



 時計の針は、一週間前に遡る。






 ◇



 事の始まりは、領地から王都へ向かう馬車の中だった。

 ガタゴトと揺れる車内でうたた寝をしていた私は、突如、鼓膜を通さず、頭の中に直接響く声で目を覚ました。


『起きなさい、そこのお寝坊さん』


「ひっ!?」


 飛び起きた私の、鼻先数センチの距離に「顔」があった。

 あまりの恐怖に悲鳴を上げた私に対し、その半透明の美女は、手にした扇を優雅に広げておほほと笑ったのだ。


『安心なさい。わたくし、死んでおりますわ』


「安心できる要素が微塵もありません!!」


 幽霊である。


 腰を抜かした私に、彼女はセレスティーナと名乗った。

 王太子殿下への陰湿な嫌がらせ、公爵家の権力をカサに着た横暴、そしてとある男爵令嬢への殺人未遂――。巷を騒がせた「希代の悪女」の幽霊だ。


『世間では病死ということになっておりますが、わたくし、殺されましたの。それも、お茶に毒を盛られるという、古典的かつ卑劣な方法で』


 セレスティーナ様は、紫の瞳を冷たく細めた。


『わたくしを陥れ、暗殺した真犯人は、今もこの学園にのうのうと通っています。……ねえ、あなた。かなりの霊視の才能がありますわね?』


「ないです」


『ありますわ。普通の人間には、わたくしの姿どころか声すら届きませんもの。現に、ほら』


 彼女が私の馬車の御者の頭をすり抜けて見せる。御者は首を傾げるだけで、全く気づいていない。


「……あの、私、ただの平凡な子爵令嬢なんです。実家も芋を育てて細々と暮らしてるだけで、王都のドロドロした権力闘争とか、本当にノーサンキューなんです。今すぐ実家に帰っていいですか?」


『無理ですわ。わたくし、貴女以外の人間を認識できませんの。これぞ運命。さあ、学園でわたくしの無念を晴らし、真犯人を処刑台に送って差し上げましょう!』


「今、幽霊の口から『処刑台』って不穏なワードが出ましたけど!?」


 こうして私は、拒否権なしで「国家最高峰の魔術師にして最恐の悪役令嬢」の幽霊に憑りつかれる羽目になったのだった。





 ◇




 入学式。


 大講堂の壇上では、新入生総代として王太子レオン殿下が祝辞を述べていた。

 眩い金髪に碧眼。完璧な王子様を体現したような容姿に、周囲の女子生徒たちからは熱い吐息が漏れている。


 その斜め後ろには、彼を取り囲むように佇む美男子たち。

 実戦経験を持つ騎士団長の息子。

 若くして天才と称される魔導科首席。

 そして――冷静沈着な、宰相家の次男アシュレイ先輩。


 さらに最前列には、小動物のように愛らしい男爵令嬢リリアがいた。周囲から「聖女」と崇められ、王太子たちから過保護なまでに守られている少女だ。

 セレスティーナ様が、私の肩のあたりでふん、と鼻で笑った。


『お可哀想に。レオンも、他の殿方たちも、あんな薄汚い泥水に脳を浸されて。あれが被害者面をしてわたくしを嵌めた、ヒロイン気取りの女ですわ』


「ヒロイン……?」


『……いえ、何でもありませんわ。独り言です』


 たぶん、前世の記憶とか不思議な能力とか不審な何かが絡んでいるのだろう。

 田舎貴族の私は深く察した。深入りしたくない。絶対ろくでもない。


『ミレイユ。まずは放課後、あの宰相家次男――アシュレイの机を調べに行きますわよ』


「なんでですか!? 入学初日から不法侵入ですか!?」


『あやつは学園の風紀委員長も兼ねています。わたくしの事件の調書や、当時の証拠品を隠し持っている可能性が極めて高いのですわ』


「それ、完全な犯罪ですよね?」


『安心なさい。幽霊に法律は適用されませんわ』


「私にはバッチリ適用されるんですよ!!」


 私の必死の抗議も虚しく、幽霊とは思えない勢いで背中をぐいぐい押され、私は放課後の旧校舎・風紀委員室に忍び込む羽目になった。



 なんでこんなことに。入学初日に人生の難易度が跳ね上がりすぎでは?




