第72話 ハンター、獄炎の支配者と戦う(2)
「「……!」」
マグマの海から鎌首をもたげ、強烈な怒気を放つ獄炎の竜。
そいつの咆哮と共に、濃密な殺気の奔流が押し寄せた。
このプレッシャー…… 触れてすらいないのに押しつぶされそうだ……!
圧倒的強者を前にした恐怖と、今からその相手に挑むことへの歓喜。二つの相反する感情に、俺の顔に引き攣った笑みが浮かぶ。
「ゔぁっ……」
「む、無理だ……」
背後から聞こえてきた呻き声に振り返ると、討伐隊の全員が恐怖に顔を強張らせていた。
何人かは青ざめて後ずさり、膝をついてしまっている者もいる。
無理もない…… 俺達の前に立ちはだかるインフェルノ・ラーヴァドラゴンは、通常のS級とは明らかに格が違う。
いわば超S級。化け物の中の化け物だ。歴戦のハンター達であっても、平静ではいられないだろう。
だが、こんな挨拶がわりの咆哮でびびってしまっていては、奴に勝つ事なんて絶対にできない……!
「ぉ…… おぉぉぉぉっ!」
引き攣る喉を無理やりこじ開けるように、雄叫びを上げる。
そうして己を奮い立たせ、刀を抜き放ち、俺は蛇竜へと突貫した。
マグマの海から顔を出す岩場を蹴り、奴との距離を詰めていく。
すると奴は俺を一瞥し、その体から強烈な光と熱を発し始めた。
赤熱化……! 対策局の上級ハンターのことごとく跳ね除けた、絶対防御体勢だ。
あの状態の奴に近づけば、俺の体は放射された熱で発火し、打ち込んだ武器は瞬時に溶解してしまうだろう。
だが、宮内氏らが命を賭して得てくれた情報のお陰で、俺達は十分に準備を整えることができた……!
俺は握った刀と、右腕に嵌めておいた腕輪型の護符に意識を集中させた。
『解放!』
ヒュゴォッ!
刀と護符。封魔のルーンが刻まれた、ミスリル合金装備を起点に、霧を伴った強烈な冷風が発生した。
それが俺の体を球形に覆うと、感じていた火傷しそうな熱が一瞬で軽減された。
霧が強烈な輻射熱を吸収し、北極に吹くような冷風が体を急冷したのだ。
これが、俺がダンジョン庁長官に提案した作戦の一つである。
インフェルノ・ラーヴァドラゴンの高温防御体勢への対策として、耐熱防御魔法を封じたルーン装備を使用するのだ。
ただ、ノルフィナが開発してくれたこの耐熱防御魔法には、一つだけデメリットがある。
霧で体を覆う都合上、どうしても視界が悪化するのだ。しかし、ここまで接近すれば外しようがない……!
俺はそのまま間合いを詰め、その長大な胴体目掛けて刀を振るった。
「ぜぁっ!」
ガキュゥンッ!
刀を握った手に、異様に固く重い手応えが返ってくる。
当たった……! だが、熱い!
耐え難い熱さから逃げるように距離を取り、防御魔法を解除しながら奴の様子を伺う。
すると、俺が一撃を叩き込んだ部分の外殻が割れ、そこからマグマのような血液が噴き出していた。
よし……! 通った!
「ギュッ…… ギュッァァァァァッ!?」
直後、奴が驚愕と怒りの咆哮を上げ、痛みに身を捩るように暴れ始めた。
俺はその絶叫を背中で聞きながら、みんなのいる岩場へと戻った。
すると、恐怖に固まっていた討伐隊の面々から歓声が上がる。
「「おぉ……! おぉぉぉぉ!!」」
”うぉぉぉっ!”
”通った……! 攻撃が通ったぞ!”
”対策局の上級ハンターでも、全く歯が立たなかったんだろ!?”
”すげぇ……! 流石カリヤマ師匠!”
突然の戦闘開始に視聴者も戸惑っていたのだろう。今になって、スマートグラス上にコメントが高速で流れ始めた。
それをわき目に、俺は奴を切りつけた刀に目を落とした。
すると、刀の刃の部分はボロボロに刃こぼれし、刀身は歪に曲がってしまっていた。
奴の超硬度、超高温の外殻に切り込んだ結果だ。
これだけ対策しても、一撃でこのザマか…… しかし、それでも攻撃は通った!
俺はマグマの海で暴れる蛇竜を差し、叫んだ。
「見ろ! 奴は間違いなく強敵だが、決して無敵じゃない……! 負傷し、血を流すただの魔物だ!
