第70話 エルフ、女騎士と恋バナをする(2)
「さてノルフィナ。あなたの質問は、どうしたらわたくしのように振る舞えるのか、でしたわね? うーん、そうですわねぇ…… まずはあの話を致しましょうか。
ノルフィナ。見てわかると思うのですけれど、わたくしって、結構由緒正しい家の出身なんですのよね。いわゆる上流家庭というやつですわぁ」
そう語り始めたレイに、ノルフィナは目を見開いた。
「え……? あ、はい。そうだと思ってました……!」
そして慌てて相槌を打った。
ノルフィナから見たレイは、所かまわず同性の尻を撫でる奔放な女性だ。
とても良い家柄の出身とは思えなかったが、礼儀正しいノルフィナはつっこまなかった。
「でしょぉ? わたくし、小さい頃から女の子が好きだったのですけれど、ずっとそれを押し殺していましたの。
だって、それを知られてしまったら、周囲の人間関係にひびが入るのは分かりきっていましたから。
家族や学校の友人達を大切に思っていましたし、何より、その人達から奇異の目で見られるのが怖かったんですの……」
「……! わ、わかります……! 怖い、ですよね……」
憂を帯びた表情で語るレイに、ノルフィナは深く共感していた。
自分の醜い部分を知られてしまう恐怖。それに失望され、拒絶されることへの恐れ。
今ノルフィナが感じている苦しさを、レイも抱えていたのだ。
「ええ…… でも、ちょうどわたくしが高校を卒業した頃、転機が訪れたんですわぁ。
私が密かに慕い、親しくしていた親戚の女の子が、どこの馬の骨とも知れない男と結婚してしまいましたの……!
思いは告げられませんけれど、せめて側に居られれば、いつか心が通じ合えば……! そう、願っていましたのに……」
「レイさん……」
「その時、わたくしは深く、とても深く後悔しましたわ…… 拝み倒せば、せめて一晩……! あの女とベッドを共に出来たかも知れないのに……!」
レイの話に聞き入っていたノルフィナは、そこでズッコケそうになった。
途中まではいい話だったのに、やはりレイはレイだった。
「それは、その…… 残念でしたね……」
「ええ、本当に…… それで、その事があってから、わたくしは自分の願望に正直に生きることに致しましたの。
周囲の人達から奇異の目で見られる恐怖より、想い人と一緒になれなかった痛みの方が、遥かに大きかったんですもの。
その日の内に周囲にカミングアウトして、家族の反対を押し切って家を出ましたわぁ。
その後は、幸い適性があったハンターになって、がむしゃらに頑張って今に至る…… という感じですわね」
「そんなことが…… 今のレイさんからは、中々想像し難いお話です」
ノルフィナは、目の前のレイを改めて見た。
女王のように岩場へ腰掛ける彼女の周囲には、見目麗しい女性達が侍っている。そして彼女達の誰もが、レイに潤んだ瞳を向けていた。
今のレイは、国内に数十人しかいないS級ハンターであり、富、名声、力、そして自身を慕う女達…… 望む全てを手に入れている。そしてそれは、すべて彼女の決断によるものなのだ。
「うふふ、そうでしょうとも…… 少し話が長くなりましたけれど、これが質問の答えですわぁ。
わたくしは、恐怖を上回る痛みを知ることで、今のわたくしになったんですの。
でもノルフィナ。あなたは、実際に痛みを経験する必要はありませんわぁ。だから、想像してごらんなさぁい」
「想像、ですか?」
「ええ。あなたの想い人がどこの馬の骨か、あなたが何を抱えているのか分かりませんけれど…… 想像してみるんですの。
自身の想いを遂げられないまま、その男が別の女と一緒になってしまう様を。
あるいは、その男が明日の戦いで命を落とし、あなたの想いを知らずに去ってしまう様を……」
「……!」
レイが言ったことは、ノルフィナが努めて考えないようにしてきたことだった。
カリヤマとトモミンの関係が進む中、ただのパーティーメンバーとして足踏みし続ける自分。
そして、魔物との戦いか、寿命の差か…… カリヤマがこの世を去り、取り残される自分。
それらが、ありありとノルフィナの脳裏に浮かぶ。
彼女の胸に存在しない激痛が走り、その顔が歪んだ。
その様子を、レイは静かに見つめた。
「とても、痛々しいお顔ですわぁ…… 想像できたようですわね? なら次は、それを自分の心の天秤にかけてご覧なさい。
あなたが今感じている恐怖と、想いを遂げられない痛み…… 天秤は、どちらに傾きまして?」
レイから問いかけられるまでもなく、答えは決まっていた。
痛みに俯いていたノルフィナは、決然とした表情で顔を上げた。
「--レイさん。お話、本当にありがとうございました。おかげで、心が決まりました」
「そう…… ならお行きなさい。迷いから解放された今のあなたは、さっきよりも更に魅力的でしてよ?」
「はい、行ってきます!」
慈愛の笑みを浮かべるレイに、ノルフィナは深く頭を下げた。
そしてすぐに、野営地内の少し離れた場所に座っているカリヤマの元へ向かった。
息を乱して走ってきたノルフィナに、カリヤマと、彼と一緒にいたトモミンは驚いて顔を上げた。
「ノルフィナちゃん、どうしたの……? あ! もしかして、レイちゃんからセクハラされた?