 ◇




「ひっ……、本当にあった……」


 セレスティーナ様の指示通り、アシュレイ先輩の執務机の隠し引き出し(高度な魔術鍵がかかっていたが、セレスティーナ様が横から『そこ、右に三回、左に一回魔力を流しなさい』とカンニングをくれたので一瞬で開いた)から、一冊の黒い手帳が出てきた。

 そこには、おぞましい実験記録がびっしりと並んでいた。



『魅了・初期進行度』

『認識阻害・王太子レオンへの定着を確認』

『薬物投与・セレスティーナへの記憶誘導失敗に伴う、排除の決定』


 嫌な汗が背中を伝う。


 これ、セレスティーナ様が罪を犯したんじゃなくて、王太子たちがリリアという女に「精神操作」されて、邪魔なセレスティーナ様を消したっていう証拠じゃない。


「これ……何ですか。アシュレイ先輩が、リリアと共謀して……?」


 セレスティーナ様の表情が、初めて苦しげに曇った。


『……やはり。あやつも、狂わされていたのですわね。わたくしを、あれほど冷たい目で弾劾した男が……』





 その瞬間。


「――そこで何をしている?」


 地を這うような、冷徹な低い声。

 心臓が跳ね上がった。

 振り返れば、いつの間にか開いた扉の前に、宰相家次男――アシュレイ・フォン・ランベール先輩が立っていた。



 終わった。

 入学初日に退学、いや国家反逆罪で処刑だ。

 私は手帳を握りしめたまま硬直した。

 しかし。

 アシュレイ先輩は私を捕らえるよりも先に、私の「すぐ隣の空間」を見つめ、驚愕に目を見開いた。

 その顔から、みるみる血の気が引いていく。


「君……、今、誰と話していた?」


「え……?」


 見えている?

 いや、普通の人間には見えないはず。

 セレスティーナ様も驚いたように目を見開く。


『まさか、アシュレイ……? 貴女の魔力がわたくしに流れ込みすぎて、視覚化しているのですか……!?』


 アシュレイ先輩は、ワナワナと唇を震わせ、掠れた声で呟いた。


「セレス……? 君なのか……? 嘘だ、君は半年前、獄中で……」


 先輩の手から、書類がハラハラと床に落ちる。

 その瞳に宿っていたのは、冷徹な風紀委員長のそれではない。激しい後悔と、引き裂かれそうなほどの絶望、そして――狂おしいほどの愛惜だった。


 あ。この人、セレスティーナ様を憎んでなんかいない。

 むしろ――。




 ◇



「頼む、ミレイユ嬢。彼女を……セレスを、俺から消さないでくれ」


 場所は夜の温室。


 アシュレイ先輩は私を咎めるどころか、床に膝をつき、私の手を縋るように握りしめていた。

 先輩の話は、あまりにも衝撃的だった。

 半年前、彼はリリアの『絶対魅了』の魔術に抗いきれず、セレスティーナ様を罪人に仕立て上げる片棒を担がされた。

 だが、彼女が獄中死した瞬間、精神支配が「一瞬だけ」解けたのだという。


「自分が何をしたのか理解した時、発狂しそうになった。だが、気づいた時には遅すぎた。今の殿下たちも、完全にリリアの操り人形だ。抗えば、俺も消される……。だから、証拠を集めて機会を待っていたんだ」


 先輩の目から、一筋の涙が零れ落ちる。

 その姿を、セレスティーナ様は切なげに見つめていた。


『……わたくし、本当に皆に嫌われているのだと思っていましたわ』


 夜の月明かりの中、幽霊の彼女がぽつりと呟いた。


『殿下にも、信じていた幼馴染たちにも。わたくしが傲慢だから、だから、誰にも信じてもらえずに死ぬのだと。……最後まで、そう思い込んで、暗い檻の中で死にましたの』


 その声は、ひどく静かで、ひどく震えていた。

 高慢ちきで完璧な悪役令嬢。

 そんな噂ばかり聞いていたけれど、本当は、誰よりも不器用で、誰よりも孤独だったんだ。

 私は、胸が酷く締め付けられた。

 そして、気づけばアシュレイ先輩の手を握り返し、セレスティーナ様を見上げて言っていた。


「……私は、あなたのこと嫌いじゃないですよ、セレスティーナ様。だから、一緒にやり返しましょう。その『偽聖女』とやらに」


 セレスティーナ様は目を丸くした。

 それから、本当に嬉しそうに、ふっと優しく笑った。


『ふふ、変な子ですわね、ミレイユ』


 こうして、私たちは『偽聖女』を破滅させるための同盟を結んだ。

 アシュレイ先輩という強力な味方(と、莫大な資金源)を得て、私たちの反撃が始まる――はずだった。


 だが、私たちはまだ気づいていなかった。

 男爵令嬢リリアの『魅了』の力が、すでに人間の領域を超え、この学園全体を「喰らい尽くす怪物の巣」に変えつつあることに。



 そして次の日の朝。



 私の机の上には、見るもおぞましい【呪いの人形】と、真っ赤なインクで書かれた手紙が置かれていた。

『お姉様を殺した泥棒猫ミレイユ。次はお前が、狂って死ぬ番だよぉ』


 ――偽聖女リリアからの、早すぎる宣戦布告。


 背後で、セレスティーナ様がゴゴゴゴと地を這うような怒りのオーラを放ち、周囲の窓ガラスが一斉にヒビ割れた。


『……上等ですわ。あの泥水女、粉々にすり潰して差し上げますわ、ミレイユ!』


「ひえぇぇ! 2日目にして私の学園生活が完全終了のお知らせですーー!?」



最後までお読みくださり、ありがとうございます。


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