作戦通りに動けば勝てる……! 前衛は、トモミン以外一撃離脱で攻めろ! 後衛は複合魔法の準備を! シロは負傷者に備えて待機!」
「「応!」」「ワン!」
俺の声に、士気を復活させた討伐隊の面々が応える。
その全員が、俺が同じルーン武器と護符を装備している。
まず前衛組が岩場から飛び立ち、耐熱防御魔法を起動させながらボスへ肉薄した。
そして、ベンケイ、レイ、キンジを始めとした手練れ達が、次々に痛撃を打ち込む。
「ギュアッ……! ギュッァァァァァッ!!」
いくつも傷を負ったボスが、絶叫しながらマグマの海から尾をもたげた。
あの新幹線よりぶっとい尻尾で、前衛を薙ぎ払うつもりか!?
「ヘルメス!」
「ええ! みんな、合わせてください!」
「「はい!」」
俺の声に、ヘルメスを始めとした後衛の魔法使い達が魔力光を漲らせる。
ヘルメスの眼前に、高速回転する巨大な岩塊が出現した。
そこへ水属性と風属性の魔法使いが魔法を重ね、岩塊は風を纏う氷塊へと変じた。
『極大螺旋岩!』
ドパァッン!
ヘルメスの声と共に射出された氷塊は、一瞬で音速を超えた。
烈風で加速されたそれは、ボスの尾に向かって真っ直ぐに飛翔。
異様な高温により周囲の氷を溶かされながらも命中し、強固な外殻をぶち割って風穴を開けた。
「ギャォッ……!?」
振りかぶった尾に痛撃を受け、ボスがその巨体を強張らせる。
その隙をついて、ボスに一撃を入れ終えた前衛組が岩場へ帰還した。
「助かった! ヘルメス!」
「どういたしまして! ふふふ、やはりこの術式が有効でしたか……!」
最初に戻ってきたベンケイに、ヘルメスがちょっと不気味な笑顔で応じる。
この魔女、実戦が楽しくて仕方ないらしい。気持ちはよく分かる。
「ちょっとカリヤマ! この武器もう駄目になってしまいましたわ! 不良品ではなくって!?」
「カリヤマかーちゃん、おかわり! 装備のおかわりくれ!」
続いて戻ってきたレイが文句を言い、キンジが妙な事を言い出す。誰がかーちゃんだ……
みんなが手にしている武器を見ると、やはり熱でボロボロになってしまっていた。
だが、これも想定内だ……!
『暗黒空間!』
俺は自身の影に魔力を込めると、そこから大量の何かを取り出した。
ズァ…… ガシャシャシャァンッ!
騒々しい音と共に岩場に積み上がったのは、大量の剣や槍などの武器と、腕輪型の護符だ。
討伐隊のみんなが今身につけている装備の替えである。もちろん全てルーン装備であり、耐熱防御魔法を封入してある。
ダンジョン攻略中、俺とノルフィナとでコツコツ用意してきたものだ。
例え耐熱防御魔法を使用したとしても、ボスの超高温に武器が耐えきれないであろうことは予想していた。
俺ならその場で修理することも可能だが、戦闘中に全員分の武器を修理し、さらに防御魔法を封入するのは現実的では無い。
ならばどうするか。答えは単純。装備を使い捨てにしてしまうのだ。
普通はそんな作戦は成り立たないが、俺の金属操作魔法と暗黒空間が、武器の大量製造と大量運搬を可能にした。
これこそが、この討伐作戦の要だ。
戻ってきた前衛組が、待ってましたとばかりに武器と護符を交換し、再びボスに挑みかかる。
俺もそれに続こうとして、刀がボロボロなことを思い出した。
金属操作魔法で瞬時に刀身を修理し、ノルフィナを探すと、彼女はすでに俺の側にいた。
「カリヤマさん、刀と護符を!」
「ああ、助かる!」
ノルフィナが俺の装備に手をかざし、魔法を込め直してくれる。
それを待つ間にも、前衛の攻撃によってボスの負傷は増えていた。
「行ける…… 行けるぞ、ノルフィナ!」
「はい! このまま畳み掛けて-- あ……!?」
ノルフィナが小さく声をあげる。
見ると、ボスが前衛の攻撃に顔を歪めながら、俺達のいる岩場に猛然と向かってきていた。
あのスカイツリーのごとき巨体の突進は、生半可な手段では止められないだろう。
対策局の動画には見られなかった動きだが、これをされると非常にまずい。後衛の援護体制が崩れ、戦線が維持できなくなる。
しかし、だからこそ、この状況も想定済みだ……!
「トモミン! 頼む!」
「やっと出番だね……! まっかせて!」
ソワソワと待機していたトモミンが、モーニングスターを肩にニヤリと笑った。