もー、ほんとに見境ないんだから! 僕、文句言ってくる!」
「いえ。トモミン、違うんです。レイさんには、少し相談に乗ってもらっていて…… おかげで、覚悟が決まりました」
静かにそう告げるノルフィナに、トモミンは瞬時にその意味を察した。
「そっかぁ……! 師匠! 僕、ちょっとシロ達と遊んでくるね!」
「え……? あ、ああ」
状況が飲み込めていないカリヤマを他所に、トモミンは立ち上がり、強くノルフィナを抱擁した。
「頑張って、ノルフィナちゃん……!」
「はい……!」
二人が抱擁を解き、トモミンが走り去ると、ノルフィナはカリヤマの隣に並んで座った。肩が触れ合うような至近距離である。
一方、展開に追いつけていないカリヤマは、しばし視線を漂わせ、おずおずと口を開いた。
「えっと…… ノルフィナ。野営地に冷房かけてくれてありがとな。おかげでみんな快適そうだ」
「あ…… はい、お役に立てて良かったです」
「「……」」
先程までよそよそしかったノルフィナの急接近に、ドギマギしつつ戸惑うカリヤマ。
覚悟は決めたものの、話し方までは決めていなかったノルフィナ。
二人の間にしばしの沈黙が落ちる。
「あー…… それで、調子はどうだ? もしまだ魔力に余裕がありそうだったら、ちょっと手伝ってくれると助かる。
明日の戦いで使う武器に、まだ未処理のやつがいくらかあるんだ」
明日の戦い。その言葉に、ノルフィナは考えるのをやめた。
悠長に良いセリフを考えている場合ではない。心のままをぶつけるのだ。
ノルフィナはカリヤマの方に向き直り、彼の目をまっすぐに見つめた。
「はい、もちろんです…… でもその間に、少し、お話をさせて下さい」
「……! 分かった……」
その言葉に、カリヤマもノルフィナに向き直り、胡座から正座に座り直した。
「……? あの、なぜ正座を……?」
「もちろん、謝罪のためだ。分かってる。俺が君に…… 人工呼吸した件だろう。
直ぐに伝えるべきだったんだが、言い出せなくて…… 黙っていて、本当にすまなかった」
深々と頭を下げようとするカリヤマを、ノルフィナは慌てて止めた。
「ちょっ…… どうしてカリヤマさんが謝るんですか……! 私、あなたに命を助けてもらったんですよ……!?
不可抗力ですし、感謝しかありませんよ!」
必死に訴えるノルフィナに、カリヤマは深い安堵の表情で顔を上げた。
「そ、そうか…… そう言ってもらえて気が楽になったよ…… よかったぁ……
ん……? あれ、でもそれなら、君の様子がおかしかったのは何故なんだ?」
「そ、それは…… その……」
答えようとして、ノルフィナの胸中にじわりと恐怖が広がる。
しかしそれは、天秤の傾きを変える程ではなかった。
意を決し、彼女は心の内をそのまま口にした。
「ーーその、先ほどの、人工呼吸に感謝しか無いと言ったのは、嘘です……
本当は嬉しくて、恥ずかしくて…… こ、興奮しちゃって……! カリヤマさんの顔を、まともに見られなかったんですぅ……!」
「……!? こ、興奮て……」
顔を真っ赤にして叫んだノルフィナに呼応するように、カリヤマが赤面して狼狽える。
その反応が、彼も自分を意識してくれているという事実が、ノルフィナの背中を押した。
「カリヤマさん。話というのは、それに関連しています。明日のボス戦。私は精一杯戦います。誰も死なせはしません……!
もし全員無事にボスを討伐できたら…… 一つだけ、私の願いを聞いて欲しいんです……!」
「き、君の願いなら、そんな条件なんてなくても聞くんだが…… 分かった。俺にできる事なら、なんでも言ってくれ」
「……!」
自分の言うことならなんでも聞く。
無警戒にそんなことを言ってしまうカリヤマに、ノルフィナの理性は吹き飛びそうだったが、なんとか耐えた。
「ありがとう、ございます……! 明日、頑張りましょうね!」
「ああ……! そうだな!」
ノルフィナが差し出した手を、カリヤマはしっかりと握り返した。




